一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2009/08/13 No.128ドイツ最高裁がリスボン条約違憲提訴に判決〜リスボン条約そのものは合憲だが、議会の権限強化を求める

田中信世
(財)国際貿易投資研究所 客員研究員

今年1月末、EUのリスボン条約はドイツ基本法に違反するとして、国会議員や大学教授などがドイツ最高裁判所(憲法裁判所)に提訴していたが、その判決が去る6月末に下された。

違憲提訴は、?EUのリスボン条約は連邦議会の権限を不法に制約するものであり、これ以上の国家権限をEUに移譲することはドイツ基本法23条に違反する、?EUにおいては、1993年のマーストリヒト条約の合憲判決における経済通貨同盟の要件が守られておらず、通貨安定の原則が空洞化している、?EUは補完性の原則(注)に違反している、などが主な内容となっており、最高裁第2法廷で審議されていた。

一方、リスボン条約が成立した場合には、加盟国はリスボン条約の内容を各国の基本法(憲法)に反映させる必要がある。このため、ドイツにおいては、リスボン条約に関連する基本法の条文(第23条、第45条、第93条)の変更/追加を盛り込んだ改正法(Gesetz zur Aenderung des Grundgesetzes 〔Artikel 23, 45 und 93〕)を制定し、08年10月に公布するなどリスボン条約が発効した場合に備えて準備を進めてきた(同改正法は、EU加盟国のすべてで批准作業が完了し、リスボン条約が成立した時点で発効)。

23条はもともと、「連邦は欧州連合に国家主権を移譲できる」ことや、「EUとの交渉に際しては連邦議会の態度を考慮に入れる」などの条項が盛り込まれていたが、改正法では、それに加えて、?欧州連合の立法行為が補完性原則に違反する場合には、連邦議会と連邦参議院(上院)は、欧州連合裁判所に提訴する権利を有する、?連邦議会は、議員の4分の1の要求がある場合はこの訴えを起こす義務がある、との条項を付け加えた。

また45条の改正は、連邦議会が設置する欧州連合問題委員会(Aussschuss fuer die Angelegenheiten der Europaeischen Union)の権限拡充に関するものであり、第93条の改正は、連邦法、州法の基本法との適合性について審査を申し立てることができる連邦政府、州政府および連邦議会議員のうち、連邦議会議員の構成要件を議員総数の3分の1から4分の1に引き下げたものである(09年3月24日付、フラッシュ121参照)。

上記の違憲提訴に対して6月30日に最高裁が下した判決の骨子は以下のとおりであった。

①リスボン条約を承認した法律(Zustimmungsgesetz zum Vertrag von Lissabon)は基本法に適合している。
②これに対して、欧州連合問題に関する連邦議会や連邦参議院の権限の拡大や強化に関する法律(前述の基本法改正法)は、連邦議会や連邦参議院が立法過程において十分な参加権が認められていないので違憲。
③連邦大統領は、連邦議会や連邦参議院の参加の権利を強化するための法改正が行われて初めて、リスボン条約の批准文書に署名することができる。

上述のようにドイツ基本法では、第23条にみられるように、欧州連合への国家主権の移譲を認めており、補完性原理に違反した場合の連邦議会や連邦参議院の欧州連合裁判所への提訴の権利を認めているが、最高裁が要求しているのは、こうした欧州統合問題に対する連邦議会の権利の包括的な規定(pauschale Zustimmung)よりさらに踏み込んで、EUがドイツの国家主権を侵害した場合、あるいはEUが新たな権限を要求してきたような場合には、連邦議会にその都度同意(または拒否)する権利が与えられなければならないとするものあり、こうした対応を可能にするための更なる法改正を求めたものである。

今回の最高裁の判決は、EUの統合過程そのものに異議を申し立てたものではないが、今後、統合深化の過程で生じうるEUによるドイツの国家主権への侵害に対して強い留保条件をつけたものといえよう。その意味で違憲提訴を行った原告団の主張をある程度反映した内容となっている。ドイツの経済紙ハンデルスブラット(7月1日付)は、こうした判決内容を簡潔に表現して、「今回の判決は“プロ(親)・リスボン条約”ではあるが、“プロ(親)欧州統合”とは言いがたい」と論評している。

今回の最高裁の判決を受けて、メルケル首相は、最高裁の判決を歓迎するとの意向を表明するとともに、9月に行われる連邦議会の選挙までに法改正を行って批准手続きを終わらせたいとしている。ハンデルスブラット紙(同日付)は、法改正のための特別議会は8月26日に召集され、9月8日に採決の予定としており、連邦議会議員にとっては夏休みを返上しての法案審議ということになりそうだ。

また、欧州委員会のバローゾ欧州委員長も「ドイツでも秋までにリスボン条約の批准のメドが立った」としてドイツ最高裁の判決を歓迎している。

なお、リスボン条約は、EU加盟27カ国のうち23カ国ですでに批准手続きを完了しており、現時点で批准手続きが完了していないのは、ドイツ、アイルランド、ポーランド、チェコの4カ国のみである(アイルランドは08年6月の第1回国民投票で批准を否決。ポーランドとチェコでは議会がすでに批准を承認しているが、大統領が未署名)。

ドイツの批准手続きが今回の判決である程度、見通しが立ったことから、今後の批准に向けた最大のヤマ場は、10月にアイルランドで実施される第2回目の国民投票ということになる。

注)EUの専管事項(例えば、共通通商政策や経済通貨同盟、関税同盟など)以外の分野については、特定の政策や措置の目的が加盟国によって十分に達成されず、規模または効果の点でEUレベルで実施したほうがよりよく達成できる場合にのみ、EUが実施するという原則。

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