一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2018/07/06 No.53危機に直面する米国の製造委託型ビジネスモデル〜トランプ大統領は米国のグローバル調達の優位性を低下させるか〜

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

トランプ大統領は中間選挙向けの対策として、米国通商法の厳格な適用をちらつかせることにより、中国だけでなくEU、カナダ、メキシコとまで貿易摩擦を引き起こしている。これは、ある意味では選挙向けのポーズでもある。しかし、鉄鋼・アルミへなどへの関税賦課による米国通商法適用の収束方法と時点を誤り、さらなる厳しい輸入制限措置を発動するならば、世界経済を停滞させるだけでなく、海外への製造委託などを用いる米国のビジネスモデルに対して取り返しのつかない悪影響を与える可能性がある。

米国のビジネスモデルに組込まれる海外アウトソーシング

米国のグローバル化やアウトソーシング(外注)の高まりは、海外への生産や雇用の流出を招くとしてこれまでも数多くの議論が行われてきた。80年代の後半から90年代にかけて米国の製造業は海外への移転を進めていったが、これは米国内の雇用機会の損失だけでなく産業の空洞化(フォローイングアウト)につながるとの懸念が広がった。

80年代に顕著になった日本の成功に刺激された米国は、米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)を活用し、90年代には半導体チップの設計者とチップを製造する半導体の製造受託会社との間においてコンピュータ上でデータを交換するための標準フォーマットを開発することに成功した。これが、その後の台湾の半導体製造会社であるTSMCなどへの製造委託につながり、海外へのアウトソーシングの先鞭をつけることになった。こうしたグローバルな調達モデルは、米国の効率の低い部門から高い部門へ迅速に転換する米国経済の特徴を背景に急速に進展していった。

半導体業界では、設計を中心とし製造工場を持たないファブレス企業が現れ、部品や製品の製造と設計を分離した新たなビジネスモデルが浸透するようになった。いわゆる垂直統合型(企画製造販売の川上から川下までの一貫した生産体系)から海外の企業とのモジュラー型(レゴブロックのように部材を組み合わせて作る生産体系)のビジネスシステムの登場であった。

新ビジネスモデルは半導体からコンピュータや携帯電話にも広がり、IT産業などのサービス委託の分野にも拡大していった。しかし、米国の企業の全てがこうしたアウトソーシングを全面的に取り入れたわけでなく、インテルなどのメーカーは依然として基本的には自社内で製造し、一部の部品などをファンドリー(製造受託企業)に委託するというシステムを採用している。

製造委託による米国のグローバル調達システムは、コストや効率の面で有利となり、IT革命とともに、90年代以降の米国経済を支える重要な役割を果たした。今日では、米国の北米やアジアでのサプライチェーンは米国産業にとって不可欠なものであり、産業の競争力を支える強力な手段であることは間違いない。

製造委託でコスト競争力を強化

米国企業がよく用いるビジネスモデルとして知られる海外企業への製造委託の例として、アップルのi-phoneやデルのコンピュータ、GAPやラルフローレンなどの数々のブランドを含む衣料品、ブロードコムやクワルコム及びIBMなどの電気製品や自動車に組込まれる半導体、などを挙げることができる。

海外への製造委託は、外国企業だけでなく米国企業の海外関連企業や海外子会社にも及んでおり、GMやフォードがメキシコの関連会社・子会社に自動車や部品の製造をアウトソーシングするのがその典型的な例である。さらに、米国企業においては、モノだけでなく会計業務、クレジットカードサービス、ITソフトウエア作成などのサービスにおいても幅広い業務分野にわたってアウトソーシングの活用が広がっている。

一方、川上から川下までの一貫した製造販売のビジネスモデルである垂直統合型ビジネスの代表例としては、かつてのパナソニックにおけるテレビの設計と製造販売システムを挙げることができる。このビジネスモデルは、多くの日本企業が採用してきたものであり、付加価値の高い製品を生み出す国際競争力の源泉でもあった。しかし今日では、パナソニックを始めとしてソニーなどの主要な日本の家電メーカーにおいては、液晶画面は製造委託で調達している。日本の垂直統合型のビジネスモデルは、電気・電子においてはコスト面から転換を余儀なくされている。

