フラッシュ473
2020年9月8日
 

新型コロナウイルス感染症:「パンデミック」宣言と欧州危機(その6)
-EU復興基金創設、未曽有のコロナ危機に、ドイツが慎重姿勢を転換-

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

英離脱後の財政負担を巡り、仏独が対立

「英国がEUを離脱すれば、EU27か国は結束できる」、「EUは結束力を示さなければならない」。27か国首脳たちは2月21日、英離脱後初の欧州理事会(EU首脳会議)にこのような思いで臨んだに違いない。

首脳会議の最大の目的は、2021~2027年の7年間のEU次期中期予算(多年度財政枠組み:MFF)について、ドイツに次ぐ資金拠出国であった英国のEU離脱で生じた750億ユーロの財源不足をどう穴埋めするかで合意することであった。

シャルル・ミシェル欧州理事会常任議長が提示した各国の拠出額を国民総所得(GNI)比1.074%とする独自案を巡って議論が紛糾し、合意できなかった。決裂した最大の理由は、予算規模を抑制し、GNI比1.0%の負担に留めたいドイツやオランダ、オーストリア、デンマーク、スウェーデンのいわゆる「倹約4か国」(財政規律派)と、予算規模の縮小に強く反対するフランスやイタリアを含む東・南欧が最後まで歩み寄れなかったためであった。

2日間の会合後の記者会見で、エマニュエル・マクロン仏大統領は「英国がいなくなっても、われわれは合意できなかった」と苛立ちをあらわにした。また、アンゲラ・メルケル独首相も「合意するには意見の違いが大き過ぎた」と失望を隠さなかった。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長は、欧州議会で「早期の予算の合意ができなければ、われわれは2021年に、気候変動対策への支出を行うことも、研究開発への支援もできなくなる」と警鐘を鳴らしていた(注1)。

決裂をより深刻にしていたのは、仏独枢軸の揺らぎであった。蜜月といわれたマクロン氏とメルケル氏の関係が昨秋来急速に冷え込みつつあった。両氏のギクシャクした関係が昨年11月、マクロン氏が「NATO(北大西洋条約機構)は脳死状態だ」と英エコノミスト誌の取材で発言し、メルケル氏が「私の見方は、(マクロン氏の)過激な発言とは違う」と強く反発したことで一気に表面化した(注2)。

もともと、二人の政治姿勢の違いもある。マクロン氏の姿勢は独断専行の色彩が濃い。これに対して、メルケル氏は合意形成を重視する政治家である。メルケル氏にすれば、「NATOは脳死状態だ」と公言したり、経済制裁下にあるロシアとの関係改善を突然言い出したり、アルバニアや北マケドニアのEU加盟交渉に待ったをかけるマクロン氏のあまりにも不規則で、突飛な言動が、欧州政治をかく乱し、結束や合意を難しくしているとみえる。

これに対して、マクロン氏は自ら提唱したEU改革案へのメルケル氏の反応の鈍さに不満を募らせていた。EU改革への取り組みに前のめりの姿勢を強めざるを得ないというのである(注3) 。

マクロン氏は2022年5月の大統領選挙で再選を目指すが、新型コロナ危機の初期対応の遅れで、フランス国民から厳しい批判にさらされて支持率が30%台前半と低迷している。さらに、6月末の統一地方選挙でもマクロン氏を支える与党「共和国前進」が敗北したため、マクロン氏の求心力低下が一層鮮明になった。

他方、メルケル氏は2021年秋に任期切れで引退が予定され、求心力がさらに低下すると見込まれていたが、新型コロナ危機対応が独国民に高く評価されて、政治的影響力が強まった(独シュピーゲル誌)。感染者死亡率をフランス、イタリア、スペインなど近隣国より低く抑えたことで、メルケル氏の支持率は70%台に達している(注4)。

「独仏が一致できなければ、欧州はまとまらない」。メルケル氏はマクロン氏と会談で独仏連携を確認した。一時的な独仏関係の揺らぎは、新型コロナ危機下にあるEUの結束が求められる中で、7月17日からのEU首脳会議が試金石になった。

独仏首脳、5,000億ユーロ復興基金を共同提案、危機克服を重視

当初「コロナ債」と呼ばれていたユーロ共通債発行を提案したのはジュゼッペ・コンテ伊首相である。コンテ氏は各国独自の財政出動が新型コロナ危機対応として限界があるとの認識を持っていた。EU首脳会議は3月26日、新型コロナウイルス感染症拡大が深刻であったイタリアやスペインなど9か国が共同で提案していたユーロ共通債発行や救済基金である欧州安定メカニズム(EMS)の活用について6時間近く協議したが、ドイツや倹約4か国が慎重な姿勢を最後まで崩さず合意できなかった。首脳会議では加盟国に柔軟な財政出動を認めるため、財政赤字をGDP比3%以内に抑えるなどのルールを一時停止することが決まったが、財政を巡る加盟国間の対立が根深いことを露呈した。

