一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

フラッシュ

2018/05/23 No.372「一帯一路」構想に対するインドのスタンス(その2)~中国の南西アジアやインド洋進出に懸念~

山崎恭平
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
東北文化学園大学 名誉教授

はじめに

中国の巨大経済圏構想「一帯一路」が国際的に注目される中で、構想の中心地域の一つである南西アジア地域やインド洋圏の盟主インドが示す消極的なスタンスについて、2017年12月1日付けフラッシュ357(その1)で背景を分析した。中国はこれからの大国インドの参加を望んでいるが、中印両国の領土をめぐる緊張関係に加えて中国の南西アジアやインド洋圏への進出の動きが加速されている推移から、インドのスタンスは変わっていない。一方で、モディ首相は頼みとする米国トランプ政権のWTOを骨抜きにしかねない通商政策や対イラン、イスラエル政策の変更等に戸惑っており、2期目を狙う来年の総選挙をにらみながら中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領との非公式会談に応じる姿勢を見せている。そこで、同構想の行方を左右しかねないインドのスタンスについて、周辺地域におけるその後の一帯一路案件の推移と米国トランプ政権の政策展開を踏まえて考察する。

1.政権交代と一帯一路案件の受け入れ

一帯一路構想の具体的なプロジェクトを受け入れる際には、相手国の政権交代が一つの大きなタイミングになっている。インドの周辺には政治的に不安定な弱小の発展途上国が多く、最近の政権交代と一帯一路案件の受け入れ例は、ヒマラヤ山脈の内陸国ネパールとインド洋の島嶼国モリディブに見られる。

中印両国に囲まれたネパールは2008年に王制から連邦民主共和制に移行し、以降政情不安の中で2015年には犠牲者が9,000人を超える大地震に見舞われ、観光立国の目玉であるヒマラヤ登山を一時禁止するなど経済的にも不振が続いた。元来歴史的文化的にはヒンドウ教や仏教との関係が深く、経済的には貿易や経済支援でインドとの関係が圧倒的に大きい。しかし、政情不安の中で共産党毛沢東主義派が勢力を伸ばし、また大震災を機に中国の経済支援も受け入れて来た。そんな中で、2017年末には新憲法下で初の総選挙が行われ、第1党のネパール統一共産党が第3党の共産党毛沢東主義派と連立しオリ首相率いる左派連合政権が成立した結果、中国との関係が強まると見られている。

前政権は17年5月に一帯一路構想に参加を表明、その際には中国のチベット自治区からヒマラヤ山脈を越え首都カトマンドゥに至る鉄道延伸計画やポカラ水力発電所計画等が話題になった。今後その帰趨が注目される中で、今年4月にはオリ首相がまずインドを訪問し善隣外交の意を示し、5月に入ってからモディ首相がネパールを訪問して両国関係の維持を図った。モディ首相は鉄道建設や電力輸入を約した発電所計画への支援等を打ち出し、「ネパールの発展に“エベレスト登山におけるシェルパ役を果たす”」として隣国ネパールの中国傾斜に対抗する姿勢を見せた。

もうひとつの政権交代と一帯一路プロジェクトの実例は、原油をはじめ重要な輸送シー・レーンであるインド洋で昨年来中印両国を巻き込み治安が悪化している島嶼国モリディブ共和国の動きである。インド洋の「楽園」ともいわれ世界的なレゾ-ト地モリディブは、日本でも一時新婚旅行の人気地で、26のサンゴ礁に1,192の島から成り人口40万人の大半がイスラム教徒の小国である。平和であったこの国で2013年の大統領選挙で政権交代が行われ、アブドラ・ヤミーン現政権は一帯一路への参加や中国とFTAを結ぶとともに、今年に入って前政権の野党指導者の最高裁釈放命令に従わず、非常事態宣言の延長等強権政治の傾向を強めた。モハメド・ナシード前大統領等によると、全長12㎞の友好大橋や7,000戸の住宅建設地等に中国の10%以上の高金利の借り入れが不透明な手続きで行われ、観光収入が減る中で7割が中国からの借り入れの対外債務が膨らみ“債務の罠”に陥っているという。そして、野党は隣国のインドやスリランカに、与党は一帯一路政策を進める中国や親中国のパキスタンに介入や支援を求めて対立しているが、中国は内政問題として当事者でないインドの介入を拒んでいる。

