一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2014/06/09 No.1912014年6月5日にECBが公表した金融政策について

川野祐司
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
東洋大学経済学部 准教授

1.はじめに

ECB(欧州中央銀行)は,2014年6月5日の政策理事会において,数多くの政策を決定した.預金金利をマイナス0.10%に引き下げ,量的緩和に踏み込まなかったことが話題になっているが,実際にはユーロ版量的緩和ともいえる政策に踏み込んでいる.

6月5日に公表された金融政策は3つに大別できる.第一は政策金利の変更で,マイナス金利への引き下げも含まれる.第二はフォワードガイダンスに関するもので,無制限資金供給政策の延長を公表した.第三は銀行への直接的な資金供給であり,ターゲット長期オペという新しい政策が導入されている.

第2節では,6月5日の政策に関して,これまで実施されていた主な政策について概説する.これまでの政策について情報がある読者は飛ばして第3節からお読みいただきたい.第3節では,6月5日の政策を解説する.第4節はこれらの政策の効果と評価を試みる.

なお,ユーロの金融政策主体はユーロシステム(Eurosystem:ECBにユーロ導入加盟国中央銀行を加えたもの)であるが,本稿では日本でよく使われているECBを用いることにする.

2.6月4日までの主な非伝統的手段

2008年の危機以降,ユーロエリアの金融システムは脆弱になり,2009年のギリシャ危機も金融システムの脆弱性をさらに大きくした.ECBは政策金利の引き下げと流動性の供給で対応した.この間,伝統的な金利政策や法定準備率の引き下げだけでなく,様々な非伝統的手段も用いられてきた.ここでは,6月5日の政策に関する非伝統的手段について概説する.

(1)公開市場操作
ECBは,定期的に実施する主要オペ(Main Refinancing Operations:MRO)と長期オペ(Longer-Term Refinancing Operations:LTRO),非定期で実施される微調整オペと構造オペの4種類の公開市場操作を持っている.このうち,主要オペと長期オペが重要な政策手段であり非伝統的手段が導入された.もともと公開市場操作は複数金利方式で実施されていた.公開市場操作は入札方式で実施されるが,銀行は希望金額と希望金利の両方を提示し,より高い金利から落札される.しかし,より多くの資金を投入するため,金利の競争を廃止して,金額も銀行が提示した全額を適用するようになった.事実上無制限の資金供給となる.公開市場操作に参加するためには,銀行は調達した資金に見合うだけの担保をECBに差し出す必要があるが,受け入れ可能な担保の範囲も拡大されている.

(2)満期3年のLTRO
ECBは2011年12月と2012年2月に,満期3年の長期オペ(LTRO)を実施した.通常の満期3か月のLTROとは異なり,満期が3年と長かった.全額落札方式が適用され,2011年12月には4892億ユーロ,2012年2月には5295億ユーロの資金が供給された.満期は3年であるが,繰り上げ返済も可能である.

(3)SMP(証券市場プログラム)
SMP(Securities Markets Programme)は2010年5月に導入された.イタリアやスペインなどの国債購入により金融市場の安定を目指す政策である.資金の供給を目的としたものではないため,国債の購入により市場に増えた資金を吸収するための微調整をオペを実施している.これがSMPに伴う不胎化政策である.SMPは導入されてから2011年3月まで実際の購入はなかったが,現在は1600億ユーロまで買い入れ額が増えている.

(4)買い切りオペ
2012年9月に,OMT(Outright Monetary Transactions:国債買い入れプログラム)が導入された.これは,国債の流通市場でECBが国債を買うオペである.EU条約ではECBが国債を直接購入することは禁じられているが,流通市場において,ESM(European Stability Mechanism:欧州安定メカニズム)のマクロ経済調整プログラムや(macroeconomic adjustment programme)早期警戒プログラム(precautionary programme)が適用されている場合のみ実施するものである.SMPと同様に不胎化操作が実施される.

ECBの非伝統的手段には,政策が適用される期限が設定されているものが多い.その期限が来るまでは緩和政策が続くと保障されており,このような期限の公表をECBはフォワードガイダンスだとしている.

