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2014/05/15 No.190EU銀行同盟の行方(その2)-破綻処理一元化法(SRM)を採択-

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

監督一元化は本年11月から始動

EU銀行同盟(Banking union)あるいは金融統合は、ユーロ危機や金融危機に迅速に対応するために、EU(基本的にはユーロ圏)加盟国が統一的に運用する金融安定化のための制度的および法的な枠組みである。

銀行同盟の重要な構成要素である銀行監督一元化(single supervisory mechanism;SSM)、銀行の破綻処理制度一元化(single resolution mechanism;SRM)、および銀行の預金保険制度一元化(deposit guarantees scheme; DGS)の3つの柱のうち(注1)、SSMについては、一昨年からのEU首脳会議、EU財務相理事会、ユーロ財務相会合、欧州議会、加盟国など、様々なレベルでの度重なる協議と調整を経た結果、EUは他の2つの柱に先行して、本年11月から各国当局が担当してきた銀行監督権限をECB(欧州中央銀行)に完全に一元化することを決定した(注2)。欧州議会は昨年9月、SSM法案を可決していたが(注3)、法案採決にあたって、銀行監督権限がECBに集中した場合、ECBの銀行監督業務での民主的な説明責任と透明性の確保が課題であるとして、ECB内に設置される銀行監督委員会の議事録作成などいくつかの条件を付けていた。最終的には、これらの課題について、欧州議会とECBとの間で合意が成立した。SSMの全面的稼動によって、ユーロ圏の全銀行約6,000行のうち、ECBが大手銀行128行を集中的に監視し(注4)、残りの中小銀行は引き続き各国の監督当局が担当することになる(必要に応じてECBも直接監督権限を行使できる)。また、非ユーロ圏のEU加盟国も希望すればECBとの緊密な協力の下でSSMに参加できる。

フランスなどの南欧加盟国が合意を急ぐように強く求めていた理由は、財政危機と金融危機との悪循環(vicious circle)を断ち、2012年10月に発足した欧州安定メカニズム(ESM)の資金を最大600億ユーロまで経営不振のユーロ圏の銀行に直接注入できるようにするためには(注5)、SSM導入が必要条件となるからである。

ECBはSSM導入の正式決定をうけて、完全に統一された銀行資産の査定基準に基づいて、ユーロ圏18カ国(本年1月から統一通貨ユーロを導入したラトビアを含む)の大手銀行128行の貸借対照表を点検する資産査定(AQR: Asset Quality Review) をすでに昨年11月から始めており、国債急落など資産が毀損する場合への耐性評価をするストレステスト(Stress Test)も今夏には始まり、本年10月には審査を終える予定である(注6)。

破綻処理一元化でようやく合意

銀行同盟に向けての最優先課題であるSSMの本年11月からの全面的導入時期が決定したことを受けて、次の重要なステップは、ユーロ圏(SSMに参加する非ユーロ圏国を含む)の銀行監督一元化を補完するためとして、銀行同盟の第2の柱に位置付けられている破綻処理制度一元化(SRM)を迅速に実現することである。SRMは、基本的には破綻銀行処理の権限を持つ単一破綻処理機関と単一破綻処理基金の設立を中核的要素とするものである。欧州委員会は昨年7月、銀行破綻処理一元化規則案を発表(注7)、現在の欧州議会の任期が終わる本年6月までに採択し、来年1月からの本格稼動を目指している。昨年春のキプロス金融支援では銀行の破綻処理が場当たり的な対応に終始して大きな混乱を招いたことから、特にユーロ圏政府の間ではSRM実現の緊急性が認識されていた。

そのため、EUは昨年6月、域内の銀行の破綻や救済時に公的資金の注入を必要最低限に抑えるため、預金保険の対象となる10万ユーロ以下の預金者には一切負担を求めない一方、株主や債券保有者、大口預金者など投資家に一定の負担を求めるなどの破綻基準の統一ルールについて合意した(注8)。また、英国やスウェーデンなど非ユーロ圏を中心に、各国の情勢にあわせて、破綻処理ルールには柔軟性を持たせるべきだと意見が多く出され、一定の条件を付けたうえで、各国の監督当局に裁量権を与えることになった(注9)。すでに昨年12月に関連の銀行破綻処理法案が欧州議会で承認されている(注10)。

