フラッシュ442
2019年11月14日
 

ボルソナーロ政権1年のブラジル、経済の底固め進む――政治スタイルに変化も

 
堀坂 浩太郎
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
上智大学 名誉教授

 

昨年10月末、ブラジル第38代大統領に軍人(陸軍大尉)の前歴をもつジャイル・ボルソナーロ(当時63歳)が選出されて1年が経つ。その過激な発言やソーシャル・メディアを活用した情報発信もあって、国内外のメディアからは「ブラジルのトランプ」と称されたものである。本年1月1日の政権発足10か月余を経て浮かび上がってくるのは、米トランプ大統領ばりの直情径行的な言動傾向は残るものの、①経済面では、最大の懸案事項「年金改革」にメドをつけ、労働者党(PT)政権時代の社会重視の政策路線から市場重視へと転換の底固めが進み、②政治面では、有力政治家を抱き込む従来の利益誘導(ポーク・バレル)型から議会の議論熟成を待つ制度重視の形に変わってきている点である。政権評価のカギと目されるのが、経済の回復度合いと、1年後の10月に予定される中間選挙(基礎自治体ムニシピオ5570の長および同議員選挙)を巡る来年半ばからの選挙戦の動向にある。

この10か月、各種世論調査に共通してみられるのは、かなりくっきりとした形でブラジルは「3つのブラジル」に分かれている点にある。すなわち右派のボルソナーロ政権を前向きに評価する層(非常に良い+良い)と、反対する層(非常に悪い+悪い)、それに普通の3層である。政権発足直後の1月の調査(調査機関XP/Ipespe)ではそれぞれ40%、20%、29%(残りは未選択)であったのが、4月には35%、26%、32%、そして10月には33%、38%、27%といった具合である。

国民の3分の1は、確信的なボルソナーロ派であるものの、3分の1はボルソナーロに反発する勢力で、この中には、連邦地裁の判断で11月8日拘留が解かれたが、汚職疑惑で獄中にありながらも所得の低い層および北東部を中心に人気が根強い元大統領ルーラ(在任2003年-10年)をはじめとする労働者党支持層がいる。こうした構造の中で2022年末までの政権1期の最終評価を決めるのは、「普通」と答えた層の動静とみられ、同層がどちらに振れるかにより、憲法で2期までと定められている再選有無の見通しが鮮明になってこよう。

そのポイントを握るのが経済の動静だ。同国経済は、15年半続いた労働者党政権末期の2015年、16年と歴史上最悪といわれた2年連続のマイナス成長となった。景況悪化に加え財政不正操作の責任を問われて同党二代目の大統領・ルセフ(2011年-16年8月)が弾劾裁判で失墜し、その後、副大統領から昇格・就任したテメル大統領(暫定4か月を含め16年5月-18年末)も、政策路線を市場重視の中道右派に軌道修正したものの年率1%と本格浮揚させるには至らなかった。さらにより右寄りとなったボルソナーロ政権誕生で、市場には、今年こそ景気回復するのではとの期待感が高まったが、本年も、今のところ1%未満の低成長に甘んじざるを得ない状況にある。

米中摩擦がプラスに働き穀物を中心とする一次産品主体の対中輸出には好材料があるものの、需要全般は伸び悩み、産業界が設備投資に踏み切るまでには至っていない。インフラ部門の業界団体(ABDIB)の推計によると、運輸・エネルギー・通信・公衆衛生4部門の今年の投資は、GDP(国内総生産)対比1.86%に留まり、必要とされるレベルの同4.31%を大きく下回っている。

景気の面ではかんばしくなかったこの10か月だが、経済自由主義に立つシカゴ学派のエコノミスト、パウロ・ゲデス経済相のもとで構造改革を粛々と進めてきたようにうかがえる。政権発足時に、財務、企画開発、商工サービスの三省を経済省に一本化し、赤字財政縮小に向け強力な布陣を引いた。同相のもとで、空港・鉄道・港湾のコンセッションや国営石油会社ペトロブラスの子会社の民営化から始め、輸入税の引き下げ、小規模企業の事業手続き簡素化、土曜・休日労働の自由化、社会保険や退職基金の取り崩し弾力化と多方面で制度変更を重ねてきている。深海油田(プレソルト)を含め油田・ガス田の国際入札も3度に及び、国庫が手にした金額は計839億レアル(22兆円余り)に達した。

こうした比較的手をつけやすい政策に着手する傍ら、政権発足早々の2月には、年金改革案の提出に踏み切った。年金支出はブラジル最大の財政赤字要因で、労働者党政権来の積年の財政課題であった。しかも変更に当たっては、民主化(1985年)後制定された88年憲法がうたう関連条項多数の改定を必要とする難題であったが、8月上旬に下院を通過、10月22日には76%の賛同(賛成60票、反対19票)を得て上院が可決、成立した。支給年齢の段階的な引き上げ(男性65歳、女性62歳)など広範な変更によって、政府試算によれば10年間で8,000億レアルの歳出削減効果が見込まれている。

