一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2003/07/25 No.47原発なき先進国イタリアの悩み

長手喜典
(財)国際貿易投資研究所 欧州研究会委員
元北海学園北見大学 教授

  去る6月末から7月初めにかけて、イタリアの主要誌紙には、”Blackout”という英字が踊ったが、かつて(1977年7月)のニューヨークの大停電を思わせるタイトルに目をひかれた。

  実際には、ローマで一時間とか一時間半程度の停電、ボローニャあたりでは皆無、ミラノでもそう大きな被害は伝えられていない。しかし、なかには、冷凍庫のものがとけだしたり、エレベーターに閉じこめられて、大騒ぎした市民も出た。これは、普通の年ならまだ電力に余裕のある6月に、イタリア半島が何百年ぶりとも言われる猛暑に襲われたため、電力需要が急増し、最大供給能力 5万5,250メガワットの限界まで需要が近づいたためである。

  イタリアでは、国民投票の結果、1988年末をもって原発は中止されており、その後、15年近く慢性的な電力不足を抱えながら、フランス、スイス、スロベニアなどアルプスの向こうの隣国からの輸入で、かろうじて電力需要をまかなってきた。

表1 イタリアのエネルギー源公称発電能力(Mw)国産供給能力

公称発電能力(Mw)国産供給能力(Mw)
水力 20,43913,450
火力 55,10034,750
地熱 665550
風力 746200
合計76,95048,950
最大供給能力55,250 Mw
国産供給能力48,950 Mw
最大輸入量 6,300 Mw
最大需要電力
(2002.12.2現在)
52,950 Mw
限界供給可能量2,660 Mw
(出所:2003年6月28日 La Repubblica)  

イタリアは原発先進国フランスが主要輸入相手国で、同国に輸出余力がない場合は致命的事態となる。今回も予定されていたフランスからの買電800メ ガワットをカットされたのが、直接的原因と言われる。

  もちろん、この辺の危機的意識がイタリアにないわけではない。主要紙の論調なども、イタリア半島は電力マーケットという観点からすると、EU市場から切り離されており、安全保障上はまさに孤島並と警鐘を鳴らしている。欧州も大陸諸国は火力か水力か地熱か風力か、さらには原子力かと各国の自由な選択に任せているが、イタリアには原子力という選択肢がない(表2参照)。せいぜい議論されているのは、イタリア南部に大規模な火力発電所を建設するという、まだ具体化されていない計画があるだけだ。

表2 種類別電力生産と電力消費(%)

(出所:2003年7月10日 Le’spresso)

  もう一つの問題は、イタリアの発電所は稼働停止状態のところが多い点である。最近のL’espresso誌によると、発電能力のうち30%は休止しているし、本格稼働は16ステーション中、わずか3ステーションとみられている。また、ほとんどの施設がコスト高に陥っており、発電コストが優良と目されるのは、ポルト・トッレ(サルジニア島)とブリンディジ(南伊プーリア州)だけと指摘している。

  ENEL(イタリア電力公社)のパオロ・スカトローニ社長は、12カ月以内に、1,200メガワットを再稼働し、また、2年以内に1,600メガワットを 追加できると明言、さらに、2004年中には、新たに5,000メガワットの供給を約束しているが、需要側は従来の実績から、それをそのままには受け取っていない。

  そして、常にイタリア電力業界に潜在しているのは、原子力発電回帰へのノスタルジーである。保守系の現ベルルスコーニ政権と、かつて、「オリーブの木」を率いた現EU委員長プローディとの間の原子力に対する考え方は、明らかに相違している。原発の是非を蒸し返すことは、あたかもわが国の憲法9条をめぐる与野党の対立のように、聖域を前にして足踏みしているようにも見える。いずれにせよ、冷夏と原発再開のニュースで、電力不足がやや遠のいた感のあるわが国ではあるが、先進国の中で東の日本と西のイタリアは、電力不足を抱える、まさに、列島と半島の2国であろう。

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