他方、ユーロ圏内にある銀行が対象となる(非ユーロ圏のSSM参加国を含む)欧州委員会のSRM規則案では、銀行の負担で拠出して,銀行預金額の1%に相当する550億ユーロ規模の統一基金(SRF)を10年かけて創設し、経営破綻に対応するとしている。ECB,欧州委員会、SRM参加国の政策責任者らで構成する単一破綻処理委員会(Single Resolution Board:SRB)が銀行破綻処理について協議,その勧告に基づき、最終決定は欧州委員会が担う内容になっている(注11)。

しかしながら、自国の納税者の負担増につながりかねないリスクがあること、欧州委員会が、銀行監督とは異なり、破綻処理について現行のEU基本条約(リスボン条約)にない権限を行使しようとしている、という2つの理由から、ドイツのメルケル首相やショイブレ財務相らがSRMの導入に強く反対していた。ドラギECB総裁のように、SRMそれ自体に賛成しているものの、SSMの権限行使をする立場から、「意思決定の過程が過度に複雑で、資金も不充分となる可能性がある」との懸念を示すなど、事態は複雑になっていた(注12)。「有効性があり、法的に妥当で、即効性のある破綻処理の仕組みをユーロ圏は必要としているが、この3つのトリレンマの解決こそがEUの当局者に突きつけられている課題であった」(注13)。その後、調整が難航していたが、ようやくにして昨年末のEU財務相理事会での政治的妥協が成立し(注14)、EU首脳会議で正式に了承された。しかしながら、欧州議会などからは「合意内容をそのまま実施すれば、危機対応における最大の誤りだ」と、破綻処理制度の不備に対する批判が相次ぎ、欧州議会が理事会合意内容のままで法案を可決するかどうか非常に危ぶまれていた(注15)。

欧州議会、関連法案を採択

財務相理事会の合意内容が「必要な手続きが複雑であることや、意思決定が多層化する可能性、当初は域内共通の資金的なバックストップ(危機防止装置)が存在しないことから、この不安定な新制度は機能しない」と、欧州議会などからの厳しい批判に晒されたことは前節で説明した(注16)。別表は欧州委員会案と財務相理事会の合意案の争点を整理したものである(注17)。

欧州議会が基本的に支持している欧州委員会案は、全般的に欧州委員会の権限を強化するもので、超国家的な特徴があるのに対して、ドイツの意向が強く反映している理事会合意案は、各国の主導権を欧州委員会から理事会(加盟国)に奪回している点で、政府間主義的な性格が強く出ている。

表 銀行破綻処理制度の一元化(SRM)の争点

表 銀行破綻処理制度の一元化(SRM)の争点

 

欧州委員会原案
(欧州議会が基本的に支持)

閣僚理事会修正案
(ドイツの意向を反映)

特徴

超国家的

政府間主義的

破綻処理の最終決定権の所在

欧州委員会(破綻処理委員会の勧告に基づく)

閣僚理事会(破綻処理委員会の決定に介入できる)

破綻処理委員会が直接管轄する銀行の範囲

参加国の全銀行

「重要」とみなされる銀行、国境を越えた銀行グループ

破綻処理基金の導入形態

SRM規則
(導入時から共有)

SRM規則と政府間協定
(10年かけて共有)

(出所)庄司克宏「欧州銀行同盟の規則案」(経済教室、日本経済新聞)(2014/01/21)

第1の争点は、破綻処理の最終決定権者を欧州委員会にするのか、理事会(加盟国)にするのかという問題である。ドイツが強く反対した理由は、EU基本条約(リスボン条約)に規定されている現行の欧州委員会の権限を超えるものであり、したがって、基本条約を改正しない限り、このような権限を認めるわけにはいかないというものである。合意案では、破綻処理委員会の決定、この決定に対する欧州委員会の提案、その提案に対する理事会の拒否権・修正権がある。このように、手続きが複雑化して、迅速な破綻処理ができない畏れがあるため、ドラギECB総裁が強い懸念を示したり、欧州議会が厳しい批判を表明したことは、前述したとおりである。

