ITIコラム

2019年1月16日

 

肥大化するメキシコ・盗品石油のブラックマーケット

内多 允
(一財)国際貿易投資研究所
客員研究員

 

メキシコで企業の犯罪被害が増加している状況については、ITIコラムNo.37(2017年1月18日付、当研究所サイト)で報告した。

本稿で取り上げる石油盗難の実態は、メキシコ最大の石油産業企業であるペメックス(Pemex)の被害状況である。石油盗難はペメックスの収益を悪化させている。また、盗まれた石油精製品(主にガソリン、ディーゼル油、LPG等)が、低価格で販売されることによる流通秩序を乱す被害をもたらしている。

石油を盗む手口は、パイプラインからの抜き取り(英語の報道ではmilkigやsiphoning、スペイン語紙で使うordeñoは、元は搾乳の意味)に加えて、車両(タンクローリー)や鉄道車両、船舶(タンカー)も襲われている。また、ガソリンスタンドからも盗まれている。石油盗難の発生個所は、パイプラインが最多を占める。2017年におけるペメックスの石油(原油と同精製品)輸送量の構成比率はパイプライン77.1%、陸送(タンクローリーや鉄道のタンク車)15.1%、船舶(タンカー)7.8%であった。同年のパイプライン輸送量(1日当たりの量で単位はバレル、以下b/dと表記)は、188.7万b/dであった。

パイプラインから不法に抜き取られる燃料油は、国内供給量(生産量と輸入量の合計)の5%に上ると近年は推計されている。

1.急増傾向の石油抜き取り

パイプラインから石油を抜き取る件数は、2017年に急増した。同年に発見された抜き取り個所は1万か所台(10,363)に増加した(表1)。

その被害状況によれば(表2)、犯行に関与した車両台数や検挙人数も例年に見られない急増ぶりであった。また、没収した石油精製品も2,260万リットルで、前年比72.5%増加した。検挙された人数には、ぺメックスの従業員やタンクローリーの運転手も含む。

ぺメックス従業員が犯行に関与する動機には、犯罪組織から強制されていることもある。企業従業員が犯罪組織からの強制を拒めば、本人はもとより家族の命も狙われる恐れがあるために、犯行に関与せざるを得なくなる事例が相次いでいると伝えられている。

例えば、地中に埋設されているパイプラインの場所や、その輸送対象の石油品の詳細、輸送量とその実行日時などは公表されていない。また、車両によるガソリン等の石油精製品の配送スケジュールについても、担当者だけが周知していることである。企業内部の従業員が、犯行に関与する現状はさまざまな業種で広がっている(後記の主要参考文献1参照)。

パイプラインの石油抜き取りは、2018年も前年を上回る増加ぶりで、1月から9月にかけての抜き取り個所数は1万1,240か所に上り、既に前年合計を8.5%上回った。

 

 

 

2. 拡大する盗品石油の市場規模

石油の窃盗摘発でぺメックスが没収した石油精製品は、年々増加している。この量は2017年には前年比72.5%増加した(表2)。しかし、盗まれた量を遥かに超える石油精製品が、市場に出回っていることが推定されている(表3)。同表の市場価格は原油やガソリン等の石油精製品の合計である。日常の交通手段として重要な自動車で消費されるガソリンとディーゼル油も、被害量の増加が報道されている。

これらの自動車用燃料の一日当たりに盗まれれている量の推計値として、2万7,000バレル(2017年5月14日付ロイター通信)という報道もある。このバレル量は、約429万リットルに相当する(1米国バレル=158.99リットルで換算)。

これらの盗品石油の流通量とその市場価格は、推定値とはいえ、ぺメックスの立場からみればこれも市場を奪われたことによる被害額である。また、盗品の販売という性格から納税は申告する筈はないので、政府の歳入も、失われることになる。

2009年から2016年の盗品石油市場の年間市場価格の合計によれば、次のように増加している。すなわち、2009年-2012年の4年間合計額は、628億ペソ(49億ドル)から、2013年-2016年のそれは972億ペソ(64億ドル)であった。後者の期間は前者に対してペソ金額ベースで約55%増加した(なお、両期間の年間金額は、表3出所のデータより集計)。

 

 

