ITIコラム

2019年5月13日

 

北朝鮮の核・弾道ミサイル問題の出口を探る(2)

宇佐美 喜昭
(一財)国際貿易投資研究所
客員研究員

 

北朝鮮の核・弾道ミサイル開発放棄に向けた国際社会の努力の重点が兵糧攻めに移って久しい。北朝鮮は2月27日から28日にかけて行われたハノイでの米国との二回目の首脳会談で、トランプ大統領が国連による経済制裁の緩和に応じると考えていたようだが、見込みははずれた。国際社会が現段階で取り得る最良の方法は今なお、辛抱強い外交努力と経済制裁努力だろう。ただ、米国は、従来の相手の出方次第という姿勢とは異なり、明確な意思をもって取り組み始めた。北朝鮮の独特の体制での課題もみえてきた。

宥和ムードは一転

米国のトランプ政権は二度の北朝鮮国務委員長との首脳会談を経て、対北朝鮮政策の重点を、武力行使を辞さない威圧から兵糧攻めに大きく舵を切った。筆者は米国が空母3隻を朝鮮半島近海に展開した2017年10月に、問題は長期化すると推測した。 http://www.iti.or.jp/column044.htm

その上で、同年11月に中国共産党の宋濤・中央対外連絡部長が、習近平・中国共産党主席の特使として派遣された時の北朝鮮側対応が、トランプ大統領による対北朝鮮テロ支援国家再指定決議の承認のタイミングに口実を与えたと論じた。http://www.iti.or.jp/column048.htm

この折の北朝鮮は米国によるテロ支援国家再指定を織り込み済みだったと思われる。しかし、その後、北朝鮮側は国際社会との対決トーンを抑制した。

宥和ムードに至ったのは制裁緩和論者である韓国の文在寅大統領が自国開催の冬季五輪を利用して平和イメージを演出したためだ。核・ミサイル問題を棚上げしての制裁緩和を求める北朝鮮がその演出に乗ったかに見える。

ただ、実際にシナリオを準備したのは北朝鮮だ。演出をしたつもりで、シナリオライターに操られていたのが韓国だったと言えるだろう。

きっかけは朝鮮労働党の金正恩委員長の2018年元旦の新年の辞で、2018年が建国70周年であること、韓国では第23回冬季オリンピックが開催されることに触れ、「北と南にとって共に有意義な年である」とし、「凍結状態にある北南関係を改善して意義深い今年を民族史に特記すべき出来事的な年に輝かさなければならない」と続けた。

翌日、韓国側が南北対話の早期再開を呼びかけ、南北間のホットラインが再開、1月9日に南北閣僚級会議が開かれ板門店で南北首脳会談の開催が決まった。1月10日にはトランプ大統領が、「南北対話中の軍事行動はない」と明言し、この動きを容認した。

 

 

そこから6月のシンガポールでの初の米朝首脳会談までは和やかなムードで開催されたが、その後、米国と韓国との対北朝鮮政策上の乖離が目立つようになった。結局、2019年2月の米朝首脳会談は、途中で切り上げるという形で決裂した。

最初の首脳会談を開催するにあたり、トランプ大統領は核・ミサイル開発放棄に至るまで複数回の首脳会談が必要だろうとしていた。また、一括的な核・ミサイル放棄ではなく、北朝鮮の誠実な対応を前提に、段階的な放棄を容認するかの発言も出た。

しかしながら北朝鮮との高位級の直接交渉を通じて、米国は韓国経由でもたらされる北朝鮮の誠実さに疑問を持ち始めたようだ。また北朝鮮も南北協力を進めるそぶりを見せた韓国が、国連制裁の枠組みの中で、南北首脳会談で約束した経済事業を進められないでいることに対し、苛立ちを募らせるようになった。

ハノイの米朝首脳会談で、米国はあらためて、国連制裁の解除のためには一括的な核・ミサイル放棄以外の選択肢がないことを北朝鮮に突き付けた。

宥和ムードに水をさしたのは、いくつかの要因がある。政府発表や共同声明などを基に振り返ってみよう。

「朝鮮半島の非核化」をめぐる非現実的な解釈

先ず、2018年3月の韓国大統領特使団の訪朝結果を韓国がどうとらえているか見てみよう。韓国大統領府によると、韓国はこの時の成果を次の6点に集約している。ここでは非核化に条件がついている。またミサイルの放棄については触れられていない。

 

韓国政府にとり最重要なのは、対米向けに北朝鮮が条件付きながら挑発の抑制と核放棄を明言したこと、韓国に対して武力攻撃をしないと明言したことだろう。

これを受けた4月の南北首脳会談で発表された共同宣言(板門店宣言)では、次のとおり、軍事的緊張の緩和と自主統一に重点がおかれている。

 

