ITIコラム

2018年10月11日

 

新NAFTA(USMCA)合意の意味合いと影響
~トランプ政権の剛腕な戦術の成功で日本や中国への圧力が高まるか~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹

 

3か国間での合意に達したNAFTA再交渉

2018年9月30日、遂に米国とカナダは新NAFTA協定の合意に達した。既に米国とメキシコは8月27日に合意に達しており、米加交渉は、メキシコのニエト現大統領が退任する11月30日までの署名が可能になるギリギリの段階まで続けられた。カナダのトルドー首相は米加NAFTA交渉の合意の動きを受けて、9月30日の日曜日の夜遅くに閣議を招集した模様である。

この新NAFTAはUSMCA(米国、メキシコ、カナダ協定)という発音しづらく、かつ何の変哲もない名称を与えられているように、オリジナルのNAFTAのような域内の貿易投資の拡大に結び付くグローバリズムを掲げた自由貿易協定ではない。むしろ、メキシコへの投資から米国内投資への転換を図るものである。

すなわち、トランプ大統領のアメリカ・ファーストを具現化するためのものであり、米国の圧力の下での2国間交渉による合意を基本としたものである。もちろん、USMCAは24年も経過したNAFTAを近代化するためのものではあるが、それ以上にトランプ政権の保護主義的な通商政策を反映したものに他ならない。

USMCAはトランプ大統領がカナダとメキシコに米国製造業の雇用と所得の拡大のために譲歩を迫った交渉の産物である。当然のことながら、米墨加の企業だけでなく、北米で操業する日系企業や欧州企業にも大きな影響を与えることになる。

トランプ大統領は自動車の追加関税というカードをちらつかせながら、カナダとメキシコを分断する2国間交渉という巧みな戦術で合意に達することができた。これにより、今後は中国との貿易戦争や、欧州と日本との通商協議においてより強硬な姿勢を取ることが可能になったと思われる。さらに、新NAFTAの合意は下院での劣勢が伝えられる共和党の中間選挙に対して、プラスに作用すると考えられる。

新NAFTAから何を読み取れるか

新NAFTAの合意を受けて、USMCAのフル・テキストが公表された。新協定は34章から成る。第4章の原産地規則(域内で関税を賦課されないための条件を規定)の章では、製品・部品ごとの域内原産比率や自動車の労働価値比率(最終的には時給16ドル以上の労働者が生産する割合が40%~45%以上であること)などの規則のように、オリジナルのNAFTAに大幅な追加・修正が加えられている。オリジナルNAFTAの原産地規則の条文に慣れた方でも、USMCAの原産地規則を理解するには、じっくりと読み込む必要がある。

例えば、バンパーやシートベルトのような自動車部品によっては50%の域内原産比率を満たせばよい場合もあるし、トラクターは60%であるが、エンジン・トランスミッションのような重要なコンポーネントでは、経過期間を経て最終的には75%の域内原産の割合を満たさなければならない。

米加、米墨の2国間交渉を基本としたUSMCAでは、トランプ大統領はカナダの老練な交渉戦術に手こずったものの、一定の勝利を得ることに成功した。同時に、メキシコに対しても、乗用車における75%の域内原産比率の達成、16ドル以上の時給の労働者による生産の割合が40%~45%であること、労働組合の組織化を認めさせた。こうした成果は、いずれも米国企業だけでなく日欧企業のメキシコ進出に一定の歯止めをかけることは疑いない。

ただし、その代わりメキシコは、乗用車の対米輸出が年間260万台を超えず、自動車部品の対米輸出が1,080億ドル以下の場合、通商拡大法232条による追加関税を免除される(USMCA Text:C. Side Letters;USMexico232SideLetter)。同時に、これまでのように原産地規則さえ満たせば自動車の域内関税は0%になる。つまり、既存の自動車工場からの対米輸出に関しては、従来の条件に変化はないのだ。

カナダも乳製品などの供給管理政策では無税での輸入割当枠を増やすなどで譲歩したものの、NAFTA19章の紛争解決処理条項や文化財保護の条文を維持することができた。また、乗用車については260万台、自動車部品には324億ドルの対米輸出上限を設定し、それ以下であればメキシコと同様に232条による追加関税を免れることができる(USCanada232SideLetter)。しかも、カナダもメキシコもライトトラックへの追加関税は適用されないし、現在の乗用車の対米輸出実績は追加関税を免れる上限枠を超えておらず、まだ輸出余力を残している。

こうしたことから、メキシコにおいては時給16ドルの労働者の生産割合を規定した労働価値比率の導入で労働者の賃金が上昇する。さらには、カナダも含めて相対的に高価な北米域内の自動車の部材を調達しなければならないことから、自動車生産のコストが上昇する。

これは、北米の消費者に転嫁され、北米のグローバルな競争力を削ぐことにつながる。それだけではなく、メキシコでの小型車生産の競争力が相対的に低下することが懸念される。将来的には、タイやインドネシア、場合によっては中国・韓国などとの競争が激化し、メキシコでの小型車の生産が減少する可能性もある。

中国への封じ込めが進むか

中間選挙の結果次第ではあるが、トランプ大統領はUSMCAの議会承認などで、下院民主党からの協力を求めざるを得ない。これは、今後の議会運営で民主党への譲歩を迫られることを意味する。このため、トランプ大統領はこれまでの保護主義を維持強化し、国民や議会からの支持を取り付けようとする可能性が高まる。米国の保護主義の勢いが増すことにより、中国に対する「貿易赤字の削減」と「知的財産や国有企業などの分野での構造改革」への要求はさらに強まることになる。

