ITIコラム

2013年11月6日

 

TPPの砂糖・乳製品の交渉から見えること
〜メキシコはなぜ米国に上限なしに砂糖を輸出できるのか〜

(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹 高橋俊樹

   
 

日本では、TPPの交渉に関連する記事が連日のように報道されている。これに対して、他のTPPメンバー国ではそれほど頻繁には報道されない。カナダのヤフーでTPPを検索してみると、トップにウイキペディアによるTPPの説明が掲載されているが、2番目にはTeachers’ Pension Planという学校の先生の年金に関する項目が登場するくらいだ。

カナダと比較すると、日本での取り扱いは過熱感を覚えるほどであるが、TPP交渉で話し合われている中身を詳細に把握することは難しい。その中で、米国のTPP関連情報が集まりやすい。米国議会調査局(注1)や民間研究所などがTPPに関するレポートを発表しているからだ。本稿は、米国が輸入規制を行っている砂糖と乳製品の動きに焦点を当てて、TPP交渉の論点と今後の視点をまとめた。

米国は砂糖の輸入を規制

TPP交渉における日本の最大の焦点は、農業分野の自由化である。コメや牛肉、砂糖、乳製品、小麦などの関税削減は、極めて国内の調整が困難な分野である。TPPは例外なき自由化を掲げているが、それを推し進める米国も国内に砂糖と乳製品という農業問題を抱えている。

では米国はどのようにして砂糖の輸入を規制しているのであろうか。答えは、WTO協定に基づく措置である「粗糖と精糖の関税割当」である。つまり、一定の輸入数量まで割当があり、その場合の関税は無税か低率であるが、それを超えると70〜90%の高率になる。このため、関税割当を上回る輸入は急に難しくなる。

米国の場合は、砂糖の生産は大雑把に見積もって、2013年度(2012年10月〜2013年9月)には800万トンであり、輸入は300万トンのようだ(注2)。この輸入の内、粗糖の関税割当は112万トンに及ぶ。

この関税割当には、WTO枠とFTA枠がある。ドミニカ共和国などは、この両方の枠を持っている。しかし、オーストラリアは、米豪FTAではFTA枠を獲得できず、WTO枠の約9万トンしか手に入れていない。米豪FTAでFTA枠を取れなかった代わりに、オーストラリアはTPPでFTA枠の獲得を目指している。しかしながら、これまでのところ、米国はオーストラリアとの再交渉の気配を見せていない。

オーストラリアがFTA枠の取得で苦戦しているのに対して、メキシコは1994年のNAFTA(北米自由貿易協定)の発効から14年の経過期間を経て、2008年から関税割当の上限が外れることになった。メキシコは関税割当枠が無くなったため、FTAを用いた無税による砂糖の対米輸出が全量において可能になった。2013年度には、米国のメキシコからの砂糖の輸入は、米国の関税割当枠の合計よりも多くなると見込まれている。

米国はオーストラリアとの交渉のテーブルにつくか

米国は例外なき自由化を標榜しているものの、砂糖については輸入規制を行っている。しかも、オーストラリアとのFTAでは関税割当枠を設けなかった。もしもTPPでも同様な動きを見せれば、米国以外のTPPのメンバー国から、他の分野において輸入の制限を設ける口実を与えることになる。

米国の砂糖関連産業は、TPPで砂糖の自由化を話し合ってもよいと考えている業界と絶対に交渉のテーブルに乗せてはいけないと主張する業界に分かれている。

米国の食品製造業界は、TPPでの砂糖の話し合いを望んでいる。その中でも、米国の菓子製造業は低価格の砂糖を確保するため、海外進出の結果、米国内の雇用流出を招いていると主張。同時に、米国の保護主義的な砂糖政策により、他のメンバー国からの新たな問題提起や対抗策を懸念している。

一方、砂糖の生産者や加工業者は、逆に砂糖の米国市場の自由化には反対である。彼らは一旦米国の砂糖市場を開放すれば、国内価格よりも低い輸入品により、国内生産者の利益が減少するのを恐れている。例えば、米国の砂糖農家が商品金融公社(CCC)から融資を受けているとき、市場開放により砂糖の国内市場価格が下落すれば、売上収入が減少し、それが融資の返済分を下回るかもしれない。