垂直統合型の生産システムから製造委託を取り入れたビジネスモデルへのシフトは、既に米国企業を中心に実践されており、パソコンや半導体、スマートフォンなどの製品の生産に適用されている。例えば、i-phoneのようなアップルのスマホは台湾のホンハイ(鴻海)に製造委託し、中国の工場で組み立てられている。

すなわち、アップルのような米国企業は、スマイル・カーブに見られるように、付加価値の高い上部両端の領域である「企画・設計・デザイン」や「販売・リース・メンテナンス」などの分野に事業を集中し、付加価値が低い工程である「製造」では海外企業に委託するという分業を行っている。つまり、自社の相対的にコスト競争力が弱い部門をアウトソーシングすることにより、より高い国際競争力と収益力を高めることに成功している。

ただし、米国企業は製造工程を委託先に丸投げしているわけではない。アップルに見られるように、スマホの設計担当者は鴻海の中国工場に出向き、工場の立地や施設の配備状況、さらには人員配置などを把握したうえで、それをスマホの設計にフィードバックしている。さらには、米国企業は設計や製造に精通している人材を工場に派遣し、現場の製造面のチェックと製造委託先の幹部との調整を行っている。

これは、川上から川下までの全体の製造販売工程の中で、製品は製造委託先から調達するだけで、後からレゴブロックのように工程に組み込むという、いわゆる広い意味での「組み合わせ型(モジュラー型)」の生産システムとは一線を画すものである。どちらかといえば、日本企業が得意な全体の工程を互いに調整(すり合わせ)をしながら品質を高める一種の「すり合わせ型(インテグラル型)」に近い生産システムと考えることができる。アップルは、単純に製造面だけを組み合わせ型にしているのではない。

また、現場や現地のマネジメントにも精通している人材を配置することは、製造委託先との信頼関係の樹立に大きく貢献することになる。これは、部品のブラックボックス化や分厚い製造委託契約書の作成などよりも効果的な技術の流出対策になると思われる。

モノからサービスまで広がりを見せるアウトソーシング

アウトソーシングの形態には国内・海外企業への製造委託とサービス委託が考えられる。そして、それぞれ関連企業(子会社や親企業関連グループ)と関連企業以外への委託が行われている。この中で、海外アウトソーシング(offshore outsourcing)である海外企業への製造委託とサービス委託は米国企業の得意とするところで、近年の米国企業の活力の源泉の1つであると考えられる。

多国籍企業による海外の販売子会社や工場などへの出資を伴わない非出資型の生産をUNCTAD(国連貿易開発会議)が推計しているが、2010年においては1.8〜2.1兆ドルと見込まれている。この中で製造・サービス委託は1.1‾1.3兆ドルとなり、この内、サービス委託は900〜1,000億ドルと見込まれている。世界全体の製造・サービス委託の1.1〜1.3兆ドルを基に、米国の世界に占めるGDPシェアで配分すると、米国の製造・サービス委託額は2,568億ドルとなり、同様に日本は1,008億ドルであった。実際には、米国はこれより大きく、日本はこの半分以下と考えられる。製造委託の中で、委託金額が大きい分野は電子機器、自動車部品、衣料品で、それぞれ2,000億ドル強となる。フランチャイズやランセンシング、管理運営委託などの非出資型生産は合計で、7,700〜8,100億ドルに達する。

米国以外の製造委託とサービス委託を請け負っている代表的な企業としては、台湾の鴻海(電子)やTSMC(半導体)、カナダのセレスティカ(電子)・マグナ(自動車部品)、日本のデンソー・アイシン精機(自動車部品)・富士通(IT/BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング))、ドイツのボッシュ(自動車部品)・ベーリンガー・インゲルハイム(医薬品)、韓国のサムソン(半導体)、LG化学(自動車部品)、フランスのキャップ・ジェミニ(IT/BPO)、英国ロジカ(IT/BPO)などが挙げられる。

また、UNCTADが推計したサービス委託の規模は製造委託の1割であったが、実際のサービス関連の委託の分野はかなり広がっている。例えば、総務部門の委託サービスには、備品・文書管理を始めとして庶務や受付、会議室・施設管理などがある。同様に、人事管理には、採用や研修、給与・賞与計算、福利厚生などが挙げられる。

米国企業はこうした総務・人事以外にも、請求及び支払、予算・利益管理、決算関連業務、医療請求、クレジットカードサービス、エンジニアリング・デザインなどに関するソフトウエア開発サービスをインドなどに委託している。