予想されるこうした動きを先取りし、トランプ政権は既に中国に対する新たな封じ込め策を準備している。例えば、USMCAは、3か国のいずれかが、非市場経済国(non-market country)との自由貿易協定を交渉する場合、少なくとも3か月前にその意向を他の相手国へ通知しなければならないという規定を盛り込んでいる(条項32.10)。

この場合の非市場経済国とは、この協定の署名日に、3か国のうちの少なくとも1か国が非市場経済国と決定している国であり、3か国とも自由貿易協定を締結していない国のことを指している。すなわち、非市場経済国として中国を念頭に置いていることは想像に難くない。USMCAのメンバーは、貿易協定に署名する30日前に、他のメンバーに協定の全文を提供しなければならない。非市場経済国との自由貿易協定の締結により、他のメンバーは6か月前の通知でUSMCAを終了させ、その裁量で二国間協定に差し替えることができる。

つまり、トランプ政権はカナダやメキシコが中国と貿易協定を締結する時は、事前にその情報を把握することや、それに対抗することを可能にする条文をUSMCAに盛り込んだことになる。折しも、カナダは中国とのFTA交渉を検討しており、その交渉開始の発表が近いと見られている。この、非市場経済国との貿易交渉の通知義務は、日本や欧州との通商交渉でも求められる可能性があり、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)や日中韓FTA交渉を進めている日本にも、少なからぬ影響があると思われる。

USMCAの合意事項

新NAFTAで変更された最も重要な分野は、言うまでもなく原産地規則である。その中でも、自動車の原産地規則で追加・修正された規定は、今後の新協定の運用において最も関心を集めている分野である。自動車の原産地規則では、乗用車やライトトラックにおいては、最終的には「2023年1月から」、あるいは「発効から3年後」のいずれか遅い方で75%の域内原産比率の達成が求められている。最も短い場合では、「2020年1月から」、あるいは「発効1年目」のいずれか遅い方で66%の域内原産比率が要求される。

これは、エンジン・トランスミッションのような重要コンポーネントでも同様である。また、鉄鋼・アルミの北米での域内原産比率は70%を満たすこと、時給16ドルの労働者が生産する割合が40%(乗用車)や45%(トラック)を占めることを要求する労働価値比率(LVC)の導入、などが盛り込まれた。

カナダにとってUSMCAの合意で死守しなければならなかったのは、米国との針葉樹紛争などで活用されたNAFTAの紛争解決章(第19章)の維持であった。この第19章はUSMCAに引き継がれることになったが、その代わりに企業が国家を訴訟できるISDS条項(第11章)は削除されることになった。カナダにとってISDS条項はお荷物的なものであったので、本音では厄介払いができたことになる。

USMCAでは、カナダの主張が通り、文化財保護が維持され、書籍・音楽・ビデオ・などにおけるカナダ・コンテンツの一定割合が認められた。環境保護の強化では3か国は一致したが、気候変動に関してはトランプ政権の思惑通りUSMCAでは取り込めなかった。

政府調達においては、米墨間の2国間交渉ではまとまったが、米加間では合意することができなかった。したがって、カナダは米国との政府調達案件はWTO協定が適用され、USMCAは将来のカナダ企業へのバイ・アメリカンの適用から守ってくれないことになった。

電子商取引などの国境を越えた取引では、カナダの輸入で関税を免除される1回あたりの限度額は現在の20カナダドルから150カナダドルに引き上げられた。この場合、40カナダドル以上の買い物には消費税が課税される。メキシコは既に2国間交渉で、輸入時の関税免除の限度額を50米ドルから100米ドルに引き上げている。

カナダはこの他に、先住民や性差別の問題、あるいはビジネスマンの自由な国境を越えた移動を可能にするビザ問題を取り上げたが、USMCAでは合意することができなかった。カナダは、EUとのFTAであるCETAでは、ビジネスマンの自由な移動を可能にする規定を盛り込むことに成功している。

また、カナダは乳製品などの供給管理政策では、チーズや鶏肉などの関税割当の無税枠を拡大することに譲歩した。さらに、ミルク・プロテインやスキムミルクの粉を含む製品の調達価格システムを新協定発効後6か月で停止することに合意した。カナダ企業はこれらの材料を政府補助により安く入手していたが、これを覆し米国の要求を受け入れたことになる。カナダは同時に、輸出も抑制することに合意している。

日本はギリギリのところで踏みとどまる

USMCAが承認されれば、北米での企業の生産活動は、これまでよりアジアや欧州などからグローバルに部材を調達することが難しくなる。その代わりに、北米原産の部材を調達する割合が高まり、対米投資を促進し米国での現地生産の比率を引き上げざるを得なくなる。これがコストアップにつながり、北米で生産された製品の競争力の低下をもたらすことは前述のとおりである。

それだけでなく、米国の製造委託に基づくグローバル・ビジネスモデルに変質をもたらす可能性がある。特に、対中制裁の激化により、米国のアウトソーシング活用によってもたらされる国際競争力の向上が抑制される懸念が生じる。

したがって、USMCAの合意が持つ大きな意味合いの1つは、消費者の利益や企業のコスト競争力を犠牲にしながら、米国製造業で働く労働者への所得移転が行われていることだ。一方では、米国は中国や日本、及びEU市場の開放を促し、米国製品の輸出競争力の維持拡大を実現し、米国企業のコスト面での競争力の低下を相殺しようとしている。

USMCAの合意では、メキシコやカナダでの自動車生産に色々な角度から制約が設けられたが、日本の自動車メーカーはギリギリのところで既存の北米での生産体制を大きく崩さずに製造を続けることが可能になった。

ただし、これからの日米交渉で日本からの自動車の対米輸出に厳しい上限枠を設ける要求が行われる可能性もあり、上位クラスの自動車輸出に懸念材料は残る。日本の官民一体となった米国での議会対策や広報戦略の重要性は、今後とも高まっていくものと思われる。