この下回った分などは、米農業法に基づき政府により補填されるが、農家の所得は大きく低下することは否めない。米国の砂糖生産者や加工業者は、こうした市場価格の低下による収益減の懸念から、TPPでの砂糖交渉に反対している。そして、米国の国内需要を満たすために新たな供給が必要な場合は、関税を下げて輸入を拡大するのではなく、関税割当枠を増やせばよいと主張する。

米国の中には、交渉を拒否するのではなく、少なくともこの関税割当枠の拡大でTPP交渉を乗り切ればよいと考える向きもある。今のところ、米国政府はオーストラリアとの砂糖の分野における交渉には何らの言質を与えていない。おそらく交渉の最後の段階まで交渉をするかどうかを明らかにしないと思われる。

TPPにおける砂糖交渉に関しては、将来的には米豪間だけの争点ではない可能性も残されている。タイはフィリピン、インドネシアを上回るASEAN における砂糖の主要な生産国である。TPPメンバーでありASEAN加盟国でもあるベトナムでは、タイなどのASEAN域内国からの輸入に対する粗糖の関税は2013年には5%まで低下しているが、ASEAN域外の米国に適用する関税は25%と高率である。

このように、AFTA(ASEAN自由貿易地域)では砂糖の域内関税の削減が進んでいるものの、ASEANと豪・NZとのFTA(AANZFTA)では、まだ自由化されていない国も見られる。例えば、ベトナムのニュージーランドなどからの輸入に対する粗糖の域内関税率は、AANZFTAに基づく関税割当の枠内では30%(MFN税率)、枠外では80%になる。2020年には枠内はゼロになるが、枠外は依然として50%の高率である。

TPP交渉は2013年内の妥結を目指して急ピッチの交渉を進めていることもあり、今のところタイはTPP交渉参加に対しては様子見の状況にある。そうした中で、もしもTPP交渉が予想外に長引き、タイがTPP交渉の妥結前に参加することになれば、TPPの砂糖交渉に関しては、米豪中心からタイなどのASEANを巻き込んだものに発展する可能性がないとはいえない。米国にとっては、懸案事項が増えることになり、できればこうした事態を避けたいところである。

圧倒的なニュージーランドの乳製品の競争力

ニュージーランドの酪農家は1万2千戸で、1戸当たりの乳牛数が370頭に達する。カナダの酪農家は1万3千戸で、乳牛数は1戸当たり69頭にすぎない。ちなみに、米国は6万5千戸で140頭である。

こうした規模の格差を背景に、世界の乳製品の輸出に占めるニュージーランドのシェアは高い。乳製品の世界輸出は、ピーターソン国際経済研究所の資料によれば(注3)、2011年には389億ドルであったが、ニュージーランドはその26%を占めた。米国は11%であり、オーストラリアは5%であった。

ニュージーランドの輸出競争力が高いのは、その規模の大きさからくるコスト競争力の高さだけではない。フォンテッラと呼ばれる協同組合の組織力も大きな強みとなっている。フォンテッラはニュージーランドの牛乳生産の90%以上を取り扱っているし、粉ミルクやプロテインなどの高付加価値の製品を重点的に展開している。また、米乳製品協同組合であるDairy Americaと組んで、米国でも主要なプレーヤーとして活動している。

一方、米国は中国に次ぐ世界第2位の乳製品の輸入国である。米国の輸入は2011年には27億ドルであった。日本とメキシコはともに18億ドルの乳製品の主要輸入国である。意外なことに、米国がTPPで乳製品市場を自由化しようとしているカナダの輸入規模は、6億ドルで、韓国やマレーシアの8億ドルに及ばない。

方針を変えた米国の乳製品関連団体

米国はニュージーランドのフォンテッラの強い影響力に注目し、公正な競争を発揮できないと主張する。もともと米国とニュージーランドでは乳製品の競争力に格差があるものの、フォンテッラのニュージーランドでの圧倒的な優位性を生かしたグローバル競争力の高さは、米国企業にとって脅威になる。