対外経済面では、同国とアルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの4か国で結成するメルコスール(南米南部共同市場)創設4か国が、EU(欧州連合)との間で締結した自由貿易協定(正式名称は「戦略的連合協定」)が挙げられる。6月末のG20大阪サミット(20か国・地域首脳会議)開催時に合わせたように基本合意の発表に至ったもので、経済相直属に設けられた通商担当特別次官の下で、左派加盟国のベネズエラ、ボリビアを外す形で20年来の交渉に決着をつけた(注1)。その後、10月末に隣国のアルゼンチンで左派政権が選出される(就任は12月10日)など、施行までにはなお紆余曲折が予想されるが、OECD(経済協力開発機構)への加盟表明などと合わせて、国際協調路線への変更を示唆するものとなっている。

経済指標もゲデス経済相には追い風だ。ブラジルは長年高インフレ・高金利の国として知られてきたが、10月のインフレ率は年率にして2.5%、インフレ目標の4.25%±1.5%を下回った。金利も、同月開催の通貨審議会(COPOM)が政策金利(SELIC)を0.5ポイント切り下げ年率5%(年初は6.5%)とし、1996年の同指標採用以来最低の水準にある。昨年の終値8万7887ポイントであったサンパウロ証券市場の株価指数IBOVESPAは、6月に史上初めて10万ポイントを突破し、11月に入ると10万9,000ポイント台をつけている。

経済相は今月(11月)に入ると、財政破綻状態に見舞われている州やムニシピオ(サイズの上では市町村に当たる基礎自治体5570のムニシピオ)の緊急支援策として資金投入の一方で、公務員給与や人数、義務的経費・ひも付き経費の削減、団体への補助金支出の取りやめ、使途が厳格に規定されている教育・保健予算の統一運用、人口5000人未満の小ムニシピオの統廃合などからなる行政改革案を提案し、国会に提出した。いずれも地方には根強い抵抗勢力があるが、年金改革成立の余勢を駆って一気に行政改革を進め、さらにその後に控えている税制改革へ道筋をつけたい意向だ。

問題は、こうした施策を可能とする政治環境にあるかどうかだ。その判断は、従来のブラジルでは、カリスマ的とも言える大統領の強いリーダーシップと、与党連合とも呼ばれた議会の連立工作にかかっていた。しかしながら大統領からは、時に、米トランプ大統領ばりの乱暴な発言が口をついて出てくる始末で、国会および州議会の要職にある息子3人も野党を逆なでする発言が多く、訂正・火消しに追われる場面がしばしばだ。しかも与党「社会自由党」(PSL)は国会議員50人程度の少数政党で内部抗争も残り、大連立を組めるようなパワーは明らかに欠ける。

年金改革成立の過程を追ってみると、むしろ本来の議会制度が機能したようにうかがえる。すなわち、政府案をまず連邦下院において憲法司法制度委員会および2度の読会(本会議)で審議・採決を経たうえ、上院で同様のプロセスを経て成立に漕ぎつけおり、下院の審議日数は168日、下院は同77日を要している。それぞれの場面で条項の削減・加筆が加えられ、その結果、歳出削減効果は政府案の1兆2,370億レアルから8,000億レアルに縮小されたが、この審議の過程でマスメディアの注目をもっぱら集めたのは、上下両院議長の采配であった

ボルソナーロ大統領を誕生させた昨年10月の選挙は、上院議員(81議席)の3分の2改選、下院議員(513議席)の全面改選および州知事・州議会議員を選ぶ、文字通りの総選挙であった。その結果、下院の52%、上院の87%が各院初の当選者であった。大物のベテラン議員が相次ぎ落選し、社会民主党、民主運動党、労働者党、民主党といった中核政党が地盤沈下した。その結果、下院で30党と多党化が一段と進んだが、政治に新しい風が吹き込んできたのも確かだ。

事件発生の経緯から「ラバジャット」(高速洗車)の異名がつけられた2014年2月発覚以来の、同国最大の汚職捜査を契機に、検察を含め司法全体が力をつけてきた点も無視できない。8年10か月の刑期で、18年4月7日以来二審判決段階で拘留されてきたルーラ元大統領が580日を経て釈放されたのも、司法の独立性が担保されている証ともみることもできる。再選を狙うボルソナーロ大統領にとっては宿敵といえる存在だからだ。最高裁11人の判事による司法判断で、16年以降認められてきた二審結審段階で認められてきた拘留が不可とされたことによる釈放で、中間選挙を控え選挙戦に大きな一石が投じられた格好である。

大統領、上下両院議長、最高裁長官の四人はいずれも、ブラジルでは、「プレジデント」の尊称で呼ばれる。行政・立法・司法三権間の複雑な駆け引きがみられ、「ブラジルのトランプ」といった安易な性格づけで判断していると、動静を見誤る恐れが出てきている(注2)。

注1)『ラテンアメリカ時報』2019年秋号掲載の筆者執筆「ブラジル、国益優先だが伝統的なプラグマティズム外交の側面も」を参照)。
注2)今世紀20年間のブラジル政治経済の激変ぶりについては、堀坂浩太郎・子安昭子・竹下幸治郎著『現代ブラジル論-危機の実相と対応力』上智大学出版、2019年を参照