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コラム

2013/05/15 No.10東アジアのFTAで関税率はどれくらい下がるか(1/5)〜TPPの関税削減メリットはRCEP、日中韓FTAを下回るか〜

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

東アジアのFTAが注目されているが、その関税削減の効果について、以下のように5つに分けてまとめた。興味のあるところからお読みいただければ幸いである。

目次

  1. なぜ東アジアのFTAの関税削減メリットを計算したか
  2. ACFTAの平均関税率は1~2%台
  3. AFTAの平均関税率は0.2%以下
  4. TPPの関税削減メリットは日中韓FTA、RCEPを下回るか
  5. 一様に高い輸送用機械・部品のACFTA税率

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1.なぜ東アジアのFTAの関税削減メリットを計算したか

AFTA(ASEAN自由貿易地域)は、1993年から先行加盟6カ国(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ)で関税削減を開始した。その後、CLMV( カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)が加わり、現在は10カ国に拡大している。これに、中国を加えるとACFTA(ASEAN中国FTA)になる。ACFTAは、2005年に発効しており、比較的新しいFTAである

ACFTAの11カ国のメンバーの中から、シンガポール、インドネシア(ジャカルタ)、タイ(バンコク)、中国(北京)の4カ国を選び、2012年9月半ばに起こった中国での反日デモの直前に訪問した。訪問中に、各国政府のFTA担当者や現地の民間エコノミストに会い、ACFTAの運用実態に関する調査結果を説明した。

同時に、ASEAN事務局やERIA(東アジア・ASEAN経済研究センター)、及び日系企業向けに報告会を開催し、意見交換を行った。ACFTAの運用実態については、国際貿易投資研究所が既に2011年度において実施した研究成果を基に解説した(注1)。

一連の報告会や面談の中で、シンガポールやインドネシア、タイの関係者が一様に示した関心は、中国において、ACFTAで削減を約束した関税率の適用が守られなかった品目数が多いことであった。例えば、ACFTA協定で中国は「冷凍した豚肉」の関税率を2011年には0%に削減すると約束したが、実際には実行していないケースがあった。

しかも、中国がACFTA協定税率を遵守しなかった品目の多くは農水産品であったことに興味があったようだ。中国は競争力を背景にASEANに農産物を輸出しており、予想とは違う結果であったからである。また、ASEANの政府関係者は、ACFTAの協定税率の実行が未達であった品目が少ないことに安堵していた。

一方、現地の政府関係者やエコノミストは、ACFTA協定税率の運用状況と比較して、「互恵関税率」の実行にはあまり関心を示さなかった。ACFTAでは、輸出国側が依然として高関税を課している品目については、輸入国はACFTA協定で約束した関税削減を免除され、その代わりに「互恵関税率」を適用することができる。

国という観点に立てば、互恵関税率のようにACFTA協定で認められているルールの運用状況よりも、ACFTA協定で約束した関税率の削減を遵守しているかどうかの方に関心が高いのは理解できるところである。

しかし、現地政府関係者が互恵関税率に全く関心がないわけではなく、ASEAN側が互恵関税率を適用するケースが多いのに比べ、中国が適用しない場合が多いことに興味を持ったようであった。つまり、中国は互恵関税率を用いず、当初に約束した関税削減を実行しているケースが多い。これは、ASEANから中国へ輸出する方が、互恵関税率の適用を免れる可能性が高いことを示している。

現地政府関係者と違い、日系企業はACFTA協定税率の運用結果よりも互恵関税率の適用に関して興味を示した。これは、実際のACFTAのルールに沿って貿易を実行するのは企業であり、規則の中身と運用状況がよくわかっていない互恵関税率に関心があるのは、ある意味では当然のことである。ちなみに、2012年において、タイが中国に対して適用した互恵関税率の品目数は224品目であり、ベトナムが中国に対して適用したのは446品目であった。

また、ACFTAのルールにおいて、日本企業の関心が高いのは、関税削減スケジュールや原産地規則、あるいは仲介貿易に関する条項である。仲介貿易は、ACFTAでも盛り込まれMovement Certificate(MC)と呼ばれている。これは、ASEAN域内のFTAであるAFTAではバック・ツー・バック(Back to Back)というものであり、商流・物流ともにシンガポールなどの第3国経由で行われる取引形態を指している。

ACFTAを利用して中国からタイに輸出する場合、製品がシンガポールの物流倉庫に保管されていて、タイ側の発注により発送されるとする。その際、原産地証明書も中国政府発行のオリジナルを基に、シンガポール政府が再発行することにより、タイでの特恵関税(ACFTA関税率)を受けられることになる。現地の日系企業は、実際に、香港を経由したASEANと中国との貿易取引において、Movement Certificate の実務的な問題に直面しているようだ。

日本企業のACFTAの活用は進みつつある。日本のあるメーカーは、ベトナムでは中低価格品を中国では中級品、タイでは高級品を製造している。この3カ国で、相互に部材や製品を融通しあいながら、最終的には北米、ヨーロッパ、日本に輸出している。

同社は、このタイ、ベトナム、中国の3工場間の取引においてFTAを活用している。タイ・ベトナムと中国との貿易ではACFTA、タイとベトナムとはAFTAを利用して関税を削減している。このメーカーの製品のACFTAでの関税は20%ということであった。ACFTAの利用で同社の関税は0%になるので、その節約効果は極めて大きい。同社は、この20%の関税削減効果のうち、10%を自社、残りの10%を顧客に還元しているとのことであった。FTAの活用により、タイ現地法人の利益率は8%も上昇したようである。

また、原料品を製造しているある日系メーカーもタイと中国との貿易でACFTAを活用している。このメーカーは現地企業と合弁で現地法人を立ち上げ、タイを輸出拠点としている。タイ法人の企業グループ間との貿易は50%に達しており、タイと中国との貿易においてはACFTAを活用している。FTAにより、関税の6%を節約できるため、大きな調達コストの削減をもたらしている。

通常は、原産地規則の手続きの煩雑さが、中小企業などがFTAを活用する上で、障害になっている。ところが、この原材料メーカーは家電メーカーと違い、調達する中間原料が限られているため、加盟国原産の付加価値を計算する工程がシンプルである。したがって、ローカルコンテンツの証明は比較的容易であるようだ。

また、タイにおける原産地証明の申請は英語では認められず、タイ語で行われなければならないようである。同社の場合は、タイ人の有能なスタッフが控えており、こうした申請手続きは現地スタッフに任せればよいとのことであった。

こうした日系企業のACFTAの利用状況を見てみると、いかにFTAにより関税率が削減されるのかという情報が重要であるかが理解できる。特に、大企業と違い中小企業の場合はそうであると考えられる。

そこで、ACFTAの11カ国から中国、インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナムの5カ国を選び、ACFTAを利用した場合の平均関税率を計算した。また、インドネシア、マレーシア、タイにおいては、AFTAを利用した時の平均関税率も算出し、ACFTAと比べてどちらの関税メリットが高いのかを求めている。さらに、平均関税率を全品目だけでなく、14の業種別と8つの代表的な品目別でも得ている。

東アジアでは、TPPや日中韓FTA、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)などの動きが活発化している。本稿では、ACFTAやAFTAの分析を基に、これらのFTAにおける関税メリットがどのくらいになるのかも探っている。

(注1)「平成23年度ASEAN中国FTA(ACFTA)の運用状況調査事業結果」、平成24年1月、国際貿易投資研究所、「平成24年度同報告書」、及び「ASEAN中国FTA(ACFTA)の運用実態に関する現地調査に係る調査研究報告書」、平成25年3月、国際貿易投資研究所、を参照してください。

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