これに対して、ニュージーランド政府は、強い競争を妨げない政策が乳製品を含むニュージーランドの全産業で施行されているため、特に問題はないと反論している。さらには、ニュージーランドは米国に関税削減を含む市場アクセスの改善を要求している。例えば、米国の農業経営者が所有する乳製品協同組合が、反トラスト法の適用から免れていることを問題にしている。この米国の競争政策により、米国の乳製品分野が外国よりも有利になっていると考えられるからである。

その一方で、ニュージーランド政府は、薬価決定やソフトウエア特許について変更を検討しているようである。こうしたニュージーランドの動きは、いうまでもなく自国の他の分野における譲歩でもって、米国やカナダでの乳製品市場の開放を目指したものに他ならない。

また、米国の乳製品価格サポートプログラム(The Dairy Product Price Support Program)も乳製品市場を規制する政策の一つに挙げられている。米国の農業法は、将来の需要を満たす生産能力を維持するための乳製品の投入コストと乳製品価格との格差を補填するものである。これはカナダの供給管理政策と異なる制度であるが、国際価格と国内価格との格差を認めるという点では同じものとなる。

カナダは乳製品や家禽類(鶏、七面鳥など)の分野で供給管理制度を設けており、乳製品などの生産や価格をコントロールしている。当然のことながら、輸入も関税割当によって制限されることになる。割当を超える輸入分については、高関税の対象になり、チーズは245%、バターは298%の関税がかけられる。

米国の乳製品関係団体は、カナダのTPP交渉へ参加の表明に対して、当初から支持に回っている。これは、カナダをTPPに巻き込み、NAFTA( 北米自由貿易協定)ではなしえなかった乳製品市場の開放を実現しようとしているためである。

つまり、ニュージーランドは米国に、米国はカナダに対し様々な手法でもって乳製品の市場開放を求めている。米国は、当初はニュージーランドの要求に対して消極的であり、全米牛乳生産者連盟(NMPF)や米国乳製品輸出協会(USDEC)は、ニュージーランドからの乳製品の市場開放に関しては、交渉から除外することを求めていた。しかし、2012年の2月には、この米国の乳製品関連団体はニュージーランドとの市場開放に向けた交渉を検討する方針であることを表明している。

しかし、米国が自国の乳製品市場を開放する姿勢を見せることで、急成長する新興国の乳製品市場への輸出拡大の可能性は高まるとしても、カナダの乳製品市場を完全に開放することには必ずしも結びつかない。なぜならば、米国が乳製品の市場アクセスを改善する方向を打ち出したとしても、カナダはオーストラリアに対する米国の砂糖交渉の保護主義的な姿勢を指摘し、乳製品の市場開放に消極的な戦略を取るかもしれないからである。

カナダとしては、米国の乳製品や砂糖の市場開放の度合いをじっくりと見定めながら、対応を図るものと思われる。もしも、米国の市場開放が不十分であれば、カナダは供給管理制度の変更というよりも、それに見合った関税割当枠の拡大や関税率の緩和などを検討する可能性がある。

乳製品の交渉は、砂糖と同様にセンシティブであることから、最後まで結論を持ち越すことになりそうである。こうした中で、日本がカナダと乳製品問題で共闘するかしないかは、ニュージーランドと米国、およびカナダ間の乳製品交渉に影響を与えることになる。

メキシコに対する砂糖の割当枠撤廃の意味

NAFTAで設けられた米国の砂糖の関税割当において、メキシコの上限は14年の経過期間後に撤廃された。このため、メキシコから米国への砂糖輸出は大きく拡大している。しかし、TPPが発効したならば、NAFTAの関税割当枠の撤廃における影響は、単純にメキシコから米国への2国間の輸出増にとどまらない。

TPPが成立すれば、砂糖のオーストラリアからメキシコへの輸出が低関税化により増加する。次に、それをもとに、砂糖がメキシコから米国に無税で輸出されるようになる。つまり、TPPは貿易転換効果を生み出し、新たに3か国間の砂糖の輸出の流れを拡大させることになる。米国がTPPでオーストラリアから直輸入される砂糖を規制しても、別のルートから増える可能性が高い。