トランプ大統領は保護主義の手綱を緩めるか

2016年の大統領選挙で勝利したトランプ大統領は、中西部のプワーホワイトの支援を勝ち取るために、雇用の維持と所得の拡大を約束した。そのためには、税制改革とともに、海外への投資から国内投資への回帰、経済成長に資する輸入の削減、を実現しようとしている。これはまさにグローバル化や産業の空洞化を懸念する従来の民主党の考え方に沿うものである。

今日の米国の国際競争力が強まっている理由として、IT革命などの他に、90年代からのグローバル調達モデルの活用を挙げることができる。こうしたグローバル化の進展は確かに米国の繁栄だけでなく、中国の豊かさや製造能力の拡大をもたらし、米国の地位を脅かす要因になっていることは事実だ。しかしながら、こうしたグローバル・ビジネスモデルに大きな影響を与えるトランプ大統領の経済・通商政策は、関税の引き上げなどにより米国の国際調達での優位性を奪い、将来の国際競争力を削ぐことになりかねない。

国家安全保障への脅威を理由として適用される通商拡大法232条による鉄鋼・アルミへの関税賦課は、各国の報復措置を招いており、これに自動車・部品が加われば、さらなる報復合戦が予想される。また、中国の不公正貿易慣行に対する制裁措置である通商法301条による対中関税賦課リストの中にはスマートフォンやパソコン、カラーテレビ、衣類などが外されているものの、半導体は含まれており、米国半導体工業会(SIA)はこの措置に反対している。この他にも、自動車、小売り、製薬、化学の関連団体は対中関税賦課に反対の姿勢を示している。

しかしながら、中間選挙や次の大統領選挙に一定の見通しが立たない限り、トランプ大統領はなかなか保護主義的な姿勢を変えないと思われる。トランプ大統領は、米国通商法の厳格な適用を進めているが、これらの実施による関税の引き上げが実際に米産業へ被害を与えるようになり、自身の顕著な支持率低下につながり、議会共和党から反旗を翻されない限りはその手綱を緩めることはないであろう。しかも、パブリック・コメントなどを参考に、301条対象のリストからスマホなどの中国に生産を依存する品目を外すなど、硬軟取りいれた通商法の適用を実施している。

トランプ大統領の移民政策や輸入制限対策が米国の本音をついているところもあり、現状においては米国の議会も主要企業も真正面から保護主義的な政策を批判できないでいる。実際に、6月初旬には共和党ボブ・コーカー上院議員提出の「トランプ大統領から関税賦課の権限を制限する法案」は議会での審議を阻止されており、トランプ政権は重要な勝利を手中にしている。また、中小企業を含めて米国企業が強硬な反対に回らないのは、税制改革や鉄鋼・アルミ規制で利益につながっているだけでなく、輸入制限措置が企業のグローバル・ビジネスモデルの実施において決定的な阻害要因となっておらず、まだ企業経営の琴線に触れていないからだ。

したがって、こうした状況下では、世界的な株価の暴落や中国経済の成長率鈍化あるいは中国の通貨安という他力本願にすがる以外には、結局は各国が報復措置を強化するか、米国の産業界や経済専門家がサプライチェーン分断よる長期的な国際競争力の低下という観点からトランプ大統領にじわじわと議会を含む周囲を固めながら政策の変更を求めるしかないと思われる。

そのためには、米国通商法の厳格な運用やNAFTA(北米自由貿易境地)での強硬な主張などが、ハーレーダビッドソンの生産移転のように米国企業にとって不利なものになるのかを一つ一つ検証し積み上げ、それを基にした産業のリーダーや有力なエコノミストなどによる理論的で実効性のある訴えが必要である。こうしたことの積み重ねや通商法301条の適用で米中交渉が妥結し、米国議会の共和党議員が求めているNAFTA再交渉の9月のレーバーディまでの合意が実現するならば、トランプ大統領の保護主義はその1つの山を越えるものと思われる。

(参考文献)

 「広がりを見せる海外へのアウトソーシング~親子間貿易で違いが見られる日米のグローバル調達モデル~」、国際貿易投資研究所(ITI)、季刊109号、2017年

 「転機を迎えるアウトソーシング~日米のグローバル調達戦略の違いから見えること」、国際貿易投資研究所(ITI)、季刊86号、2011年

 

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