板門店宣言

出所:韓国大統領府

 

注目点は、「核のない朝鮮半島を実現する」という表現の解釈だろう。この表現は6月の米朝首脳会議の共同声明にも引き継がれた。共同声明では、北朝鮮をNorth Koreaではなく、英語の正式名称であるDemocratic People’s Republic of Korea、または略称のDPRKと表記しており、国交のない米国が北朝鮮に敬意を払っていることがわかる。

さて、「核のない朝鮮半島を実現する」についてだが、すでに米軍は韓国に配備していた核兵器を撤去して久しい。

国際社会が目指しているのはNPT(核不拡散条約)体制の堅持であり、朝鮮半島の非核化ではなく北朝鮮の非核化である。なぜ米国が「朝鮮半島の非核化」という表現に応じたのか詳細は不明だが、北朝鮮の主張に則ると、朝鮮半島域外からの核攻撃能力の排除も含まれている。つまり米国、ロシア、中国が非核化しなければ北朝鮮は非核化しないということになり、NPT体制から逸脱するかなり非現実的な主張が盛り込まれていることになる。

この朝鮮半島の非核化という言葉は、交渉でしっかり互いに定義を確認したものではなく、韓国による特使派遣の折に北朝鮮側が語った言葉をそのまま受け継いでいるように見えることに留意が必要だ。今後の非核化交渉で、①北朝鮮がどう現実的な歩み寄りを見せるか、②北朝鮮の体制の保証を米国がどう具体的に北朝鮮側が信頼できる形で示せるのか、が、今後の注目ポイントだろう。ただ、筆者はこの交渉は非常に難しいとみている。

 

米朝初首脳会談での共同声明

出所:ホワイトハウス

 

制裁緩和にのめりこむ韓国

板門店宣言は軍事的緊張の緩和に重点が置かれているが、北朝鮮が最も重視しているのは1.⑥で触れられた経済案件の実現だろう。10.4宣言は2007年の盧武鉉大統領と金正日・国防委員長との首脳会談時に発表されたもので、経済協力事業の積極的活性化と持続的拡大、具体的には開城工業団地の運用や北朝鮮の鉄道、道路の改修への協力などが盛り込まれている。

特に、朝鮮半島の東海岸と西海岸の交通連結、改修を通じた北朝鮮の経済成長促進は、4月の南北首脳会談で文在寅大統領が金正恩委員長に、2人だけの場で直接説明した肝いり案件でもある。韓国にとってはどうしても進めたい事業なのだろう。

これらの構想についてはトランプ大統領も理解を示している節がある。北朝鮮に対して自ら「東西を海に囲まれ、北に中国、ロシア、南に韓国があり、非核化を通じて国連制裁が解除されたら素晴らしい発展を得られるポテンシャルがある」と説いている。

ただ、国連による経済制裁の緩和について、韓国が段階的引き下げを主張しているのに対し、米国は不可逆的な非核化とセットで一括的な解除を目標に置いている。核・ミサイル開発でハードルをあげてきたのは北朝鮮であり、北朝鮮自ら十分にハードルを引き下げ無い限り経済制裁は緩和できないというのが米国のスタンスだろう。

すれ違う米韓

9月に行われた2018年3度目の南北首脳会談で発表された平壌宣言は、板門店宣言での軍事的緊張緩和措置が再確認され、東倉里のミサイルエンジン試験場と発射台の廃棄、米国の相応措置を前提とした寧辺核施設の廃棄の用意が表明されるとともに、経済分野や人的交流が具体的に盛り込まれた。

ただ、「米国の相応の措置を前提」という文言を韓国側が受け容れた時点で、米国と韓国のすれ違いは決定的となった。

経済分野では具体的には鉄道と道路の連結、開城工業団地と金剛山観光事業の優先的な再開、山林分野での協力、保険・医療分野での協力が謳われた。ただし、必要な機器の北朝鮮への持ち込みには国連制裁の緩和、ないし安全保障理事会からの許可が必要となる。

韓国は、文在寅大統領自ら欧米首脳に直接制裁緩和を訴えるなど国連制裁緩和に積極的だ。だが、北朝鮮に疑心暗鬼な国際社会を説得するには至っていない。

なお、東倉里の施設廃棄は、米朝首脳会談で金正恩委員長がトランプ大統領に表明した信頼醸成措置の一環であり、7月から解体作業が始まっていた。しかし衛星写真解析を行っている米国の戦略問題研究所(CSIS)は、8月以降は目立った進捗がなく、復元可能な程度にとどまると、2019年1月に公表している。

北朝鮮は同月にスウェーデンで開催された米韓朝の三者実務協議で解体を進めていると表明していたが、CSISが正しいとすると、北朝鮮側は破棄を米国に約束したものの、反故しようとしている感がうかがえなくもない。それを韓国が黙認しているとも写る。

