ITIコラム

2019年8月23日

 

「トランプしか見えなくなる症候群」の向こう側

鈴木 裕明
(一財)国際貿易投資研究所
客員研究員

 

SNSに登場する「TDS」

G20後の米朝首脳会談が「ツイッターから生まれた」と言われる(真偽のほどはともかく)など、世界の動きを見るうえでSNSのフォローは必須かつ有効な手段として定着してきている。しかし、英語のツイッターアカウントをフォローしていると、しばしば、新しい英略語が出てきて戸惑うことがある。

近年、米国関連で見かける英略語に、「TDS」がある。グーグルで検索すると、初めに出てくるのは東京ディズニーシーで、以下、この関連のサイトが並ぶが、もちろん、ここでいうTDSは人気テーマパークのことではない。これは、Trump Derangement Syndromeの略語であり、日本語にすれば、Derangementは攪乱、錯乱など、おかしくなることを意味する。直訳すれば、「トランプ攪乱症候群」。TDSが使われる用法としては、「アンチトランプ陣営は、トランプ嫌いがあまりに募って、トランプのやることなすこと全てを非難する、TDSに陥っている」といったアンチトランプへの批判が多いが、逆に、「トランプ支持者は、トランプのやることなすこと全てを称賛する、TDSに陥っている」といったトランプ支持者への批判に使われることもある。TDSに罹患すると、冷静かつ論理的な分析・判断が失われ、トランプの一挙手一投足ばかりに目が行くことになる。思い切って意訳してしまえば、「トランプしか見えなくなる症候群」とでもなろうか。

アンチトランプ陣営がTDSに罹患した場合には、往々にして、米国でうまくいかないことは、全てトランプの悪政によるもの、ということにすらなってしまう。トランプの大統領就任後しばらくは、強烈な個性ゆえに、新政権の政策やその運営に関して彼自身の特殊性がもたらすものとする見方が広まっていた。したがって、2020年の大統領選挙においてトランプが落選しさえすれば、米国の政策は元に戻り、それによってトランプ政権下で米国が抱える諸問題も改善に向かうといった論調が多かった。いや、依然として多いと言えるだろう。しかし、この種の「トランプ主犯論」は、気を付けないと、まさにTDSに陥っている危険性がある。

この言い方は、ブッシュ(子)大統領の時も(=Bush Derangement Syndrome)、オバマ大統領の時も(=Obama Derangement Syndrome)あったもので、トランプになって生まれた言葉ではない。しかしそれでも、トランプの言動が過去の大統領には見られなかったほどに激しく、その分、アンチトランプ層のトランプ嫌いもまた激しくなっているだけに、TDSが生じる(しかも強烈に生じる)地合いが十分に出来ているといえる。

TDSに陥ると思考停止に繋がる。為政者がなぜそうした政策を進めるのか、それを為政者の個性だからで片付けてしまっては、その背景にある国民の考え方への目配りが疎かになる。そもそも米国は民主主義国家であり、大統領は、選挙戦時はもちろん、平常時においても常に民意を汲む必要性がある。その意味で、いくらトランプの個性が強烈であったとしても、彼の存在や政策は、あくまで民意の結果である。為政者が民意に影響を及ぼす面から、両者の間に相互作用はあろうが、より重要なのは、トランプのキャラクターではなく、トランプを生み出した民意が何かであるはずだ。

トランプ政権の支持率は、現状、政権発足後の推移の中では比較的高水準を維持している。その支持のほとんどが共和党支持者によるものであるにせよ、トランプは米国民のおおよそ半分弱(40%台)の支持を得て、支持者の喜ぶように振る舞っている。「トランプが悪い」だけで済ませてしまっては、事の本質を見失う。

「彼女を送り返せ」の背後にある恐怖感

トランプは、SNSを駆使し、ある種の炎上商法を以て、敵対勢力を非難する。支持者は喜び、非難された側はトランプ以上に言葉を極めて反撃に出る。この盛大な「バトル」がゆえにアンチトランプ層は「トランプの異様さ」にばかり注目してしまうわけだが、上述のように、より検証が必要なのはその背景にある民意である。

最近の例を挙げれば、7月、下院のオカシオコルテス議員やオマール議員ら急進左派の非白人女性議員による攻撃的な発言に対して、トランプが、そんなに米国が嫌いであれば母国(”places from which they came”)に帰ったらどうかという主旨のツイッターなどを繰り返した。これが、人種差別的であるとして「炎上」した。

