一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2016/01/08 No.262中国人民元の行方~人民元安容認で外貨流動性懸念が広がる~

宇佐美喜昭
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

下落する人民元

中国経済については長年に渡り、いずれバブルがはじけると見ていた弱気派とバブルははじけないとしてきた強気派の見方があり、一昨年までは後者の見方が当たっていた。

しかし2014年のエネルギー需要がマイナスに転じたことからも窺われるように、中国経済の変調は現実のものとなった。2015年の経済成長率は政府発表ベースで8%を下回るとみられている。

振り返ってみると、中国の経済成長は2011年に転換期を迎えたとみなしていいかもしれない。前年に2桁成長となる10.4%を付けた後、2011年以降は一桁の経済成長率にとどまっている。政府の財政出動がなければ、今後2~3年以内に3%台に急落する可能性も指摘されている。

一方、経済構造が抱えている歪みは短期では解消できない。最たるものは3つの過剰(設備、生産、債務)だろう。政府は公共投資で需要を増やすと同時に、規制緩和と金融緩和で住宅需要を喚起しつつ、貸し出し抑制を通じて3つの過剰の解消を狙っているように見受けられる。しかし、社会資本の増加は将来の維持コストの拡大を意味しており、永遠に続けられるものではない。

経済成長率は2015年第1四半期、第2四半期とも7.0%と発表されているが、生産財の生産伸び率は2年連続で前年を下回ろうとしている。経済成長を牽引してきた投資も減少しており、発表されたGDP統計への疑念も生じている。

2015年、人民元は前年比で4.5%下落した。2016年最初の取引日である1月4日は、人民元取引が従来の9時30分から16時までに加え、時間外取引として23時30分まで延長された初日にあたる(時間は北京標準時)。

取引開始前に中国人民銀行が設定した為替の基準値、1ドル=6.5032 元は4年8カ月ぶりの元安水準だったが、時間外に入り急落し、終値は18時に値幅制限いっぱいになったまま、その水準で取引を終了した。その後も為替の基準値は1月7日まで、年を挟み8日連続下落となった。

近年の人民元の対ドル最高値は2014年1月31日の1ドル=6.0353元で、その後は緩やかに下落してきた。2015年8月と12月の中国人民銀行による実質的な切り下げで人民元の対ドルレートは下げ幅を拡大し、米国金利引き上げの影響も受けて、2016年1月最初の為替の基準値は1ドル=6.5032元と、4年7ヶ月ぶりの安値水準となった。

外貨流動性は万全か?

経済成長率が鈍化する中、人民元の引き下げは輸出産業にとり朗報となるはずだ。3兆ドルを超える世界最大の外貨準備を持っていれば多少の外貨流出があっても心配ない、一般的にはそう見られるだろう。

しかし、中国の外貨流動性に懸念を持つ専門家は少なくない。例えば、中国の外貨需要は3兆ドルに達するとか、人民元の対ドルレートはまだ15%ほど高いといったヘッジファンド関係者の見方が国際的に報じられている(2015年12月16日付ロイター)。

別のアングルから見てみよう。中国国家外匯管理局(SAFE)が公表している「2014年中国国際収支報告」によると、2014年末の対外金融資産は6兆4,087億ドル、負債は4兆6,323億ドル、これに対し外貨準備高は3兆8,993億ドル(金を含む)だった(注)。

負債のうち、2兆6,779億ドルは流動性が低いとされる直接投資で、比較的流動性が高い証券投資や債券、貿易与信、借り入れ、預金などは1兆9,544億ドルである。概算では、外貨準備額から直接投資を除いた分(2014年末時点では約2兆ドル)があれば、流動性は十分確保できているといえるだろう。