3.6月5日の政策手段

6月5日の政策手段は3つに大別される.以下,それぞれ見ていくことにしよう.

(1)政策金利の引き下げ
ECBは3つの政策金利を持っており,コリダーを形成している.主要オペ金利が重要な政策金利であり,貸出金利は銀行がECBの限界貸出ファシリティから資金を借り入れる際に適用される金利であり,市場金利の上限を画す.また,預金金利は余剰資金をECBの預金ファシリティで運用する際に適用される金利であり,市場金利の下限を画す.このような仕組みをコリダーという.変更は,

 *貸出金利を0.75%から0.40%に引き下げる.
 *主要オペ金利を0.25%から0.15%に引き下げる
 *預金金利を0.00%からマイナス0.10%に引き下げる

であり,6月11日より適用される.マイナス金利が適用されるのは,準備預金制度で必要とされる金額を超える部分(超過準備),一定額(執筆時点では未発表)を超える政府預金,準備預金管理サービス口座で付利されていない部分,ユーロの決済システムであるTARGET2残高(ユーロを導入していない国の金融機関にも適用される),ユーロが導入されている加盟国中央銀行口座の残高(銀行以外の金融機関も含む)となる.対象範囲が広いのは,預金ファシリティから類似のファシリティに資金を移してマイナス金利の適用を逃れることができないようにするためである.

(2)2016年12月までの政策
2014年6月までとされていた主要オペと長期オペにかかわる特別措置の期間が2016年12月まで延長された.

 *MROは固定金利入札で全額落札方式.
 *3か月の通常のLTROは固定金利入札で全額落札方式.金利はMRO金利相当.
 *6月10日以降,期間1準備期間の特別期間オペ(special-term refinancing operations)を停止
 *SMP(Securities Markets Programme)にかかわる微調整オペ(fine-tuning operation)の不胎化を停止

はじめの2つは,フォワードガイダンスの延長である.ECBは少なくとも2016年12月までは事実上無制限の資金供給を行うと宣言したことになる.しかし,次の項目で紹介する資金供給手段(TLTRO)は2018年が期限であるため,フォワードガイダンスの延長は,2016年までとも2018年までともいえる.

SMPの不胎化の廃止とは,これまでECBはSMPを資金供給の手段に用いないとする方針を撤回するものである.SMPの残高は1650億ユーロに上り,不胎化の廃止により同額の資金が新たに供給されることになる.

(3)新たな資金供給策
ここでは,2つの政策がアナウンスされた.いずれも,ECBからの新たな資金供給策である.

 *ABS(Asset-Backed Securities:資産担保証券)の買い切りオペ(アウトライトオペ)
 *ターゲット長期オペ(Targeted Longer-Term Refinancing Operations:TLTRO)の導入

ABSの買い切りオペの詳細は執筆時点では明らかにされていないが,ECBの買い切りプログラムが国債を超えて広い範囲の証券にまで及ぶことを意味する.

TLTROは,これまで実施されている長期オペに追加されて実施されるものであり,銀行の民間への貸出を促すものである.今後,3か月に1度のペースで実施され,すべてのTLTROの最終的な返済期限は2018年9月となる.TLTROの借入金利は満期までの平均的なMRO金利プラス0.10%であり,銀行は金利を償還時にECBへ支払う.

現時点で判明しているTLTROの詳細は以下のとおりである.まず,銀行の貸出という言葉は,銀行によるユーロ地域(euro area)の家計や民間非金融機関への貸出額を指しているが,家計に対する住宅ローン向け貸出は除かれている.TLTROが住宅価格の上昇を招かないようにする配慮だと考えられる.第1回目のTLTROでは,銀行は各行とも貸出残高の7%まで借り入れることができる.貸出残高の計算の基準日は2014年4月30日となる.2014年は9月と12月のTLTROでは,7%基準を超えない範囲で資金調達できる.その後,2015年3月から2016年6月までの6回では,ネットの貸出残高増加分(新規の貸出から返済を引いたもの)の3倍まで借り入れることができる.残高の計算は,2014年4月30日を基準として直近のTLTROで利用できるデータで調整する.それぞれのTLTROで借り入れた資金は24か月を経過すると繰り上げ返済が可能となる.