ユーロ圏財務相会合は4月9日、EMSのなどを活用した総額5,400億ユーロ規模の雇用維持などの支援策で合意、医療分野などで各国はGDPの2%に相当する額(最大2,400億ユーロ)のEMSの融資枠を活用できることになり、かろうじて結束を示した形である。ただ、焦点の一つであったユーロ共通債の発行では合意できず、先送りされた。

ユーロ共通債はユーロ導入国が共同で資金調達し、新型コロナウイルス感染症拡大で甚大な影響を受けたイタリアやスペインなど南欧諸国の経済再建に使う復興基金構想である。財政的に豊かで信用力のあるドイツや倹約4か国は、これが財政放漫派の南欧諸国の借金を事実上肩代わりすることになると、とても警戒する。共通債の発行を認めれば、財政規律が一段と緩むとの見方が根強い。

テレビ会議形式で開催されたEU首脳会議は4月23日、新型コロナウイルス感染症が収束した後の経済復興対策に充てる「復興基金」を設けることで大筋合意したが、財源や規模などの結論は先送り、5月中に欧州委員会に対して、次期中期予算とリンクした具体的内容を提案するよう要請した(注5)。

独仏首脳が5月18日、5,000億ユーロ規模の基金を立ち上げる計画を共同提案した。欧州委員会が債券市場で資金を調達し、各国に配分するという新しい枠組みである。メルケル氏は当初、各国が債務を共有してイタリアなどへ補助金を付与する案に反対していただけに、大きく譲歩したことになる。独フランクフルター・アルゲマイネ紙は「メルケル氏の180度ターン」と報じた。マクロン氏も譲歩している。同氏は当初、1兆ユーロ超規模の基金創設を求めていたが、メルケル氏にとっては受け入れがたいものであった。

未曽有のコロナ危機を克服するために、欧州の結束を取り戻さなければならない。メルケル氏は「欧州がこの危機を経て、より強く、一致団結していくためである」と強調した。マクロン氏も「ユーロ圏が団結し続けるために必要なものだ」「これは非常に深い変革で、EUと単一市場が一体性を持続するために必要なものだ」と述べた。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は「欧州がいかに経済的に大変な課題に直面しているか、課題の程度と規模を認識した上でのものだ」と強調、次回EU首脳会議で独仏共同提案をもとにEU案を提示すると述べた(注6)。

欧州委員会が7,500億ユーロ基金案、倹約4か国が反対

欧州委員会は5月27日、7,500億ユーロを金融市場で調達する復興基金案を発表した。独仏共同提案におおむね沿った内容になっている。調達資金は次期中期予算の中に「次世代EU(Next Generation EU)」と称される復興基金として組み込まれ、5,000億ユーロをイタリア、スペインなど甚大な感染被害国に対して、補助金として給付する。また、2,500億ユーロは返済義務を伴う融資に充てる。次期中期予算案1兆1,000億ユーロとあわせたEU予算規模は、1兆8,500億ユーロとなる。フォン・デア・ライエン委員長は経済復興とあわせて、気候変動対策やデジタル化などに配慮した改革への投資に重点配分すると強調した(注7)。

欧州委員会の基金案は新型コロナウイルス感染症対応に限った一時的な措置として「ユーロ共通債」との表現は使っていないが、大規模な共通債券の発行は初めてとなる。この計画が実現すれば「財政共通化への第一歩」になるかもしれないと評価する向きもある。

EU首脳会議は6月19日、欧州委員会の復興基金案について、資金の使い方を巡る対立を解消できず先送り、7月17 ~18日の首脳会議で合意を目指すこととなった。基金の全額を欧州委員会が債券市場から調達することでは異論は出なかったものの、返済を前提としない5,000億ユーロの補助金を巡って倹約4か国が強く反対した。オランダのマルク・ルッテ首相は、補助金が財政状態の良いドイツや倹約4か国が事実上、イタリアなどの財政放漫国に資金給付するかたちになり、さらなる資金貢献を求められる事態を懸念して、返済が必要な融資にすべきだと主張した。メルケル氏やマクロン氏の必死の説得にもかかわらず、倹約4か国の強硬な立場を変えることはできなかった。

フォン・デア・ライエン氏によると、首脳間の主要な対立点は、復興基金の規模、補助金と融資とのバランス、各国への配分方式、EUとしての新しい独自財源のあり方などである(注8)。

 

EU主要国の経済・財政指標(注)

 

経済成長率(%)

財政赤字(基準:
対GDP比3%以下)

公的債務残高(基準:対GDP比60%以下)

2020年

2021年

2020年

2021年

2020年

2021年

高債務国

イタリア

▲11.2

6.1

▲11.1

▲5.6

158.9

153.6

スペイン

▲10.9

7.1

▲10.1

▲6.7

115.6

113.7

フランス

▲10.6

7.6

▲9.9

▲4.0

116.5

111.9

ポルトガル

▲9.8

6.0

▲6.5

▲1.8

131.6

124.4

ギリシャ

▲9.0

6.0

▲6.4

▲2.1

196.4

182.6

低債務国

ドイツ

▲6.3

5.3

▲7.0

▲1.5

75.6

71.8

*オランダ

▲6.8

4.6

▲6.3

▲3.5

62.1

57.6

*スウェーデン

▲5.3

3.1

▲5.6

▲2.2

42.6

42.5

*オーストリア

▲7.1

5.6

▲6.1

▲1.9

78.8

75.8

*デンマーク

▲5.2

4.3

▲7.2

▲2.3

44.7

44.6

(注)経済成長率:欧州委員会2020年夏季予測値(7月)、財政赤字・公的債務2020年春季予測値(5月)、*印は「倹約4か国」を示す。

(出所)欧州委員会:春季経済予測、夏季経済予測

 

