一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

コラム

2014/09/26 No.24ミャンマー農村部の生活実態とBOPビジネスの可能性(最終回)農民と企業の双方がWin-Winとなるビジネスモデル

大木博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

1. ミャンマーの農村部の生活実態(第1回)
2.BOPビジネスの可能性(第2回)
3 農家・農業の課題(第3回)
4.農民と企業の双方がWin-Winとなるビジネスモデル(最終回)

日本企業がミャンマーの農村部でBOPビジネスを行うには、まず、何をしたらよいか、どのような取り組みを行うべきか、こうした問いに対して、ヤンゴンのビジネスコンサルからくる回答は次のようなものである。

ミャンマー農村部市場では割安な中国製品やタイ製品が普及している。価格面でこれら中国製品やタイ製品と競争するのは難しい。さらに、日本製品に対する一般的なイメージは大変良いが、農村市場では日本ブランド品は出回っておらず、容易にアクセス面で大きな課題を抱えている。また、農民はほとんど日本企業の製品を見たこともなく、日本ブランドに対する認知度も低い。

こうした農村市場の開拓に着手するには、まず、農村市場でブランドロイヤルティを育てることから始めるべきである。日本ブランドに対して好印象を持っているミャンマーでは、日本企業は有利な立場にある。しかし、日本ブランド品だからと言って優位性があるわけではない。それではどうやってブランドロイヤルティを育てることができるのか、農民の声をよく聴くことである。

ミャンマーの農村部でよく聞かれることは、「質の良いタネや肥料、農薬、そして耕運機や水ポンプ等の機械を据え付けも含めて販売してほしい」、「肥料や農薬の効果的な使い方を教えてほしい」、「農業機械の修理方法を教えてほしい」など等である。農民が欲しているのは、割安で質の高い製品に加えて栽培方法、作物価格等の情報である。

そこからくる方策としては、製品の販売に当たっては、ノウハウの指導、商品の取扱方法のトレーニング(特に肥料と農薬)などのサービスを提供すること。また、自社製品の販売店主や販売員に商品について説明し、商品を買った場合のメリットを説明できるよう訓練する必要もある。さらに商品販売に当たっては、信用供与(マイクロファイナンスなど)を付随させることも有用である。

農民の所得をいくらかでも引き上げようとするには、農業の生産性を向上させることからはじめなければならない。これは、ミャンマーの農村部のみならず、世界中の貧しい農村部で広く共有されている課題である。農業技術の低さ、技術知識に乏しければ、たとえ良質の農業機資材を入手したとしても、生産性は上がらない。まず、最初に必要なのは、正しい情報を入手することである。そこで企業に試されるのは、作物や技術情報提供を農作物調達や農業機資材販売など企業が本来目的とする収益事業のサービスの付属として無料提供して、農民と企業の双方がWin-Winとなるビジネスモデルであろう。こうした農民と企業の双方がWin-Winとなるビジネスモデルの開発では、インドが進んでいる。

インドの経験から学ぶ

インドの農村では貧困の悪循環に陥っている。手持ち資金に余裕がないために良質な種や肥料を購入できず、このため低い生産性に甘んじている。投資ができないことで、市場で高く売れる作物を栽培するマーケット志向が乏しい。さらに、収穫した作物の販売を仲買人に頼るざるを得ないことも状況を悪化させている。仲買人は、農民から作物を購入するに当たり品質の良し悪しを考慮することなく安い価格で購入する。仲買人は購入価格を決める際に、作物の品質の判定に、非科学的なまた時には明らかに不公正な方法で行っているという。このため、投資して良品質の作物を栽培しようとする農民の意欲を阻害している。悪循環は、低リスクの採用 – 少ない投資 – 低い生産性 -乏しいマーケット指向 – 低価格 – 低利幅 – 低リスクの採用という連鎖でつながっている。

こうした悪循環から脱するには、次の3の課題に対処することが求められる。

第1は最新の農業機資材および農作業に関する正確な情報や適切な情報配信の仕組みの欠如を補うこと。

第2が高品質な農業機資材の利用可能性の欠如を是正して、これらの財へのアクセスを容易にすること。

第3がインドの農業市場における高利幅を取得する仲介者を排除するよ流通の仕組みを構築すること。

以下では、インドの農村部でこうした課題に取り組んでいる企業事例を紹介する。

1)ITキオスク…e-Choupal(イー・チョウパル)

e-Choupal(choupalは、ヒンディー語で出会いという意味)インドのITCが構築した農民に農産物情報を無料で提供しながら収益を上げる代表的なビジネスモデルである。

