一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2018/05/28 No.373ブラジル混迷深める10月大統領選、極右候補への有力対抗馬擁立できるか

堀坂浩太郎
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
上智大学 名誉教授

ブラジルのテメル政権は、さる5月15日で発足2年が経過した。2014年の大統領選挙で選出されたルセフ大統領が、財政責任法に反した予算執行の瑕疵を問われ弾劾裁判の被告となったのに伴い16年5月に副大統領から昇格、さらに同年8月末のルセフ大統領の有罪・解任の結審で正大統領のポストに就いた。副大統領としてルセフ前大統領とペアを組んでいたとはいえ、就任と同時に政権を中道左派から中道右派へと軌道修正し、内外を問わず経済界からは総じて好評を得ている。それにもかかわらず国民の支持率は超低迷、10月に予定されている大統領選挙で政策路線を託す後継者が見当たらない状況にある。軍人出身の極右候補が高支持率を維持する中で、有力対抗馬を擁立できるか、ブラジルの選挙見通しは混迷の度を深めている。

10月選挙は4年に1度、同日(今年は7日)で実施される。正副大統領のほか連邦の上院(3分の2改選)・下院議員、州知事、州議会議員合わせて1,600余りのポストを選出する、同国の政治の行方を決める文字通りの総選挙である。政府首班については、有権者の過半数支持が選出要件のため、大統領および州知事の多くが同月最終日曜日(28日)の決選投票となる公算が高い。

総選挙であるから、当然、現役の実績が問われることになるが、5月中旬に実施された全国世論調査(実施機関CNT/MDA)によると、現政権の支持率は4%台の低迷状態が続いており、不支持率は70%台に達する。回答者各々の向こう半年間の収入見通しについては、21%が増加と答え、縮小の17%を上回ったものの、治安、教育、保健・衛生、雇用いずれにおいても評価は厳しく、生活実感が反映された結果といえる。ちなみに、自分が住む州の知事に対する評価の平均も、支持率20%に対し不支持率は41%と高いものの、大統領への評価はこれよりはるかに手厳しいものとなっている。

ブラジル経済は、2015、16年の2年続きのマイナス成長(各-3.5、-3. 6%)を脱し、昨年は1.0%のプラスに転じた。この勢いを受け、政府は今年の目標を年初には3%と見込んでいたが、5月に入ると2.5%へと下方修正に追い込まれた。物価は年率3%を切り、インフレで悪名高い同国としては空前の低水準(4月年率2.8%)にあるが、失業率が13%(第1四半期)と一向に下がる気配がみられない。中でも18歳から24歳までの若者の失業率が28%と高いことも心理的には重荷になっている。加えて隣国のアルゼンチンほど深刻ではないものの、米金利上昇による通貨レアル安の不安がつきまとう。

しかし何よりも、選挙ムード入りで、テメル政権の腰が定まらないことの影響が大である。年初までは、国民の人気こそ低位であったものの、テメル政権の実行力が光る局面が少なからず見られた。ルセフ前大統領糾弾の要因となった財政の“出血”に憲法修正で歯止めをかけ(16年末)、長年国際競争力の足枷となってきた労働法典を改正(17年年央)、企業献金に頼らないための選挙基金の創設(同10月)を敢行した。空港や電力配電網などの民営化や民間資金導入のための大陸棚油田開発方式の弾力化などでも一定の成果を出してきた。

こうした改革の流れに堰となったのが「選挙の季節」入りである。選挙に向けた利益誘導を防ぐため、大臣等の要職にある者が立候補を意図する場合、投票日の六か月前までに辞任することが定められている。四月第1週の週末がその期限であった。閣僚の多くが入れ替わり、中でも経済政策の中枢を担ってきたメイレレス財務相が辞任したことで、現政権下で次の最優先懸案事項とされてきた年金改革や電力公社(エレトロブラス)の民営化が事実上お蔵入りとなった。

テメル政権のレームダック化を象徴しているのが、5月21日から週日5日間に及んだトラック運送業者・自営トラック運転手による全国一斉の抗議行動への対応であった。ディーゼル油の値上げに反発して主要国道の封鎖に至ったもので、封鎖個所はアマゾン地域を除く24州と連邦区(ブラジリア)合わせて最大900か所に及んだ。日本の23倍の国土を有し、かつ鉄道が整備されていないブラジルである。生鮮食料品の不足から始まり、自動車など製造業のサプライチェーンの混乱、外貨の稼ぎ手である農畜産物の搬出、ガソリンスタンドや航空機燃料の給油まで、物流ストップの支障は測り知れないものがあった。

政府の対応が後手後手に回った結果、ディーゼル油価の10%引き下げと30日間の値上げ凍結、税金の一部免除、輸送料金の改定、空トラックの通行料免除などの対策を講じるハメとなった。中でも価格引き下げと凍結は、国際原油価格にスライドさせる形で値決めする、テメル政権下で実現した市場経済に逆行し、財政赤字の遠因にもなったルセフ政権下の統制価格に復帰させる恐れはないのか、エコノミストの間で懸念が生じている。

選挙に向けての今後の日程だが、7月20日から8月5日までの2週間に各党は党大会を開催して立候補者を確定し、選挙管理に当たる選挙裁判所に登録する(期限は8月15日)。翌16日から選挙運動が開始され、31日にはラジオ、テレビによる無料政権放送が始まり、選挙一色となる。

従来の選挙では、党大会開催期まで2か月を切る本稿発信の時点では、すでに有力候補が出そろっているはずである。しかし今回ばかりは様相が異なる。昨年来、大統領選予想の世論調査でトップを走ってきたルーラ元大統領(労働者党PT)は、4年前から始まった汚職捜査(捜査名「ラバジャット」)の絡みで、本年1月開廷の第二審判決で12年1月の刑期を言い渡され収監された。それでも鉄格子の向こうから立候補の意欲を顕示してはいるものの、司法の動静からみても無理との見方が大勢だ。

ルーラ元大統領を外した世論調査で独走するのはジャイル・ボルソナーロ下院議員(自由社会党PSL)で、CNT/MDAの5月調査では18.3%の得票予想だ。退役陸軍大尉で軍政時代(1964年~85年)を評価し、トランプ大統領に追随して駐イスラメル大使館をエルサレムに移転させるなどと発言、マスメディアの注目を集める。

これに続くのが11.2%のマリナ・シルバ元環境相(女性、持続可能性ネットワークREDE)、9.0%のシロ・ゴメス元国家統合相(民主労働党PDT)だ。経済界の支持が厚いとされるジェラルド・アルキミン前サンパウロ州知事(ブラジル社会民主党PSDB)は5.3%と四位に甘んじており、大統領選出馬を念頭に閣僚を辞任し、与党ブラジル民主運動(MDB)に加入したメイレレス前財務相の予想得票率は0.5%に留まる。テメル大統領立候補の可能性も取りざたされたが、経済回復のテンポが遅くなるにつれ遠のいている。

ボルソナーロ候補が7日の第1回投票で選ばれるのはほぼ確実視されるが、ブラジル世論の最大の関心事は決選投票(28日)にもう一人誰が残り、かつ、その候補に反ボロソナーロで結集できるかどうかに絞られてきた。極右のボルソナーロ候補への忌避率(52.8%)が高いこと、ルーラ元大統領を外すとおよそ4割が誰に投票するか答えあぐねていること、国会議員・州知事・州議会議員選挙の行方とも絡み選挙裁判所に登録されている35党の合従連衡がどのように進むのか、そして政策路線の継承を誰に託せるのか――まずは7月20日から始まる党大会期に向け目が離せない。

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