一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

フラッシュ

2001/09/18 No.11全ての戦争はジハードである
−父と子が直面した2つの戦争の大義−

木内惠
国際貿易投資研究所 研究主幹

 ビン・ラディン氏はアメリカとの戦いをイスラムの大義に基づくジハード(聖戦)と位置付ける。ジハードとは、「イスラム精神の昂揚あるいはイスラムへの危害排除という使命達成のために異教徒に対して行なわれるモスリムによる武力闘争」(注1)と定義される。要するに、イスラムの大義を旗印に掲げた対異教徒戦争をいう。だが、「大義」に着目すれば、ジハードはイスラムの専売特許ではない。 

 全ての戦争はジハードである。戦いの当事国にとって大義は不可欠の要素だからだ。大義とは最高の普遍的な道徳律をいう。もちろん、自国防衛は1つの大義だが、グローバリズムの今日世界においては、より普遍的な大義が必要になる。

明白なる運命

 グローバリゼーションの特徴のひとつは自由、民主主義、人権、環境など人類共通の価値が国境を越えて共有されることにある。この点に着目すれば、現代における戦争は、かつて以上にグローバリゼーション下の普遍的原理を大義として位置付けることが必要にならざるを得ない。自由と民主主義を「聖典」とする理念国家たる米国。この国にとってのジハードとは自由と民主主義の擁護であり、これを世界に広めていくことなのである。その意味では、自己の理念をグローバル化することは、今日の米国にとっての「明白なる運命」(マニフェスト・デスティニー)であるのかもしれない。

ノーブル・イーグルの寓意

 「侵略と悪意に対しては、断固、力で対処する。そして、あらゆる国々に対して、米国の建国の価値を声高に訴えていく」――ブッシュ現大統領の就任演説の一節である。歴代の米国大統領がその就任演説の中で、例外なく言及するのが「建国の価値」だ。建国の価値は「建国の理念」と同義であり、自由、民主主義といったアメリカ的価値がその中身である。今回の場合も、ブッシュ大統領は世界貿易センター・ビルへの攻撃を「世界の自由と民主主義への挑戦」とみなした。自らの戦いを高貴で聖なる戦いに転化しようとしたのだ。「高貴な鷲」(ノーブル・イーグル)――米国が今回のテロ勢力撲滅作戦をこう名付けたのは少なくとも潜在意識の中に聖戦化への希求があったように思われてならない。 

 白頭鷲は米国の国鳥で、1ドル紙幣の裏面にも描かれている。広げた翼は常に臨戦体制にあることを表現。両足に握られた矢とオリーブの枝はそれぞれ戦力と平和を表しているといわれる。鷲は「強いアメリカ」のシンボルそのもの。これに「高貴な」の形容詞を付すことにより、聖戦化を象徴したというのが「ノーブル・イーグル」という作戦名にこめられた寓意と解するのはうがちすぎだろうか。

支援で私怨を払拭

 何故に聖戦化が必要になるのか。報復のための戦争をより大きな大義実現のための戦いに昇華させるためだ。それでは、如何にして報復戦争の聖戦化を図るか。できる限り多くの国々を米国のジハードに参集させ、各国との協力を得て戦争を遂行することである。外国の軍事援助がなければ、米国はこの戦争に勝てないといっているわけではない。純粋に彼我の軍事力の差という観点からみれば、相手を武力で制圧するのは容易であろう。だが、これを米国一国で行ったのでは、ビル爆破への単なる仇討ちと取られかねない。私怨に基づく戦争という図式が現出しかねない。国際正義のための聖戦に転化するためにはそこに私怨による行動を超える何らかの価値を付加する必要が出てくる。テロを民主主義への挑戦と位置付け、これを糾弾するための戦い、つまり国際正義のための聖戦に転化する必要性もここにある。 

 語呂合わせに陥るそしりを覚悟で言えば、「私怨」に基づく報復というイメージを払拭するには国際社会の「支援」が必要なのだ。大義にランクがあるからである。自由と民主主義は仇討ちよりも上位概念である。結局、この問題はグローバリゼーションにおける普遍的な価値の共有化という認識に行き着くのかもしれない。

父と子のジハード

 父ブッシュの指揮した湾岸戦争の聖戦化を促した原理は国家主権の尊重という大義であった。イラクの侵略により危うくされたクウェートの国家主権回復のための戦いであり、米国にとっては外国の主権保護を通じて冷戦後の秩序構築という大義を掲げたジハードであった。子のブッシュ現大統領は自国への直接攻撃に対する報復戦争を、国際社会との連携を通じて、自由と民主主義というより大きな大義擁護のためのジハードへと転化させようとしている。

キッシンジャー版「君主論」

 米国のユニラテリズムへの傾斜が懸念されている今、キッシンジャーが近著「米国は対外政策を必要としているのか?:21世紀の外交に向けて」(注2)の中で述べていることは示唆に富む。「米国は自らの覇権的地位を認識した上で、あたかも多極世界にいるように対外政策を遂行すべきだ」との警告は単なる処世の訓ではない。同書は冷戦後世界の地政学的分析。マキャベリの「君主論」のキッシンジャー版。学術論文というよりもたった一人の読者を想定して共和党のキッシンジャーが執筆した。たった一人の読者とは他ならぬジョージ・ブッシュである。 

 繰り返す。全ての戦争は当事国にとって聖戦である。

(注1) Dictionary of the Middle East ,by Dilip Hiro

(注2)DOSE AMERICA NEED A FOREIGN POLICY?: Toward a Diplomacy for the 21st Century ,by H..Kissinger,Simon & Schuster, 2001.

次回予告、

「日米同盟への試練としての同時多発テロ(仮題)」。

フラッシュ一覧に戻る