異例のマラソン会議、「合意見送り」回避、結束の試練に耐える

7月からEU議長国に就いたメルケル氏は、「復興基金で全ての国が譲歩する必要がある」として、7月17~18日のEU首脳会議で合意するよう訴えた。ミシェル欧州理事会常任議長も「非常に難しい交渉になるが、政治的努力によって合意することは可能だ」と述べた。

約5か月ぶりに27か国首脳が対面形式で会議に臨んだ。総額7,500億ユーロ規模の復興基金や、次期中期予算で合意できるかが焦点となった。首脳間の意見対立の溝が埋まらず、2日間の日程を再三延長し、延べ5日間という異例のマラソン会議となった。合意を急ぐミシェル氏は倹約4か国の主張を取り入れた妥協案を提示した。基金の規模を7,500億ユーロに維持しつつ、返済義務がない補助金を5,000億ユーロから3,900億ユーロまで大幅に減額する一方、融資資金を増額するというものである。これで「合意見送り」が回避された。EUが新型コロナ危機を前に亀裂を越え結束を示した意義は大きい。首脳会議後の記者会見で、ミシェル氏は「歴史的な合意は欧州が一つであるというシグナルだ」と強調した。

合意された復興基金「次世代EU」と次期中期予算計画をセットにした復興パッケージの概要は以下のとおりである(注9)。

  1. 復興基金規模は欧州委員会案と同額の7,500億ユーロを維持するが、返済不要の補助金が当初の5,000億ユーロから減額されて3,900億ユーロに、融資は当初の2,500億ユーロから3,600億ユーロに増額する。
  2. 基金の内訳は、加盟国が提示する2021~23年の復興回復計画によって、コロナ危機の影響が甚大な加盟国に優先的に給付される「復興・回復ファシリティー」(RRF)が当初の5,600億ユーロから6,725億ユーロに増額(補助金3,125億ユーロ、融資3,600億ユーロ)、基金の大部分(89.7%)を占める。補助金の70%が2021~22年、30%が2023年に供与される。
  3. 次期中期予算は当初の1兆1,000億ユーロから1兆743億ユーロに減額し、復興パッケージとの総額1兆8,243億ユーロの包括的な施策に合意する。
  4. デンマーク、ドイツ、オランダ、オーストリア、スウェーデンに対して、EU予算における分担金を払い戻す仕組み(リベート)を維持する。

多くの専門家は「ルビコン川を渡る」重大な動きだと評価する(注10)。EUは過去10年間、債務危機や難民危機で大きなダメージを被り続け、本年1月末英国がEU離脱したほか、新型コロナ危機への対応を巡ってEUの足並みが乱れた。「合意見送り」となれば、EUが統合懐疑派やナショナリスト、保護主義的勢力からの攻撃に一段と晒されるだろう。結束を維持し、統合の深化に協調して大きく踏み込む意思を示し得た政治的意義は大きい。他方、経済的効果は「限定的」との見方が出ている。復興基金の創設は来年1月以降となるうえ、イタリアやスペインなど加盟国が復興・回復計画を提出し、EU理事会の承認を受ける必要がある。そうすると、実際に資金を受け取れるのが来年半ば以降になるとみられるため、本年後半の景気回復への寄与は期待できないというものである(注11)。

いずれにしても、今回の合意でEU財政統合への道が開かれたわけではなく、あくまでも緊急措置だと考えるべきだが、コロナ危機で多くの加盟国の政治や経済社会が混迷に陥る中で、EUが統合の結束強化を示しえたことの意義を過小評価してはならない。

 

(注1)日本経済新聞(電子版)(2020/02/22),読売新聞(2020/02/23)
(注2)The Economist(2019/11/09)、Financial Times(電子版)(2019/11/08)
(注3)日本経済新聞(電子版)(2020/02/23)
(注4)AFP(2020/08/30)
(注5) ジェトロビジネス短信(EU)(2020/04/24)
(注6)BBC News(2020/05/19)、読売新聞(2020/05/19)(2020/05/20)、日本経済新聞(2020/05/20)
(注7) European Commission, Europe’s moment: Repair and prepare for the next generation(Press release,Brussels,27/05/2020)
(注8) ジェトロビジネス短信(EU)(2020/06/22)
(注9) European Council ,Special European Council 17-21 July2020-Conclusion(Press releases, Brussels, 21/07/2020)、ジェトロビジネス短信(EU)(2020/07/21)
(注10)もう 後戻りできないという覚悟で、重大な決断・行動することのたとえ。古代ローマ時代、ユリウス・カエサルが元老院令に違反して、大軍を率いてルビコン川を渡ってガリアからローマに侵入したという故事に基づく。
(注11) Reuters(2020/07/22)