e-Choupal を運営しているITCは、1910年8月24日にImperial Tobacco Company of India Limitedとして設立され、1974年に社名をITC Limitedに変更した。事業は、巻きタバコと葉タバコの事業から始まり、紙(1925年)、ホテル(1975年)、農業(1990年)、FMCG(日用雑貨品、加工食品)(2000年)などの様々な分野に広げている。農業ビジネスのセグメントでは、農業商品の購買と輸出に携わっている。取り扱い品目は、大豆かすなどの配合原料、米、小麦、豆類などの穀類、ゴマ種子などの食用ナッツ、塊根植物、ひまし油、果実加工品や小エビ、クルマエビなどの海産物など多岐にわたっている。ITCは、2000年に穀物調達網多様化を目的として、e-Choupalを始めた。

e-Choupalの仕組みは、農村部の地域のリーダー的存在である農家(ホスト農家、サンチャラクsanchalakと呼ばれている)にITキオスクの経営を委託し、そこに行けば、農民は次のような便益を受けることができる。

① 農作物のローカル及び国際市場価格情報、農業技術情報を閲覧できる

② 種子や肥料、日用雑貨品が低価格で購入できる。

③ ホスト農家は、訪問した農民に各種技術情報を提供する。ITCの専門家に照会することも可能である。

④ 農民は、e-Choupalを運営しているITCが提示した買取価格で自分たちの作物を販売できる。買取価格は、決して市場価格より高いわけではないが、品質基準さえ満たせば、提示した価格での買い取りを保証している。

ITキオスクには、電源用の太陽光蓄電池とVSAT(超小型地上局)インターネット接続を備えたコンピュータ(パソコン)を設置して、ITキオスクを経営するホスト農家は、一部運営コスト(電気/電話代)を負担するが、各取引から手数料収入を得る。

ITキオスクは、2010年時点で、9州4万村をカバーする6,500のセンター、顧客数は400万人に達していた。しかし、2007年に農産物価格が高騰したことを契機に、農作物マーケティング委員会(APMC)は、ITキオスクの新規設置を認めていないようである。

  ITCの概要

タバコ市場占有率が本数ベースで約75パーセント、金額ベースで約83パーセントのトップ企業。
紙と板紙板紙市場でインド第2位。
ホテルインド第2位のホテル・チェーン。高級・中級の市場セグメントで高いブランド価値を持つ。傘下にはIndian Hotels Company Limited(IHCL)。
農業ビジネス農業商品の購買と輸出に携わっている。たとえば、大豆かすなどの配合原料、米、小麦、豆類などの穀類、ゴマ種子などの食用ナッツ、塊根植物、ひまし油などである。また、小エビやクルマエビなどの海産物や、果実加工品の購買と輸出にも関わっている。
「e-Choupal」必要な農産物の約40パーセントを調達。ITCは非タバコFMCG(日品雑貨・加工食品)セグメントでは遅れて参入したが、同社の強力な流通ネットワーク(都市市場と農村市場の両方)によって、加工食品とパーソナル・ケアの分野で高いブランドを築くことができた。
  ITCホームページより作成

農産物流通市場の改革

インドでは、小規模農家のほとんどは、農産物の約9割を農村部で毎週開かれるウィークリーマーケットやマンディ(mandis)(農村地域における農産物大量販売マーケティングセンター)で販売している。マンディで販売する場合、農家は市場に作物を搬入し、計量して重さを測り、競りにかけて販売先を決め、加工業者に引き渡す。この一連の取引を仲介業者が仕切っており、農家に入る収入は僅かなものになってしまう。また、仲介業者は、価格を設定するための製品品質の判定に非科学的なまた時には明らかに不公正な手段を使用することから、品質の良し悪しによる価格差が少ないため、農民が投資してより良い品質の作物を生産しようとするインセンティブがほとんど働かないという。

e-Choupal を通じた取引では、農民は販売するかどうかの選択肢を持ち、仲買人の搾取的な権限が無力化されている。表は、伝統的な市場で販売する際に必要とされる経費である。農民は、加工業者であるITCと直接取引できることで余計な経費を支払うことはない。

経費伝統的市場e-Choupal
台車運送(搬入費用)100ゼロ
計量70ゼロ
人件費50ゼロ
取扱い損失50ゼロ
小計270ゼロ
加工業者コミッション10050
袋代75ゼロ
労務費(縫い合わせおよび積み込み)35ゼロ
労務費(加工工場での荷降ろし)3535
工場への運送費250100
輸送損失10ゼロ
小計505185
総計775185
出所: Gyan Research調べ

2)農村小売り販売

インドでは、農村市場開拓に大手の小売業や農業機械メーカーなどの大企業が自社製品の販売促進も視野に入れて参入している。e-Choupalを運営しているITCも、チョウパル・サガールという小売専門店も展開している。製糖や肥料メーカーの大手DCM Shriram社,タタ・ケミカルや農業機械の大手マヒンドラ等が農村向けに農業資機材等の小売りチェーンを展開している。いずれのチェーンも、農業資機材を販売の中心とし、農学者を使った技術サービスを提供している点で共通している。