第2の争点は、破綻処理委員会が直接に管轄する銀行の範囲をどうするのかという問題である。欧州委員会案では、単一銀行監督機構(SSM)が対象とする約6,000の全ての銀行を対象とするというものであるが、合意案ではECBは直接監督する「重要」とみなされる銀行(SSMでは128行)や、国境を越えた銀行グループに止まり、その他の銀行については原則として、各国監督当局が破綻処理の業務に当たるとしている。

第3の争点は、破綻処理基金の導入時期をいつからとするかという問題である。欧州委員会案では、SRM規則が一本化されて、参加国の銀行預金額の少なくとも1%相当(550億ユーロ)が銀行による分担金で基金として10年かけて積み立てられ当初から共有化される。これに対して、合意案では、SRM規則と政府間協定の2本立てとなっている。このうち、政府間協定に基づいて、10年かけて参加国の銀行預金額の0.8%相当が銀行の分担金によって国内で積み立てられてから単一破綻処理基金に移されるが、当初は各国の持分として扱われ、毎年10%ずつ共有化されるとなっている。

以上のように、合意された一元化策はドイツの意向が大幅に取り入れられたものであり、「各国が生み出した、不格好で安定性に欠ける妥協の産物の典型」といった厳しい評価がなされたのである(注18)。SRM法案の採択には、欧州議会の同意が必要だが、欧州議会は加盟各国の関与が大きすぎて、金融危機が起きた場合の対応力に欠けると難色を示して、理事会合意案の見直しを強く求めていたが、ようやくにして、本年3月、欧州議会とEU財務相理事会との間で合意が成立し、4月には欧州議会は関連法案を採択した(注19)。

SRM導入は15年、始動は16年から

そこで、合意の主な内容を簡単にみてみると、まず、破綻処理の最終的認定権限については、銀行が経営困難に陥っているかどうかの判断は、ユーロ圏の銀行監督を一元的に担当するECBが行い、ECBからの通告を受けて、単一破綻処理委員会(SRB)(委員長、副委員長、4人の常任委員、SRM参加国当局者で構成される)が破綻処理スキームを決定する。欧州委員会あるいは理事会はSRBの破綻処理スキーム案に賛成するか、反対するかの役割を果たす。いずれかが反対する場合、SRBはこのスキーム案を修正しなければならない。いずれにしてもECBが破綻認定で主要な役割を果たすことで、意思決定の迅速化が図られている。

次に、破綻処理基金の規模については、欧州委員会案と同額の550億ユーロとし、基金の創設当初は各国別の基金を設けるが、基金の導入当初は40%が共有され、2年目は共有基金が60%分に引き上げられ、残る6年間で完全に共有できるようになるのは、当初案の10年から2年前倒しして8年後と短縮された。8年間の移行期間のプロセスは、政府間協定で規定される(注20)。本年4月、欧州議会もSRM法案を可決したことから、来年1月からSRMが導入され、2016年1月から稼動する予定である。

EU銀行同盟の制度設計の残された課題は、加盟国間の意見対立が最も深刻な第3の柱である預金保険制度一元化(DGS)である。すでにEU域内の預金保険スキームについては欧州議会で関連指令が採択されているものの、DGSの議論はあまり進んでいない。EU、とりわけユーロ圏は、早急にこの課題に取り組む必要がある。

注:

1.金融機関の健全性規制の統一化(単一ルールブック)を第4の柱とする論者もいる(山口、2013)。

2.銀行監督一元化を巡る加盟国間の争点などについては、田中(2013)を参照のこと。

3.関連法規として、「銀行の健全性監督に関わる特別業務をECBに委ねる理事会規則」(No.1024/2013)および「理事会規則No.1024/2013に関して、欧州銀行監督機構(EBA)設立規則(No.1093/2010)を修正する欧州議会・理事会規則(No.1022・2013)がある。