これもまた、トランプの発信する言葉を追い、トランプが人種差別的であると糾弾するだけで方のつく話ではない。その後、共和党のトランプの選挙集会において、「彼女を送り返せ(Send her back)!」とのコールが聴衆から湧き上がるという「事件」が起こった。この「事件」はトランプが「煽った」という面もあろうが、本質的には、トランプ支持層の中に、オマール議員たちを敵視する人々がたくさんいたという現実があっての話である。

米国内では、経済観や宗教・信条、さらには人種などダイバーシティへの考え方に関しても、これまでにない分断が出来上がっている。今回の「戦い」の両サイドコア支持者層の特徴的な点(各々全員がそうというわけではないが)を対照してみれば、トランプ側は、白人・地方在住・キリスト教保守・伝統的家族観に対して、急進左派側は、これらの要因いずれについても逆(白人ではない・大都市在住・キリスト教保守ではない・伝統的家族観でない)となろう。人口動態的には後者が着実に増加しており、非白人(ヒスパニック系を含むいわゆるマイノリティ)がマジョリティになっていこうとする中で、前者には大変な恐れがある。

これは理屈だけではなく、すぐれて感情的なものでもある。したがって、前者の人々が抱く恐怖や不安は、理屈で押さえ付けようとしても水面下に籠るだけで、負の感情が消えることは無い。むしろダイバーシティの重視など、後者が理(政治的正当性)において勝る部分が多いからこそ、前者の人々はうまく抗弁できずに、なおさら、負の感情が鬱屈・醸成され、それがより強い反感へと変わる。誰かが、その蓋を開けさえすれば、感情は簡単に爆発する。この問題を理屈で押さえようとしてきたのが民主党であり、オバマであったとすれば、蓋を開けてみせたのがトランプということになろう。では、蓋を開けた後はどうなるのか。先行きは見えない。

これとよく似たことは、欧州の移民排斥やBREXITなど、世界中で起きている。蓋を開ける政治家をポピュリストと蔑称したところで、何の解決にもならない。人は感情でこそ動くものだという点を織り込んだ上で、そこに如何に正論を落とし込んでいくか、この困難な課題が政治に問われる状況となっている。

行き止まりが見える左旋回

このツイッター炎上騒動に関して、TDSに陥ると見逃してしまう問題は、急進左派側にもある。

そもそも、トランプが一連のツイートを発出するきっかけの一つには、急進左派議員による民主党首脳部への激しい突き上げがあった。オカシオコルテス議員は、自分たちの主張を取り上げない民主党のペロシ下院議長に対して、「彼女は、新しく選出された有色人種の女性議員のことを明らかに別扱いしている」と非難、これが、オカシオコルテス議員がペロシ議長を人種差別的と示唆したものとして報じられた。これに対してトランプは、「彼女は人種差別主義者ではない。人種差別者呼ばわりする急進左派議員たちは、ペロシ議長を侮辱している」と、ペロシの肩を持つ発言をした。また、トランプはケネデイ上院議員(共)の、このまま左へ左へとシフトしていけば民主党は壊れてしまうという主旨の発言を、ツイッター上に流している。

トランプのこれらの発信は、民主党に対する揶揄、党内分裂の煽り、あるいは、単に思い付いたままなど、見方はいろいろあろうが、このままでは民主党が壊れてしまう危険性も、ペロシを人種差別主義者と示唆する言葉遣い(オカシオコルテス議員の本意ではなかったにせよ)が不適切であることも、民主党をめぐる状況に対する発言としては的を射ている。ここでTDSに惑わされずに見据えるべきは、民主党の左旋回である。

実際、民主党は左派色を強めている。そもそも、2006年にペロシが下院議長に初めて就任した頃は、ペロシは人権擁護を強く主張する党内左派として知られていた。それが15年も経たないうちに、いつの間にか、オカシオコルテスなどの急進左派から突き上げを受ける立場に変わっている。まさに、今昔の感、である。

この騒動の裏で、予算をめぐる超党派合意が成立しているが、これを取り纏めたのもペロシ議長である。放漫財政になっているとの批判はあるものの、民主党、共和党、それに大統領がそろって妥結したものだ。下院での採決結果は、民主党は235議席中で賛成219票と大半の議員が賛成票を投じた。しかし、今回のトランプのツイッターの対象となった急進左派議員4名では、賛成2票、反対2票と二分された。