加えて韓国政府については、自国の港を出入りする船舶による北朝鮮船との瀬取りを黙認していただけでなく、政府出資会社である韓国石油公社を通じて積極的に加担していた疑惑も出てきた。米国が韓国に不審を抱くのは当然と言えよう。

国連制裁決議の着実な実行を図る米国

文在寅政権の対北朝鮮政策は、ある意味、ファンタジーに満ち満ちている。国際社会や北朝鮮の考え方を無視し、碁石をこう打てば相手はこう打つはずだという勝手なシナリオを描き、全く異なる反応に遭っても深く考えずに次の手を打ってきた。

一方、北朝鮮要人との直接交渉を重ねてきた米国は、北朝鮮の早期の核・ミサイル開発放棄について懐疑的になってきたと思われる。

米国は、イラクやリビアなど、NTP体制を揺るがす敵対相手に対し、開発放棄が先とする「べた降り」を迫ってきた。北朝鮮の狙いは国連制裁の緩和だが、これは核・ミサイル開発のための外貨や必需品輸入の道を拓くことを意味しかねない。ハノイでの首脳会談でも、米国は取引につきあうつもりはなかっただろう。

それでも2回目の首脳会談を開催したのは、金正恩委員長の翻意に期待したからと思われる。制裁緩和と核・ミサイル開発放棄を段階的とする考え方の北朝鮮と一括とする米国との会談が決裂したのは必然だった。

国連は2006年以降、10次にわたり段階的に北朝鮮への経済制裁を強化してきた。特に2017年の安全保障会議決議2371号と2375号は北朝鮮の外貨獲得阻止と石油輸入の制限を狙ったもので、兵糧攻めに近い措置と言える。

一方、国連の安全保障理事会に設置された北朝鮮制裁委員会の専門家パネルは、北朝鮮の政府系とみられる企業による制裁逃れが広範にわたり行われており、監視・取り締まりが強化される必要があることを訴えてきた。

米国は、北朝鮮と取引がある企業の取引銀行への制裁をちらつかせ、各国に監視強化を促し、制裁逃れの包囲を狭めてきた。

北朝鮮側は洋上や第三国での密貿易にも活路を見出そうとしている。韓国軍合同参謀本部が韓国の国会議員に明かした資料によると、2017年に60件程度とされた瀬取りは2018年には130件以上に急増した。

これに対して米国は日本および朝鮮国連軍の主要参加国である英、仏、カナダ、オーストラリアなどとともに瀬取り監視を強化している。

また国連機関の一つである国際海事機関(IMO)も、船籍データベースの構築を図り、自動船舶識別装置による位置情報と照合して監視を強めることとした。

こうした中、米国との貿易摩擦打開に向け閣僚級の交渉を進めている中国が、北朝鮮との国境管理を強化している。特にハノイ会談決裂後は、中国の税関によるお目こぼしが一切通用しなくなったとされる。検査は個人旅行者の携行品にも及んでいる。中朝国境付近に情報ソースを持つメディアは北朝鮮の民間貿易商の羽振りが著しく落ちていると報じており、中国による取り締まり強化が実効をあげていることが覗える。

この間、国際的信用を失ったのが韓国だ。洋上監視の解析などから、米国政府は韓国政府が北朝鮮産石炭の輸入を黙認しているとみなし、2018年7月に韓国政府に対し国連制裁に穴をあけないよう警告した。開城工業団地に設置された南北連絡事務所に、国連に無許可で物資を運び込んだことも国連から制裁破りと断じられた。

さらに、国連の北朝鮮制裁委員会の専門家パネルの調査活動に対して非協力という強い批判がある。非協力どころか妨害行為すらあると証言する関係者もいる。2019年3月、北朝鮮の制裁破りの証拠として国連で提示された高級車の写真の中には、金正恩委員長と並んで平壌でのパレードに参加する文在寅大統領が写ったオープンカーの画像もあった。専門家パネルが韓国をどう見ているかがよくわかる。

4月の米韓首脳会談では、北朝鮮との宥和ムード盛り上げにのめり込む文在寅大統領を、トランプ大統領がもはや信用していないことが強く浮き彫りになった。北朝鮮の核・弾道ミサイル問題へのあまりに希薄な当事者意識が国際感覚からずれていることに文在寅大統領本人が気付いておらず、韓国政府の関係者も大統領を制御できていないことに問題がある。

トランプ大統領の狙いは北朝鮮の翻意

米国は、韓国が主張してきた在韓米軍と韓国軍との訓練縮小を受け入れる一方で、制裁破りへの監視を強めてきた。また、北朝鮮要人への直接的な非難も自重している。制裁を緩和する姿勢を見せない米国に苛立ちを募らせている北朝鮮と比べて、米国は泰然自若の感がある。これが意味するところは何だろうか。