本稿で指摘したいのは、このFTAの貿易転換効果ではなく、メキシコの対米輸出の拡大はNAFTAが発効した1994年から10年以上も経過したのちに大きく達成されたということだ。当初は小さい効果しか生まなくても、経過期間を経て関税が撤廃されれば、大きな影響を持つことができる。たとえ、FTA交渉の結果、自由化を遅らせる品目が多くなっても、時間の推移とともに関税の撤廃は実現するのだ。

当たり前のことであるが、FTAを早く結ぶことができれば、たとえ10年以上の経過期間を設けられたとしても、結果的にはその分だけ早めに大きなメリットを享受できる。「米韓FTAやEU韓国FTA」が「TPPや日EUFTA」 よりも早く妥結したということは、それだけ韓国が対米・対EU 貿易において日本よりもメリットを早く達成できるということだ。この意味において、韓国のFTA戦略は成功していると考えられる。

10年以上の経過期間は、当初は長いように感じられるが、意外に早く「時」は流れるものである。したがって、日本がTPPやRCEP、日中韓FTAを早期に実現することは意味のあることである。韓国は米韓FTA発効(2012年3月)から4年経過後に米国で課せられている2.5%の乗用車の関税がなくなるし、EUではEU韓国FTA発効(2011年7月)から5年経過後に10%の小型乗用車の関税がかからなくなる。

しかし、韓国はTPPへ早期に参加するのをためらってきた。これは、米韓FTAやEU韓国FTAを早く実現すればするほどそれだけ経済メリットを早く受けられるが、TPPへの参加を早くすればするほど、それだけ韓国が日本に早くメリットを与えることになりかねないからである。

すなわち、韓国は、既に米国、EU、ASEANとの間でFTAを成立させていることから、これまではTPPへの参加にはそれほどインセンティブを感じてはいなかった。また、韓国はTPP参加により、中間財や乗用車を中心に対日貿易赤字が拡大することを懸念していた。さらに、中国に対する配慮から、韓国はTPP参加を遅らせてきたという面もあった。

最近では、米韓FTAを活用して米国産日本車が米国から韓国に輸出されるようになっており、韓国がTPPに参加しなくても、海外で日本企業が生産した製品が低い関税で韓国に入ることが可能である。そうした中で、TPPが例外なき自由化をやや緩和しそうなことから、韓国のTPP交渉参加への姿勢に微妙な変化が現れている。また、TPP交渉の合意が予想以上に早まるとの観測が強まってきたことにより、韓国のTPP交渉参加の遅れに少し焦りが見られるようになっている。

現実の問題として、韓国はTPPに参加しないことにより、これまでにFTAを締結していないオーストラリア、カナダ、ニュージーランド、メキシコなどのTPP加盟国への輸出において出遅れる。しかも、この4ヵ国への新たな輸出機会を日本などに奪われるのだ。

したがって、韓国がTPPへの参加を決断するタイミングの1つは、韓国のTPP不参加が日本からの輸入増を防ぐというメリットと、TPP参加によりこれまで韓国がFTAを締結していないTPP加盟4ヵ国などへの輸出機会が拡大するメリットとを比較考量し、TPP参加のメリットが不参加のメリットを上回った時になる。


(注) ”The Trans-Pacific Partnership Negotiations and Issues for Congress” Congressional Research Service April 15 2013

(注2)「砂糖輸入はTPPでどうなる」山田良平、ジェトロセンサー・エリアレポート 2013年5月号

(注3) “UNDERSTANDING THE TRANS-PACIFIC PARTNERSHIP : Sticking Points in the Negotiations” by Jeffrey J. Schott , Barbara Kotschwar and Julia Muir Peterson Institute for International Economics January 2013

 

ITIの関連論文など

カナダとTPP(フラッシュ、2011年10月18日)

関税自由化を克服したカナダのワイン産業(ITIコラム、2013年)

カナダ・メキシコのTPP交渉参加の持つ意味(ITIコラム、2012年)