このように盗品石油の流通量は増加傾向が続いているが、その供給元であるぺメックスの生産は停滞している。例えばガソリンの平均日産量は、2013年43万7,300b/dから、2017年25万7,000b/d, 2018年10月17万1,700b/d と低下している。この生産停滞は、ぺメックスの石油精製プラントの老朽化が影響している。ぺメックスは国内生産量の低下による供給量不足を補うために、米国からの輸入を増やしている。 ガソリンの国内販売量に占める輸入品のッシェアは、2016年には過半(56.2%)を超え、2017年には64.9%を占めるに至った(表4)。更に、盗品ガソリンの増加もぺメックスのガソリン市場における支配力を、脅かしている。パイプラインからの抜き取りによる修繕工事期間中の、輸送休止も小売部門のガソリン不足を招いている。パイプラインからの供給不足に対応するために、トラック(タンク車)による輸送増加が輸送コストを引き上げている。

石油燃料1,000トンを1キロメートル運ぶ料金はパイプラインが6ドルで済むのに対して、トラック83ドル、鉄道37ドル、海運12ドルである。

 

 

ガソリンの供給体制に関わる問題としては、ガソリンスタンドの在庫保有量が少ないことが指摘されている。その平均的なそれは販売量の6日分から8日分であるが、OECD(経済開発機構)加盟国平均は25日分である(前記輸送料金と在庫量のデータは参考文献3より引用)。このような小規模在庫量も、トラックによるガソリンスタンドへの配送負担の軽減を阻んでいる。また、燃料窃盗犯からの襲撃リスクを高めている。

燃料(ガソリンやディーゼル油)を満載しているトラックが、武装集団から襲われる事件も発生している。配送に従事している従業員が、トラックから密かに横流しする事例もある。

燃料をトラックのタンクに注入する際に、規定量を超えているケースが横流しの犯行に直結している。このようなトラックは配送先に到着する前に、超過量の燃料を窃盗犯に渡している。ぺメックスは横流し防止のために、燃料配送のトラックに注入する量の厳格な管理体制を強化していると発表した。警察や軍隊もトラック輸送途中の監視を、強化している。

パイプラインやトラックから奪われた燃料を販売して、閉鎖処分を受けたガソリンスタンドの事例もある。

石油輸送のインフラで、問題としては貯蔵施設が不足していることが、指摘されている。

特にパイプラインや港に直結した石油貯蔵施設が不足している。そのために、鉄道やトラックによる石油流通拠点への輸送も、不可欠である。鉄道はメキシコ全土を十分カバーするほどには、発達していない。従って、陸上輸送ではパイプラインとトラック(タンクローリー)の連携が、流通の要を形成している。

米国からメキシコに輸出されるガソリンも、パイプラインからの抜き取り被害の増加を反映して、鉄道輸送の利用が拡大する傾向がでている。鉄道はトラックよりも、大量輸送に向いている。また、メキシコ国内の道路状況がトラック輸送の拡大を阻んでいる。

3.安値で販売される盗品ガソリン

前記で指摘したように、正規のガソリン市場を脅かしているガソリンやディーゼル油の盗品価格は、公式価格よりも安い価格で販売されている。その実態の一例が(表5)の比較表である。盗品価格は全国的な規模で、明らかにされないのであくまでも、事実の一端として見ることが必要であろう。同表のMagnaはレギュラーガソリン、Premiumはハイオクタン・ガソリンである。これらのガソリンとディーゼル油の盗品価格の盗品価格は、公式価格の半値以下の安さである。

考えられる安値が可能な理由としては、盗品販売者は生産コストや、税金を負担していないことがあげられる。

次に石油窃盗犯罪について、世論の傾向を占めす材料として世論調査の結果を紹介する。

これはメキシコ議会(下院)の関係組織であるCentro de Estudios Sociales y de Opinión Público(略称CESOP)が発表した世論調査報告(2017年6月付の電話による世論調査報告書“Robo de combustible”)より引用した。同世論調査で、石油燃料の窃盗についての設問で窃盗に対する取り締まりが手ぬるいことや、窃盗には関係機関内部に協力者が存在することには厳しい見方が表明されている。窃盗行為を許さない意見が多数を占めている反面、これとは相反する意見が多数をしめる設問項目がある。

先ず、「安価な盗品石油燃料が売られているなら、購入するか」という設問に対して、「購入する」という回答が、83.1%を占めた。一方、「購入しない」が10.4%, 「わからない・無回答」が6.4%を占めた。支出を切り詰めざるを得ない生活実感では、不法な盗品とはいえ、値段が安いという魅力は捨て難いということか。

さらに、「盗品を取り扱ったガソリンスタンドの営業許可を取り消すべきか」という設問では「反対」が76.0%に上った。「賛成」を表明した回答比率は20.3%、「わからない・無回答」が3.7%である。このような回答内容からは、日常の交通手段として自動車への依存度が高い現状から、安価なガソリンが求められていることや、なじみのあるガソリンスタンドが閉鎖されることによる不便さは避けたいという本音も伺える。