民主党の中で急進左派グループが増加してきている一方で、米国民全体でみれば、「そこまではちょっと」という中道層が依然としてボリュームゾーンになる。したがって、民主党が左旋回を続けても、行き場はない。今回の「炎上」も、風が吹けば桶屋が儲かる式に、ぐるっと回ってトランプ再選の後押しになるものとする見方が強い。そのロジックはこうだ。まず、トランプが民主党の急進左派を攻撃すれば、それまで民主党内の「跳ね返り分子」として彼女たちを敬遠していた民主党首脳部としても擁護に回らざるを得なくなる。また、民主党支持者=アンチトランプ層は、「炎上」で巻き起こるトランプ憎しのエネルギーの高まりを、民主党の中道・主流派ではなく、トランプを誰よりも厳しく批判し、トランプとの「戦い」の矢面に立っている急進左派の支援へと振り向けることになる。しかし、大統領選挙の本戦においては、民主党の最終候補者が左派へとシフトすればするほど、中道・無党派層が民主党離れすることになり、結果として、トランプを利することになる。そして、それが分かっていても、急進左派がトランプに攻撃されれば、民主党首脳部は急進左派を擁護せざるをえない。

情でも理でも対立

こうした民主党の左旋回が進む理由としては、①民主党支持層の中でも貧富の格差拡大が進んでいること、そして②民主党主流派が低所得層の「思い」に寄り添えていないことがあげられるのではないか。時間を少し遡ってみれば、リーマンショックの後、オバマ政権が金融危機を収束させるために金融機関の救済を図ったことは、経済政策としては必須であり合理的なことであった。しかし他方において、学生ローン返済や就職難に喘ぐ低所得若年層にしてみれば、政権は金融機関と癒着して彼らだけを助け、自分たちは見捨てられているとの思いを強く持つに至った。それが、2011年に「我々は99%だ」をスローガンとして、所得上位1%への富の集中や金融機関への政策対応などを批判した「ウォールストリート占拠」運動を呼び起こした。格差への手当てと、低所得層の「思い」への手当て、このいずれかが十分に出来ていれば、運動はあれほどの広がりを見せなかったかもしれない。近年の急進左派の増加も、本質的には、この「99%」運動と同根であろう。

ただし、急進左派の主張の要は政府の役割の大胆な拡大であり、一部には「大幅な財政赤字も怖るるに足らず」とするものもあるなど、共和党は無論、民主党中道派の考え方からも外れる。まさに、「急進」である。さらには、理(経済理論)の部分のみならず、情(思想信条)の部分においても、政府からの支援も介入も嫌悪する米国保守の考え方とは真っ向対立する。この保守において顕著な思想は、いわば米国建国以来の伝統的なものともいえるが、急進左派およびその支持者層にはこれを斟酌する気配はない。対立を激化させる保守と急進左派間において妥協点を見出すことは、現時点では想像すらできない。

こうした急進左派の主張を支えうる経済理論として注目されつつあるのが、現代貨幣理論(MMT)である。MMTによれば財政赤字拡大を問題視する必要はなく、そのため、たとえば国民皆保険や環境投資などに大盤振る舞いできることになり、こうした政策を推進しようとしている民主党の左派政治家にとっては格好の「お墨付き」となる。MMTが成立するためには実現が疑問視される諸条件を満たす必要があることから、主流派経済学者の多くはこの理論を否定する。しかし、そうした批判をものともせず、オカシオコルテス議員はMMTの支持を打ち出す。

米国の低所得層にとっても、左派の示す財政拡張による国民皆保険制度などは魅力的であろう。保守派は、こうした政治家たちを左派ポピュリストと非難する。しかし、低所得層の生活の困窮と、そこから生じる負の感情に寄り添うことがなければ、その非難が低所得層の心に届くことは無いだろう。この点は、トランプの言動に対する左派の非難が、トランプ支持層に届かないことと同様である。

さらには、民主党中道派も、党のこれ以上の左旋回を止めるためには、やはり、低所得層の感情に寄り添い、その上で現実的な政策を打ち出していく必要がある。ところが、今起きていることは、むしろ、中道派が低所得層の感情への理解を進めないままに、ただ急進左派によるポピュリスト的主張に寄せていっているようにも見受けられる。

TDSの向こうに透けて見える現状は、共和党にとっても民主党にとっても極めて困難なものであり、米国民の分断・分極化も、しばらくは止められない模様である。