2.パキスタンで産業界に懸念の声

インドが一帯一路構想に反発する直接的な原因は、この構想の旗艦プロジェクトといわれるCPEC(中国パキスタン経済回廊)が領土の係争地であるカシミール高地でインドの領土を侵害しているからである。CPECは中国の西方カシュガルからカラコルム山脈を越えインダス川に沿ってアラビア海に面するグワダル港に至る3,000㎞に及ぶ回廊に道路、発電所、工業団地等を建設するもので、中国はこれまでに500億ドル以上の投融資を行っている。これだけの大規模なインフラ建設であるから、比較的好調なパキスタン経済の成長に大きく貢献している。しかし、中国からの融資で対外債務が増大、同じく資機材の輸入増による貿易赤字の拡大で経常収支の赤字が膨らんでいる。

産業界ではCPECが成長の基盤であることは認めつつもこれらのリスクを指摘する声が高まり、進出する中国企業への優遇は不公正であるとの批判も出ている(注1)。また、建設地周辺で中国人技術者が警察といざこざを起こしている例やグワダル港のフリーゾーンで人民元のオフショア取引をパキスタンが拒んでいるとインドのマスコミが伝えている(注2)。最近では、中国がこの構想をアフガニスタンに延伸する計画が伝えられるものの、債務に結びつく投融資のあり方や資金のみならず資機材や廉価な電気製品、農産品等の輸入増大、そして労働力までも中国が派遣してくる進め方に、独立以来親中国を続けてきたパキスタンでも批判が起こっている。一帯一路構想を進めるに際して、相手国が発展途上国の場合には、中国が負担能力に応じた投融資や自立的発展を阻害しない進め方が問われている好例といえよう。

“債務の罠”に陥っているのではとの懸念が大きくなっているのは、インド洋に浮かぶスリランカである。2014年まで続いた前ラジャパクサ政権は中国から多額の港湾、空港、道路等のインフラ建設融資を受け、政権交代で15年以降のシリセナ現政権はその見直しを行ってきたが、約半分が外貨の政府債務の増大に直面している。IMFによると、政府債務は18年にGDP比77%の11兆ルピーに上ると見られており、債務返済額は歳入総額に肩を並べる規模に膨らんでいる。債務返済に充てるために4月には25億ドルのソブリン債を発行したが、国有資産の売却も行われようとしている。例えば、2017年末には南部のハンバントタ港の99年リース権を中国企業に売却した。また、同港近くに建設したマッタラ・ラジャパクサ国際空港建設では2億900億ドルと見られる建設費のうち1億9,000万ドルが中国輸出入銀行の融資で、その返済に空港株式の売却が検討されている。インドも株式取得に動いているが、デット・エクイテイ・スワップ方式で債権者の中国企業が有力と見られている(注3)。また、最近のAFP報道によると、首都コロンボとヒルサイドの古都レゾート地キャンディ間の高速道建設に中国輸出入銀行が10億ドルを融資する計画が中国政府に認められたと伝えられる(注4)。

3.国際規準を遵守する投融資を

中国の一帯一路構想は、インフラ建設のぼう大な需要で参加すれば大きな商機をもたらす期待から(注5)、国際的に存在感が増している。東アジアや欧州の主要国、ロシア等が参加、協力の姿勢を示し、構想の問題点から消極的なスタンスを続ける主要国は、先進国では米国や日本、豪州、発展途上国ではインド等少数である。インドは、一帯一路構想に一定の理解を認めつつも、前述のCPECやネパール、スリランカ、モリディブ等近隣諸国において中国の進める一帯一路構想には批判的である。

