ITIコラム

2019年1月25日

 

新NAFTAでも米国のメキシコ・カナダからの調達は拡大可能
~域内原産比率や完全累積、デミニマス等の変更で複雑さを増す北米戦略~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所
研究主幹

 

転換期を迎えるアジア太平洋のFTA

TPP11(CPTPP)は、紆余曲折を経て2018年12月30日に発効した。米国抜きのTPP11の発進は日本の主導でもって実現したもので、日本の通商外交の大きな成果と考えられる。TPP11の発効の動きを受けて、タイやインドネシア、韓国、台湾といったアジア諸国だけでなく、英国やコロンビアといった国も同FTAへの参加に関心を示している。米国はTPPから離脱したが、トランプ米大統領は2018年1月26日、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)で演説し、依然としてアメリカ・ファーストの姿勢を続ける考えを示す一方、米国の利益になることを条件に、TPPへの復帰を検討することを表明している。

一方、2017年8月から始まったNAFTA再交渉は、米国とメキシコとの間では2018年8月27日、米国とカナダとの間では9月30日に合意に達した。合意に基づき、新NAFTAはUSMCA(米国、メキシコ、カナダ協定)と名付けられた。新NAFTAには、原産地規則(北米で生産されたことを証明する規定)の強化が盛り込まれるなど、トランプ大統領の意向が強く反映されている。このため、日本は新NAFTAには参加していないものの、対米投資や域内の自動車部品調達の拡大等の日本企業の北米戦略の再編は不可避となっている。

TPP11が発効すれば、まず関税が削減され、貿易の流れが拡大する。日本市場では、牛肉に掛かる関税は現在の38.5%から16年目には9%になる。豚肉は高価格品には関税が掛からなくなり、低価格品には現在のキログラム当たり最大で482円から50円に削減される。また、10%以上もの関税が掛かっているトマト加工品、オレンジ、パイナップル、りんごなどの関税は段階的に削減され、最終的には遅くても11年目には撤廃される。

海外での携帯使用時に適用される国際ローミングでは使用料が軽減されるし、ベトナムでの小売り進出では2店舗目に適用される経済需要テストが一定期間後には撤廃される。また、日本や第3国に設置したサーバーからデータや通信販売が可能になる。つまり、データを保管するサーバーを必ずしも販売先の現地におかなくてもよくなり、域内での電子商取引が活発化する。

TPP11の発効により、日本企業はACFTA(ASEAN中国FTA)やAFTA(ASEAN自由貿易地域)、及びASEAN各国との2国間EPA(経済連携協定)、などの既存のFTAと比較を行い、様々なFTAの中で、どのFTAをどの時点で活用するかを判断しなければならない。

TPP11に続いて、日EU・EPAは2019年2月の発効を予定しており、日本はこの他に日中韓FTA、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)などのメガFTAの交渉を行っている。米国はEUとのFTA(TTIP)の交渉を中断しているが、2018年7月には通商協議を行い、2019年から米EU間の通商交渉を開始することで合意した。日米間の通商交渉(TAG)も米EUと同様に、これから交渉を開始する。

新NAFTAルールで北米産以外の部材の利用可能性が広がる

TPP11や日EU・EPAの発効の動きやRCEP交渉の進展が見込まれる中で、米中貿易戦争が激化するなど、日本を取り巻く通商環境が大きく変化している。こうした状況下で、日本のアジア太平洋でのFTA戦略は転換を余儀なくされている。中でも、TPP11とともに新NAFTA(USMCA)にどう対応するかが喫緊の課題となる。

新NAFTAの協定において、旧NAFTAから変更された最も重要な分野としては、言うまでもなく原産地規則が挙げられる。その中で、自動車分野で追加・修正された原産地規則は、今後の新NAFTA協定の運用において最も関心を集めている分野である。その自動車の原産地規則では、乗用車やライトトラックにおいては、最終的には「2023年1月から」、あるいは「発効から3年後」のいずれか遅い方で75%の域内原産比率の達成が求められている。最も短い場合では、「2020年1月から」、あるいは「発効1年目」のいずれか遅い方で66%の域内原産比率が要求される。さらに、完成車の生産では、鉄鋼・アルミの北米での域内原産比率は70%を満たすことが求められる。

自動車部品の原産地規則としては、補完部品(Complementary)や主要部品(Principal)では、経過期間を経て最終年ではそれぞれ65%や70%の域内原産比率が求められる。そして、自動車の基幹部品(Core)では、最終的には75%の域内原産の割合を満たさなければならない。さらに、エンジン、ギアボックス、車体、車軸、サスペンション、ステアリング、次世代電池のような最も重要な7つの自動車コンポーネントの域内原産比率では、単一の部品として計算可能であるとする条項が盛り込まれた。