一つめは北朝鮮の表向きの核・ミサイル開発の自制により武力誇示の必要性が薄れてきたことがあげられる。

二つめは時間が米国に有利に働くことを認識しているのだろう。経済制裁は確実に効いている。

三つめは、韓国政府への不信だろう。米軍は韓国軍の作戦指揮権を有するとはいえ、宥和ムードにのめり込む文在寅政権と緊密な共同行動がとれるか疑わしくなっている。

四つめは、トランプ大統領が持つ金正恩委員長への一定の信頼感だろう。トランプ大統領は、北朝鮮がこれ以上、米国に対して無謀なことはやらないと読んでいる。

米国政府としては金正恩委員長が翻意して、核・ミサイル開発放棄に向けて真摯に取り組むことを期待しているとみていいだろう。それが、第三回の米朝首脳会談を否定しない一方で、交渉はゆっくり進めるとする発言につながっていると思われる。

北朝鮮も米国の翻意を待っている。ただし、米国と異なり「今年12月まで待つ」と期限を付けている。その先の戦略については、外部の者にとっては知る由もない。

ただ、中国が北朝鮮との国境管理を強化したことは、北朝鮮にとり大きな誤算になりつつある。特に、6月は最も食料不足が深刻化する時期だ。

北朝鮮にはもう一つ、誤算があった。ロシアの冷遇である。プーチン大統領は金正恩委員長との4月25日の初の首脳会談での記者会見で、米国への批判を控え、むしろ米国寄りともとれる言葉を用い、段階的廃棄については一切触れなかった。

「飛翔体」が意味するもの

国際社会がひとつ失念しているとしたら、北朝鮮の現体制の根本原理である「主体思想」への理解だろう。北朝鮮は中国を後ろ盾にしているとはいえ、宗主国としての中国との関係は払しょくしたいと考え、マルクス・レーニン主義を発展させた主体思想をつくりあげた。政策としての一切の漢字の廃止は象徴的と言える。

主体思想の解釈や実際の統治政策への適用については変遷もあり、また海外識者から様々な評価がなされているが、その根本にある考え方には、筆者は朝鮮朱子学の影響を受けているように感じている。

一方で、米国と妥協し、韓国が考えるような経済発展政策に踏み出す場合は、主体思想に基づく現在の体制維持は困難を伴うだろう。中期的に米国は人権問題や民主化にも干渉するだろうし、資本主義をある程度許容しなければ全国的な経済発展は望めない。

それでも現体制を維持するのであれば、主体思想に修正が必要ということになるかもしれない。主体思想自体はこれまでも前国家指導者の言を変えることなく、追記をしていくことで実質的に修正した例もある。ここをクリアできれば、具体的な体制の保証という条件がひとつ整うのかもしれない。

もう一点、部族国家で国内に反体制の武装集団がいたイラクやリビアと北朝鮮では条件が大きく異なることも踏まえておいていいだろう。

さて、5月4日、北朝鮮は大規模な「飛翔体」発射演習を行った。米国との対話を閉ざすつもりはないが、何らかの措置が得られなければ対米抑制は難しくなるというサイン、と筆者は解釈している。おそらく、実現性があるとみて求めているのは、国連制裁の例外となっている人道支援だろう。特に今年の食料不足は深刻だ。食料支援がスムースに運ばないと、朝鮮労働党の支配基盤に揺れが生じることはあり得るかもしれない。

従来の北朝鮮の支援の定義は、「善意を受け取る」、である。確か、かつて最貧国のひとつだった韓国も、支援を受けることを「協力」と呼んでいた。

トランプ大統領は食糧支援を否定していないが、紛れて制裁品が北朝鮮に渡ることは快く思わないだろう。「韓国による」食糧支援と言及したのか一般論としての支援なのかで解釈も変わってくる。これは、本来は国連世界食糧計画(WFP)が表に立つべき事業だ。韓国が直接支援を行う場合は、強い透明性を求めるだろう。

用語の違いや同一用語の解釈の違い、言動や行動への考え方の違いは、米韓、米朝ですれ違いが生まれる所以でもある。米朝互いに言葉の定義の確認をしっかり積み重ね、互いの思想への相互理解を踏まえないと、国際社会の懸案を平和裡のうちに解決する機会を逃してしまうかもしれない。

一方、中国もロシアも、北朝鮮が主張する段階的制裁解除を支持してきたと思われたが、最近の動きを見ると、両国とも、トランプ大統領の対北政策を心の中では肯定しているようにも思える。米国が押し切ればそれはそれで受け入れる用意はある、と思われて仕方がない。