最近における連邦国会の質疑から政府見解を見ると、インド政府は一帯一路構想についてインフラの向上と経済建設に加えて戦略的安全保障上の観点から注視をしており、具体的には国際的に認められた規準(norms)、グッド・ガバナンス、法の支配、公開性、透明性、平等(equality)に基づき、主権(sovereignty)と領土(territorial integrity)を尊重する方法で行われる必要があるとしている。そして、インドの安全保障を脅かす事態を常にウォッチし安全保障を確保するすべての必要な措置を講じるとしている。近隣諸国とは、陸上で国境を接している隣国に加え自国の国土があるインド洋の隣国で、インド洋の島嶼国には古代の帆船時代から交易を通じてインド人が居住して来た関係がある。

インドのこのスタンスは、1947年の独立以来一貫して堅持して来た主権在民の民主主義や法治主義に準拠し、自国も参加し恩恵を受けて来た第2次大戦後のGATT/WTOやIMF、世界銀行等の多国間ルールや知見を活かそうとしている。この国際的な規準やルールに適わない政策や外交には反対し、特に自国の安全保障を脅かす政策や措置には抵抗してきた。日本や欧米諸国、オーストラリア等も同じスタンスであり、一帯一路構想にも国際的な規準の順守や法の支配、透明性、安全保障等を求めている。また、発展途上国への開発協力の観点では、OECDの開発援助委員会や国連のUNDP等で培い発展させてきた途上国自らの発展、自立支援の原則を守ってきたといえよう(注6)。中国もこの4月海南島で主宰したアジア・フォーラムで習国家主席が述べた通り、一帯一路構想は各国が自ら社会制度や発展の道を選ぶのを尊重し、国際システムを覆したり勢力圏を築いたりしない方針である。しかし、具体的なプロジェクトの進捗を見ると“略奪経済”(ティ―ラーソン前米国務長官)や“debt trap diplomacy”と揶揄されている問題点が少なくなく、多くの相手国でも批判が起きている。小国の問題点は国際的にあまり伝えられないが、前記パキスタンでの動きや最近マレーシアで見られた政権交代の背景には一帯一路で中国寄りの政策運営が国民の批判を浴びたといわれる。中国の高速鉄道建設支援を受け入れたインドネシアでも、進捗状況の遅れから慎重な見方が出ている。このままでは中国は賢い貸し手ではなく、相手国の反発を招いて構想そのものの持続性が問われかねないであろう。

インドの国際規準に合った進め方のスタンスは、欧米や日本の方針にも見られる。英国のキャメロン前首相はG7では最初にAIIBに加盟したが、メイ首相になってやや慎重な姿勢がうかがわれ、同首相は国際規準を満たす必要性に言及している。フランスのオランド大統領は一帯一路構想を支持しているが、フランスや欧州規準の普及に触れている。中国の躍進に対抗する米国は自由でオープンなアジア太平洋戦略の中で、日本、豪州、インドとの連係による国際秩序の維持を図るとし、豪州のタ-ンブル政権は一帯一路構想が国際法に沿って透明ですべての国に利益をもたらすべきとし、日米印豪の4か国によるインフラ計画も視野に入れていると伝えられる。「自由で開かれた戦略」は2016年にケニアで開催された第6回TICAD(アフリカ開発会議)で日本が主張し、アジア太平洋地域だけでなくインド洋を含む地域での協力が共有されている。

4.頼みの米国トランプ政権への戸惑い

インドのモディ政権は経済改革を進める一方で、アクト・イースト政策で東アジアとの経済的連携を図るとともに対米関係の強化に力を入れて来た。この政策から、オバマ政権のアジア重視政策を評価し、続くトランプ政権に大きな期待を寄せて来た。モディ首相は中国の覇権に対して米国との協力は避けて通れず、トランプ大統領も中国に対抗する上でインド洋の盟主インドとの協力は重要であり、世界最大と最古の民主主義国として基本的には双方の思惑は一致している。しかし、トランプ政権の米国ファースト政策では、最近国際法や国際的な合意を無視する政策が相次いで打ち出され、法治や国際協調を重視するインドには戸惑いが見られる。