自動車・同部品以外では、TPP11と同様に、化学品の加工工程において、「化学反応、精製、混合および調合、バイオテクノロジー・プロセス」などの特定の工程が加わっていることを要求する加工工程基準が導入された。繊維・アパレル製品においては、原産地規則を満たすには、特定の原材料(縫糸、ポケット裏地、ゴムバンド、被覆布等)が北米で生産されていなければならない。

また、USMCAの原産地規則では、時給16ドルの労働者が生産する自動車の割合が発効から段階的に上昇し、2023年1月か発効から3年後には、40%(乗用車)や45%(トラック)を占めることを要求する労働価値比率(LVC)、という基準の導入が盛り込まれた。自動車工場の平均賃金が16ドル以上であるカナダと米国ではLVCを満たすことは容易だが、平均賃金がその3分の1程度のメキシコでは難しい。

LVCを計算するには、平均賃金が時給16ドル以上の北米工場で生産された部品の年間購入額や時給16ドルの条件を満たす組立工場の賃金、が必要である(高賃金材料・製造費用に基づいた計算)。また、北米でR&DやIT(ソフトウェア開発や車両通信など)に携わる労働者の賃金、が求められる(高賃金技術関連費用に基づいた計算)。そして、乗用車の生産者が北米に平均賃金が時給16ドル以上のエンジン、トランスミッション又はアドバンスド・バッテリーの組立工場を保持又はそのような工場と長期契約を締結していることを証明する必要がある(高賃金組立費用に基づいた計算)。

これらの中で、特に「高賃金材料・製造費用」と「高賃金組立費用」に関しては、現時点のメキシコの工場でその賃金要件を満たすことは困難である。このため、自動車メーカーはカナダや米国に工場を立地するか、あるいは両国から自動車部品の調達を拡大せざるを得ない。この巧妙なルールの導入は、メキシコへの工場移転の阻止を狙ったものであることは疑いの余地がない。

したがって、USMCAが米加墨の議会で承認されれば、北米での企業の生産活動において、特に自動車・同部品の分野では、これまでよりアジアや欧州などからグローバルに部材を調達することが難しくなる。その代わりに、北米原産の部材調達の割合を高め、対米投資を促進し米国での現地生産の比率を引き上げるような圧力が高まることになる。これが北米での自動車生産のコストアップにつながることは疑いない。

しかしながら、必ずしもUSMCAの規定の全てが日本企業にネガティブに作用するとは限らない。新NAFTAでは自動車・同部品を中心に原産地規則の基準が厳しくなったものの、同時に、域内原産比率の計算で高水準に引き上げられた付加価値比率の達成を助ける新たなルールが導入された。

例えば、USMCAでは域内原産比率の計算で域内産の品目別基準を満たしていれば、非原産材料を使用したとしても、それを100%原産材料とするロールアップ基準を認めている。また、TPP11と同様に、域内で行われた「非原産材料の加工に係る価額」、「非原産材料の生産に使用された原産材料の価額」を原産割合の1部として換算することができる完全累積の概念が導入された。それに、デミニマスという規定により、旧NAFTAでは北米域外からの原材料は製品価格の7%までは非原産材料にカウントされなかったが、新NAFTAでは10%まで考慮されないことに変更された。これにより、北米産以外の部材の利用可能性が拡大することで、これまでNAFTA税率が適用されなかった製品がUSMCAの低関税率の対象になる可能性を増すことになる。

しかも、USMCAの原産地規則を満たすならば、米国のメキシコとカナダからの乗用車の輸入は260万台まで、ライトトラックの輸入は数量無制限で米通商拡大法232条による追加関税(25%?) の対象から外れることになる。自動車部品については、メキシコからの輸入額は1,080億ドルまで、カナダからの輸入額は324億ドルまで追加関税の対象外となる。すなわち、USMCAのサイドレターで約束された232条適用除外の上限を超えなければ、原産地規則を満たしている場合は自動車・同部品の関税は無税、例え満たさなくても乗用車の関税は2.5%で済むことになる。

ここでポイントとなるのは、米国のメキシコとカナダからの対米自動車・同部品輸入における232条の回避枠にまだ余裕があるということである。2017年の米国のカナダとメキシコからの乗用車の輸入台数は180万台前後であるし、自動車部品の輸入出額ではカナダからが178億ドル、メキシコからが495億ドルであった。すなわち、カナダやメキシコの日系自動車関連子会社は、これからも米国のカナダやメキシコからの自動車・同部品の輸入を拡大できる余地があるのだ。それに、前述のようにデミニマス基準やロールアップ、及び完全累積を活用すれば、北米産以外の部材の活用を増やすことができる。

以上のように、USMCAの原産地規則は複雑であり、個々の業種や品目によってその北米やそれ以外の国・地域からの調達戦略が変わってくるので、十分にその内容を吟味・分析した上で、サプライチェーンの再編を検討することが必要になる。