  表 代表的な農村小売りチェーン

小売チェーン名企業名業務内容2010年時点の店舗数
チョウパル・サガール
(Choupal Sagar)
ITC穀物販売100
ハリヤリ・キサン・バザール
(Hariyali Kisan Bazar)
DCM製糖、肥料480
タタ・キサン・サンサール
(Tata Kisan Sansar)
タタ・ケミカル
(Tata Chemical)
農業資材204
ゴドレジ・フューチャー・アーダール(Godrej Future Aadhar)ゴドレジ・アグロベト(Godrej Agrovet)農業資材、飼料製造販売n.a

  表 ハリヤリ・キサン・バザールとタタ・キサン・サンサールの比較

 ハリヤリ・キサン・バザールタタ・キサン・サンサール
設立年2007/082004
扱い
商品
農業資機材, 衣料、 食料、日用品農業資機材、独自ブランド製品の製造販売
提供
サービス
農学者による技術支援普及サービス、土壌テスト。種子生産。農民研修。有料会員には優遇サービス
ビジネスモデル直営店モデル。本部で商品を一括購入して、各店舗に配送。フランチャイズ方式
(出所) BOPビジネス潜在ニーズ調査報告書 インド:農業資機材分野 2011年3月 日本貿易振興機構(ジェトロ)STADD “ Base of Pyramid Case Studies” (2010)P31、各社HPをもとにKMC作成

ハリヤリ・キサン・バザール(HARIYALI KISAN BAZAAR)

2002年に農村において存在感を高めるDCM Shriramグループが始めた小売りチェーン店「ハリヤリ・キサン・バザール」は、農村地域における農民が欲するあらゆる要求に対して一カ所で用の足りるソリュージョンビジネスを目指したビジネスとして、注目を浴びた。具体的には、①高品質の肥料、種子、殺虫剤、工具、動物用医薬、家畜飼料、灌漑機器等の販売、②農民のための銀行取引、投資、農作物保険および送金などの金融サービス、③農村地域に都会風の快適さを提供するために、地域農民に対して食料雑貨品、家庭電化製品および衣料品など様々な消費財販売、④天気予報、市場価格情報、ATMサービス、⑤小売業者、加工業者および輸出業者との農民のマッチングなどがメニューであった。

2011年には274の直営店、約300人の専門家が、農家1万5,000世帯、450万を超える農民にこうしたサービスを提供していた。さらに、農村地域に地方雇用の機会を提供していた。しかし、経営面では採算が取れず、整理縮小を進めて、DCMのHPによれば現在ではガソリンスタンドを経営するのみとなっている。

タタ・キサン・サンサール

タタ・ケミカル(Tata Chemical)が運営する「タタ・キサン・サンサール(Tata Kisan Sansar)」は農業資機材の販売及び独自ブランド製品の製造販売を行うと同時に、農学者による農民への無料技術支援などの提供も行っている。低所得層の農民は、伝統的な販売業者や小規模店舗に偽物や粗悪品、期限切れ製品を割高な価格で売られていたが、この無料支援により、開店当初懐疑的だった農民の信用を得たという。

農業機械販売

Mahindra & Mahindra (M&M)、Tractor and Farm Equipments (TAFE)、John Deere、Escorts など大手農業機械メーカーは、金融アクセスの欠如などで農業機械を購入できない農民に対してプログラムを用意している。

例えば、M&Mは地域農民のために「Mahindra Kisan Mitra」と呼ばれるプログラムを提供している。これは、市場価格、最新天気情報、農作物の助言、異なる融資および政府による保険に関する情報を提供する取り組みである。「Mahindra Samridhdhi centre」は、地域農民に対して融資、保険などに特別な便宜を提供している。融資の利率は、地方の金融業者の月利3-4%より低い年利率15-17%で融資している。これらの種類のイニシアチブは、農民の自信をはぐくみ、間接的にこの国における農産物の全体的生産性の向上をもたらしている。

Mahindraは低価格のトラクターを発表している。農業機器が低価になればそれを購入できる農民も増え、地域農民はその農業機器購入者に少額を支払うことにより1日単位で容易に賃借することができる。これが、M&Mが目指している戦略の一つである。

3)協同組合の役割、肥料協同組合(IFFCO)

The Indian Farmers Fertilizer Co-operative (IFFCO:インド農民肥料協同組合) は、世界最大の肥料製造業者の一つである。インド国内の3万9,824の協同組合を通じて肥料をインド全体へ広く流通させている。肥料の約60パーセントは直接協同組合に販売されるのに対し約40パーセントはState Marketing Federation(州マーケティング連盟)を経由している。これら協同組合は広範囲に散在し、田舎のほとんどの村落にまで到達しており、このように協同組合ネットワークの基幹を構成している。