 

 

4.LPガスの窃盗被害も増加

以上のガソリン等の燃料油とは別に、近年はLPガスの窃盗が増加している。犯行地域は10州で報告されており、燃料油のようには全国的に広がっていない。

LPガスがパイプラインから抜き取られた個所数は、2017年の166から2018年には、200を超えることも予想されている。2010年から2018年8月までの抜き取り個所数合計は、953に上る。抜き取り個所数の州別内訳で、上位2州はメキシコ州の377、プエブラ州250で、この合計627は全個所数(953)の66%を占めている。

盗品LPガスの消費地域に、窃盗現場が近接していることは、輸送がガソリン等の燃料油に比べて簡単でないことが影響している。2018年9月に報道されたLPガス流通業団体や、ぺメックスの被害状況のよれば、次のように、増加している。

2018年1月―8月にかけて、LPガス窃盗被害額は、80億ペソ(4億1,590万ドル)で、前年同期より倍増した。同被害額の70%をぺメックスが被り、残り30%は民間企業分である。2018年の年間被害額は、120億ペソ以上と予想されている。

同期間にLPガスを配送中に奪われた車両は、約200台である。しかし、警察がこれらを取り返した台数は、10%に過ぎない。全般的に警察の犯罪摘発能力の不足が、このような低い数値にも表れている。

窃盗の再犯防止のために、パイプラインの閉鎖や陸送ルートの変更などによるコスト上昇も、LPガス販売コストを増加させる要因をもたらしている。

LPガス販売関係の民間団体によれば、LPガスは全国で月平均3,000万ペソの販売額の約8%が、盗品であると推定している。これを購入している消費者には、盗品であるということは、認識していないだろうと考えられている。

6.主役は犯罪組織

メキシコで石油窃盗組織は、麻薬カルテルとも称する犯罪組織である。8大組織である犯罪組織が、盗品石油の流通市場を支配している。これら犯罪組織の盗品石油流通量シェアは、94.95%に上る(表6)。この中で、同シェア上位3組織(Los Zetas,elCJNG,Golfo)で、約77%のシェアを占めている。メキシコの犯罪組織は、麻薬密売で資金を稼いで勢力を拡大してきた。これに加えて、本稿で記した手口で奪ったガソリンやディーゼル油等の密売収入が、重要な資金源となっている。その販路もメキシコ国内に加えて、米国や中米地域の近隣諸国への密輸にも手を伸ばしている。

 

 

犯罪組織の跋扈を阻止していない状況が、石油窃盗を増加させている要因になっている。ぺメックスのパイプラインや、石油配送の現場での警備には、警察だけでは不可能な状況も生まれている。現状は軍隊も警備のために出動しており、時には犯罪組織と銃火を交えている。

ぺメックスの経営状態は、政府の財政収支に与える影響力が大きい。ぺメックスが犯罪組織に収益機会が蝕まれていることは、国家経済の根幹を揺るがすリスク要因を増大させている。メキシコの犯罪組織は、政界や官僚機構や公共部門や、私企業等の広い分野に影響力を浸透させていると、伝えられている。これを支えている汚職の蔓延と並んで、積年の宿悪ともいうべく状態である。この解決には粘り強い取り組みが求められる。しかし現状は「百年河清を俟つ」ことにならないかという懸念も残る。

7強硬策を展開する新大統領

2018年12月1日、ロペス・オブラドール大統領が就任した。同大統領は就任後、直ちに石油窃盗の取り締まり強化に着手した。12月27日には軍隊が4,000人の兵士を動員して、パイプラインや石油燃料の精製プラントや、供給施設、タンクローリー等の、警備体制を強化した。政府も石油窃盗の被害が、広がっていることの危機感を高めている。

オブラドール大統領が12月27日、記者会見で最近3年間におけるガソリン窃盗の被害額を発表した。その額は2016年300億ペソ、2017年501億ペソ、2018年663億ペソと増加傾向を辿っている。2018年の被害額は教員数と学生数で同国最大規模を誇るメキシコ国立自治大学(UNAM)の年間予算規模に相当すると、同大統領は指摘した。

この記者会見によれば、パイプラインからの抜き取りは、窃盗全体の20%を占めている。

石油の不法入手の犯行個所数については、パイプラインの多さが目立っている。しかし、盗まれる量の80%は、ガソリンスタンドや、ぺメックスの生産・供給施設やタンクローリーからの横流しの規模が大きいことを示している。これには、ぺメックスや関係機関の従業員のネットワークが関与していることも、大統領は指摘した。