例えば、米国の通商法による一方的な制裁を伴う保護主義は、WTO違反の面が強く国際貿易の発展に貢献してきたGATT/WTO体制を骨抜きにしかねない。またイランの核合意離脱や米国大使館のテルアビブからエルサレム移転は、国際的な多角的協調や中東和平交渉と逆行する。地球温暖化防止対策の国際的枠組みである「パリ協定」からの離脱もインドには不満である。WTO体制での貿易の発展はインドに不可欠であるし、イランやイスラエルと関係強化に努めて来たモディ政権には影響や打撃が大きい(注7)。

米国あるいはトランプ政権との関係は中国と対抗する上で頼りにし極めて重要であるが、米国の存在感あるいは影響力の低下とともに中国のそれは逆に高まっており、インドの安全保障を脅かしている。インドでは米国は信頼できるパートナーかと疑問視するマスコミ論調もあり、頼みのトランプ政権の政策展開には戸惑っているようだ。

ここへ来てモディ首相が習国家主席の招きで訪中して非公式会談を行い、近くロシアのプーチン大統領との非公式会談が予定される背景には、この戸惑いが影響しているようである。6月の北朝鮮との歴史的なトップ会談の成果次第の面もあるが、最近の国際関係ではパックス・アメリカーナの終焉と見る識者もいて、来年の春総選挙を迎えるモディ政権は国際政治の流動化が予想される中で外交政策の見直しを模索しているかに見える(注8)。

おわりに

長らく緊張が続いた日中関係は、最近の李克強中国首相の訪日を機に、懸案は残っているが「長期的かつ安定的な発展」に軸足を移したといわれる。一帯一路構想については、中国が日本の後押しを期待し日本側は国際規準に則って個別判断で協力するとして、今後官民の合同委員会で検討する運びとされる。構想は壮大で発展が期待されるものの、現行の進め方について最近各地で警戒感が拡大している経緯から、日本の協力姿勢は今後大きな後押しにつながるであろう。

日本は、拒否するだけでなく参加し関与しながら構想が国際規準に適い法の支配や透明性の高いものにして行く協力が求められている。本フラッシュ(その1)で紹介したように、上海社会科学院の研究者が日本の第二次大戦後の賠償から始まる東南アジア政策が参考になるといった見方が中国国内に出てきており、現行の構想の問題点指摘と是正策の検討に向けた協力は大いに意義があろう。日本は米国や欧州だけでなくインドとの関係が緊密であり、中国も重視するインドと一帯一路構想の問題点を共有して是正策の協力に活かせるのではないかと考えられる。(5月22日記)

(注1)JETRO世界貿易投資白書2017年版パキスタン編

(注2)Pakistan rejects China’s demand to use its currency in Gwadar Free Zone 2017年11月21日 The Indian Express

(注3)「スリランカ 債務の代償」 2018年5月2日 日本経済新聞

(注4) China approves $1 billion loan for Sri Lanka expressway  2018年5月19日 AFP

(注5)シルク・ロードに沿って建設される中国から中央アジアを経由し西欧までの鉄道による貨物輸送は、海のシルク・ロードの海上輸送に比して時間は3分の1、コストは5分の1に圧縮できるとされ、大きな経済効果とビジネス・チャンスの物流革命が期待される。

(注6)1992年に制定され2003年に改訂された日本のODA大綱は、OECDの開発援助委員会の規準に則ってまとめられた。例えば、ODA供与は発展途上国の自立発展を支援する原則が貫かれ、供与案件は被供与国が自ら発議して要請し、かつ供与額の一部の負担を自助努力として課し(ローカル・ポーション)、供与額は金利や返済期間が市場金融に比して優遇され、供与国からの資機材輸入や労働力派遣の紐付きを厳しく禁じていた。2015年に策定された開発協力大綱でもこの原則がうたわれるとともに、民主化や法制度の整備、安全保障等より広い概念が加わった。

(注7)How India could be affected by Trump’s decision to pull out of the Iran deal 2018年5月6日 India Today

(注8)Careful re-balancing act at a time variance with the US on several international issues like Iran, Palestine and trade issues  2018年5月14日 NDTV

フラッシュ一覧に戻る