IFFCOは、全体的な経済開発と地方コミュニティーの生活水準の改善をもたらすという目標を掲げ、農民に対して、農民会議、農作物セミナー、現場デモンストレーション、販売拠点個人研修、園芸、酪農生産および養鶏の技能を向上させるために実地練習、農業および社会的キャンペーンなどのプログラムを実施している。

IFFCOは、2007年に前述したITCとインド最大の携帯サービス事業者、エアテル社の合弁事業キサン・サンチャールを開始した。これは、農民を対象に地域、季節に応じた農業関連情報を音声で提供(10の現地語でメッセージが読み上げられるため、非識字者にも効果的)するほか、個別の技術相談(ヘルプライン)にも応じている。

図 キサン・サンチャールのサービス提供のしくみ

(出所) BOPビジネス潜在ニーズ調査報告書 インド:農業資機材分野 2011年3月 日本貿易振興機構(ジェトロ)所)、IFFCO資料をもとにKMC作成

4)種子ビジネス、Btコットン

インド農村の綿花栽培で、農家の間で短期間に普及した種子にBtコットンがある。

米国のMonsantoは、1997年に、Btコットンの普及を目的にインドの現地会社MAHYCOとパートナーシップを締結した。MAHYCOは、年間総売上高31百万米ドルの世界最大の綿実の生産者であり、また高収率米、小麦、モロコシ、米および野菜種子のインドの代表的なサプライヤーである。1998年、Monsantoは再びMHYCOの株主資本の26%を43百万米ドルで取得し、社名をMonsanto Mahyco Biotech (MMB)に変更した。1998年8月、MMBは、インド内の九つの州にまたがる40の地点でBtコットンの実地試験を行う許可を取得した。

2002年に、Mahyocoは、遺伝子組み換え技術承認委員会(GEAC)から、三種類のBtコットン交配種、すなわちMECH-12、MECH-162 およびMECH -184を発売するための許可を取得した。特許取得後、Btコットンの綿実は、驚くべきスピードで普及し、インドで生産される全綿花収穫の80%はBt交配種によるものとなった。

普及した要因としては、①農民の収量増への期待、②輸出産業化、③インド政府による遺伝子組み換え研究開発に対する熱心な取り組みが指摘されている。

除草剤、殺虫剤および種子の分野は巨大であるが、同時に企業は絶え間のない成長のための課題にも取り組む必要がある。インドの農民も新しい製品と技術についてこれを受け入れ採用する前にその現場における効果を理解することを望んでいる。これには、広大なインドの地勢にまたがり分散して土地を所有している数百万の小規模農家に新しい製品および技術を効果的に伝え説明する献身的な人的資源が必要である。

地道な啓蒙活動が必要

インドの経験をミャンマーにそのまま当てはめることは難しい。インドには、資金力がある大企業が存在、全土に組織化された協同組合が機能している。ミャンマーには、これに相当する企業、組織は見当たらない。また、ITの普及もインド比べれば後れをとっている。農村で活動しているNGOの数も少ない。英語が普及しているインドとミャンマーでは情報アクセスと情報量において格段の格差がある。

インドとミャンマーでは与えられた条件が大きく異なるが、ミャンマーには後発国のメリットが期待できる。市場開放による外資の参入や携帯電話やインターネットの普及等のIT化が進めば、あっという間にギャップは埋まり、ミャンマー農村市場開拓は急ピッチで進むものと見込まれる。

最後に、途上国の貧しい地域における市場開拓は、日本企業において立派な実績を上げている企業がある。ヤマハ発動機の船外機ビジネスである。ヤマハ発動機はアフリカの漁民が使う船外機市場の7割を超える市場シェアを占有している。ヤマハ発動機が、アフリカをはじめとして開発途上国で船外機ビジネスを始めた動機は、1970年頃に、開発途上国の政府関係者から“我が国は豊富な海の幸が眠っているが、それを経済に活用出来ないのが残念”という声を聴いたときであったという。そこで、同社は、1970 年代半ばから、途上国で日本の沿岸漁業の技法を図解と写真で漁法や魚の料理法や保存方法を紹介した。さらに、文字が読めない人には漫画で啓蒙に努めた。また、商品を良い状態で長く使ってもらうためにサービスメカニックの教育を重視し、現地人材を育成した。こうした地道な啓蒙活動が途上国の魚民や政府関係者の信頼関係につながり、今日の確固たる基盤を築いた礎石となっている。新興市場開拓で実績を上げて来ている日本企業から学ぶことの方がより有益であろう。

(了)

コラム一覧に戻る