政府は監視強化の成果として、12月に入ってパイプラインでの抜き取り量が、減少していることを公表した。これによれば、12月1日から18日にかけては、抜き取り量が10万バレル以上を超えた日が3回であったが、19日から翌2019年1月3日にかけては、減少傾向が顕著になった。例えば、12月18日は10.8万バレルであったが、21日は4.3万バレル、31日5,000バレル、1月3日1.27万バレルと、以前とは打って変わった低水準を記録した。ぺメックスの関連施設でも軍隊の監視が強化されて、犯罪組織への横流しが減少していることが、想定されている。

その反面、ガソリンの供給不足が表面化している。政府はパイプラインでの抜き取りを防ぐために、タンクローリーへの輸送手段の転換を進めた。しかし、この輸送インフラが供給需要に対応できないために、小売部門であるガソリンスタンドでは、品不足に陥った。また、主要な港ではタンカー等の船舶への燃料供給が遅れていることも報道された。

パイプラインでの抜き取り防止は、火災事故を防止する観点からも、重要である。抜き取り犯行の過程でパイプラインの中で引火して、広範囲な火災を誘発した事態が発生した。また、これの被災者にぺメックスが支払った賠償金を目当てに、犯罪組織から脅迫される事例もある。脅迫の被害を避けるために、行方不明となった被害者もいる。

8メキシコ社会の反応を考える

石油の略奪に関わる犯罪組織に対しては、メキシコの世論は批判的であることは事実である。その反面、巨大な暴力組織である麻薬犯罪組織(麻薬カルテル)を英雄視する風潮があることにも無視できない。犯罪であっても、その恩恵をうける人々からは評価される事例は、メキシコに限らない。

メキシコの一部地域では、盗品石油を安く提供する犯行グループを「ロビン・フッド」と呼んでいると、報道された。ロビン・フッド(Robin Hood)は中世イギリスの伝説的な英雄で、実在したか否かは諸説ある。12世紀ごろ仲間と森に住んでロビン・フッドは横暴な支配者から、金品を奪い、貧しい人たちに分け与えと伝えられた。

ロビン・フッドについては、バラッド(ballad)や小説、戯曲、童話、映画でその冒険談が人気を博した。

メキシコでは麻薬組織を英雄視する音楽ジャンル「ナルココリード」が、注目されている。

ナルコは麻薬や麻薬組織、麻薬売人を意味する。コリード(Corrido)は元々、歴史や物語を歌う「語り歌」である。ナルココリードには、犯罪や麻薬を賛美する意図ななく、事件を紹介するために歌われていると解釈されていた。しかし、ナルココリード人気が高まると、麻薬組織の中には、麻薬犯罪を賛美する歌を作成する資金を出して、それを演奏させるようになった。メキシコではラジオやテレビでは、ナルココリードの放送は禁止されている。

日本で公開された映画「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」では、ナルココリードの演奏に熱狂する観客の情景が取り上げられている。

このような音楽が熱狂的に歓迎されることを批判するだけでは、事態の解決にならない。

イギリスのロビン・フッドが大衆人気を博したことも、メキシコのナルコが英雄視されることには、共通点がある。それは、貧困に救いの手を差し伸べない為政者や富める者への反感や絶望感が影響している。メキシコも1994年のNAFTA発効から、ひたすら自由経済政策に邁進してきた。この成果が達成された反面、貧困層への取り組みは成果を上げたとは言い難い。メキシコの石油窃盗増大については、単なる窃盗事件として片づけられない根深い問題を内包している。

 

<主要参考文献>

1) 拙稿「メキシコ企業を脅かす犯罪被害」ITIコラムNo.37 2017年1月18日

2) Adrian Duhalt,Ph.D., “ Looting Fuel Pipelines in Mexico”,Issue Brief June 23,2017, Rice University’s Baker Institute for Public Policy

3) E.Lohr,J.Romero,and E.León,“Mexico’s Fast Transition to an Open Fuels Market”, bcg.perspectives by the Boston Consulting Group Inc., 2017,Mexico

4) Arroyo-Mací,Merda M.” Huachicoleros,naturalización del Mercado de la ilegalidad”, ITESO,2017, Jalisco,Mexico

5) Dr.Ian M.Ralby,“Downstream Oil Theft”, Atlantic Council, 2017, Washington,DC

6)Julia van Hoogstraten,“Financial Flows Framework for the Mexican Hydrocarbon Sector”, Poder,2015. Mecico City/New York

(その他、関連事項は主にメキシコで発行されている新聞記事電子版より引用)