4.資産規模が①300億ユーロ以上か、②資産規模が50億ユーロ以上で所在国のGDPの20%以上か、③各加盟国の上位3行か、④国内経済にとって重要性が高いとECBが認めた銀行か、⑤国境を越えた事業活動が大きいとECBが判断した銀行か、⑥公的支援を受けたかあるいは申請した銀行かのいずれかの基準に該当する大手銀行がECBの直接監督対象になる。総銀行資産の約85%を占める。

5.EMSの新ルールでは、ユーロ圏諸国政府は、自助努力で救済対象となる銀行の健全性を示す「中核的自己資本(コアティア1)」の比率を4.5%(健全行としての最低基準)まで高めることが求められる。その上で、追加で必要な資本をEMSが80~90%、対象国が10~20%の比率で負担して、注入することになっている。

6.European Central Bank(ECB) (Note 2013)

7.European Commission (IP/13/674)

8.Council of the European Union (11646/13 PRESSE300), European Council(EUCO 104/2/13 Rev2)

9.日本経済新聞(2013/06/27)

10.銀行再生・破綻処理指令(Bank Recovery and Resolution Directive:BRRD)

11.European Commission (IP/13/674)、ジェトロ(2013/07/12),日本経済新聞(2013/07/11)

12.Financial Times(December17,2013)

13.Financial Times(July12,2013)、日本経済新聞(2013/07/13)

14.Council of the European Union (17602/13 PRESSE564)、ジェトロ(2013/12/20)

15.Reuters(2013/12/20)

16.Reuters(2013/12/24)

17.本節は 、庄司論文(2014)に多くを負っている。

18.Reuters(2013/12/24)

19.European Parliament(20140411IPR43458-2/2),「単一破綻処理メカニズム(SRM)を構築する規則案」「銀行再生・破綻処理指令案(BRRD)」「預金保険スキーム(DGS)に関する指令案」の3つの関連法案。

20.European Commission( Statement,14/77)、ジェトロ(2014/04/28)

参考資料:

・庄司克宏(2014)「欧州銀行同盟の規則案」(経済教室、日本経済新聞、2014/1/21)

・田中友義(2013)「EU銀行同盟の行方(その1)」(フラッシュ175、国際貿易投資研究所、2013/10/22)

・ジェトロ(2013)(2014)「世界のビジネスニュース」(EU,ユーロ圏)(日刊通商弘報)各号

・山口綾子(2013)「欧州銀行同盟の進捗状況-ユーロ危機の解決策となるか?」(Newsletter,No.24,2013,国際通貨研究所、2013/08/23)

・日本経済新聞

・Council Regulation(EU)No.1024/2013 of 15 october2013 conferring specific tasks on the ECB concerning policies relating to the prudential supervision of credit institutions (OJL287/63,29.10.2013)

・Council of the European Union :Press Release(11646/13 PRESSE300,26 and27June2013)

・Council of the European Union :Press Release(17602/13PRESSE564,18December2013)

・European Central Bank(ECB): Banking Supervision,; Note on Comprehensive assessment(23October2013)

・European Council :Conclusions(EUCO 104/2/13 Rev2,28June2013)・European Commission: European Parliament and Council back Commission’s proposal for a Single Resolution Mechanism: a major step towards completing the banking union(Statement14/77,20March2014)

・European Commission :Commission proposes Single Resolution Mechanism for the Banking Union(Press release IP/13/674,10July2013)

・Regulation(EU)No.1022/2013of the European Parliament and of the Council of 22 october 2013 amending regulation(EU)No.1093/2010 establishing a European Supervisory Authority(European Banking Authority) as regards the conferral of  specific tasks oh the ECB pursuant to Council Regulation(EU) No.1024/2013 (JOL287/5,29.10.2013)

・European Parliament:Press Release(20140411IPR43458-2/2,15/04/2014)

・Financial Times

・Reuters

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