しかしながら中国の外貨準備は2014年6月末の3兆9,900億ドルをピークに減少に転じた。2015年12月の外貨準備は3兆3,300億ドル。18カ月で6,600億ドルの減少だが、2015年1月以降の12ヶ月では5,700億ドルと減少速度が早まっている。特に、人民元安を容認した8月は外貨準備が前月比で939億ドル減少した。米国の金利引きが見込まれた12月は前月比で1,709億ドル減少した。経常黒字でありながら外貨準備が減っているのは、為替市場でのドル売り人民元買い介入によるものだろう。

ただ、外貨準備の目減りで不正貿易を連想してしまうのは私だけだろうか。次の例は人民元高を背景としたものだが、2012年12月から2013年3月にかけ、中国の香港向け輸出統計と香港の中国からの輸入統計は、中国側の輸出が360億ドルも多かった。

噂された手法のひとつは、同じ貨物を積んだままトラックを深センと香港を1日中休まず往復させ、中国からの出境時だけ積荷を申告し、あとは空荷として申告するというものだった。

輸出を装い、香港で安い金利で調達した外貨を中国に送金し、高い金利で運用していたとされるからくりだ。税関の監視が行き届かない場合、今度はこの逆の方法で外貨が流出するかもしれない。

人民元高傾向であれば企業も個人投資家も海外から資金を借り入れ人民元で資産運用しようとするだろうが、先行きの人民元安が鮮明になった今となっては外貨流出に歯止めをかけるのは容易でない。問題はどの水準で落ち着くかということだ。

中国人民銀行は1月7日の為替を2011年3月以来の水準である1ドル=6.5646に設定したが、相場は6.5934元まで下落した。今後しばらくは2008年のリーマンショック前後から2010年の変動相場への移行前の1ドル=6.83~6.85元の水準を意識した展開になるだろう。これを突き抜けるようだと、他の新興国を巻き込む通貨安競争を引き起こしかねない。

トービン税導入の可能性も

人民元安の急速な進行は、金融的には、現政権が推進している人民元建て取引の拡大や、人民元建て債券による資金調達への逆風となる。先行き価値が低下する見通しの通貨を長く手元においておきたい人は少ないだろう。

このため新規の債券発行では利回りの高止まりや、資金が十分に集まらないことも想定される。金融機関にとり借り入れ条件の悪化や、債務の借り換えが困難になることも予想される。また外貨換算での企業資産の目減りは、海外での株式上場にも影響するだろう。

中国当局は、急速な外貨準備減少を必ずしも是としているわけではない。すでにデビッドカードの一種である銀聯カードの海外での引き出し限度額は、2016年から一人当たり1年間10万元に制限された。従来の1日1万元の引き出し制限も維持されている。しかしこれだけで外貨準備減少の対策として十分だろうか。

為替の安定に向けてとりえる選択の一つとしては、資本取引規制を強化することが考えられる。例えば、信用状発給手数料を引き上げる、資金使途の確認を強化する、先物取引参加者にはヒアリングにより牽制する、国有企業には輸入割当枠をはめる、といった手法だ。

一方で、露骨過ぎる資本規制を行うとSDRの人民元採用の見直しにつながりかねず、さじ加減には限度がある。

もうひとつの選択肢としては為替取引の自由化により、市場を通じて安定を図ることだが、短期的に目的を達する手段とはなりえないだろう。

想定を超えて外貨準備の減少が続く、例えば外貨準備が2兆ドルを下回ってもなお減少に歯止めが掛からないといった事態になれば、すでにSAFEの関係者が示唆しているような、外貨取引手数料による調整や国際金融取引課税(いわゆるトービン税)の導入も視野に入ってこよう。 

注)日本の3倍の外貨準備がありながら米国債運用額が日本とあまり変わらないことから、中国の公表されている外貨準備額は何らかの統計手法で上積みされているのではないかという見方がある。例えば、商業銀行保有の外貨が中国人民銀行の口座に預金され、これが外貨準備として統計に繰り入れられているのではないかという具合だ。2兆ドルという前述の目安は、もちろん真水の額を前提としている。なお、米国財務省によると2015年6月時点で中国は1兆2,712億ドル、日本は1兆1,971億ドル。

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