4.新しい政策に対する評価

ここでは,これらの新しい政策による経済への影響と政策への評価を試みたい.まず,マイナス金利であるが,預金金利のマイナス化によって,マネーマーケットがどのような影響を受けるのか考えてみたい.銀行が超過準備を持っている状況では,マネーマーケットの翌日物金利(ユーロではEONIAという)が政策金利を下回りがちになる.EONIAはマイナス0.10%から0.40%までの幅で変動することになるが,EONIAのマイナス化が常態化する可能性がある.例えば,預金ファシリティでマイナス0.10%の運用を嫌った銀行が,マネーマーケットでマイナス0.05%で資金供給をオファーし,取引が成立するようなケースである.しかし,ユーロ地域全体で資金が過剰となっているため,たとえ金利がマイナスであっても資金調達する銀行は多くないであろう.日本のケースと同じように,マネーマーケットの機能が著しく失われるリスクがある.いったん機能が失われると,銀行レベルではマネーマーケット業務に精通した人材が少なくなり,将来,非伝統的政策からの出口の時点でマネーマーケットの再構築に多大なコストが必要となるだろう.マネーマーケット金利のマイナス化はまた,ユーロのイールドカーブの形成にも大きな影響を与えるだろう.

ECBホームページの「Why has the ECB introduced a negative interest rate?」という記事の中では,マイナス金利の導入は,主要政策金利であるMROが引き下げられ,2つの金利幅が小さくなりすぎるとマネーマーケットの機能が失われかねないためだとしている.また,マイナス金利によって,経済全体の金利水準が引き下げられるため,家計や企業はより低い金利による借り入れが可能になるとしている.この効果が出る前提条件として,ユーロ地域の資金需要が旺盛で銀行が貸出を望んでいなければならない.しかし実際には,ECBの非伝統的政策にもかかわらず銀行の貸し出しは増えていない.その原因の一つにバーゼルIIIがあると思われるが,銀行が不良債権化などのリスクを負ってまで貸出したいと思う貸出先がないのではないかと思われる.

川野(2014)で指摘した通り,預金金利のマイナス化による影響は3つ考えられる.第一は,マイナス幅が小さいために銀行はマイナス金利を手数料と考えて何も行動を起こさないケース,第二はマイナス金利の支払いを嫌って超過準備を削減するケース,第三はマイナス金利の支払い分を家計や企業に転嫁するケースである.当面は銀行が様子見をして第一のケースが該当すると思われるが,第二,第三と行動が変化するにつれて経済への影響は大きくなる.第二の行動が生じると,ECBが実施しているほかの資金供給手段を相殺してしまうだけでなく,不測の事態が生じた際に金融システム全体が脆弱になるリスクもはらんでいる.第三の行動は,民間経済の経済行動を縮小させたり,マネーサプライの縮小を招いたりするリスクがある.マイナス金利が景気を刺激する効果があるかもしれないが,デメリットの方が大きいだろう.

私は,今回の政策で最も重視すべきはTLTROであると考えている.満期3年のLTROはユーロ地域の金融システムの安定化に役立ったといわれている.少なくとも,ユーロ地域のペシミズムを後退させた効果はある.しかし,ECB(2014)によると,LTROの後,超過準備は2012年3月にピークの8120億ユーロを迎え,その後減少に転じている.2011年と2012年に供給されたLTROは最終的な返済期限を迎える前にすべて繰り上げ返済されている.つまり,LTROは役目をすでに終えているだけでなく,ECBによる事実上無制限の資金供給の役目も終えつつあるのではないだろうか.

このような中でTLTROによる資金供給はどのような意味を持つのだろうか.TLTROは銀行が貸出を増やせば増やすほど,多くの資金をECBから調達できる仕組みになっている.好意的に解釈すれば,銀行は金利ほぼゼロ%で調達した資金を貸出しに回すことができ,ユーロ地域の貸出を増やして景気を下支えする効果がある.しかし,すでに資金は十分に供給されているにもかかわらず貸出は増えていない状況で,さらなる資金供給には弊害が多い.川野(2014)では,過剰な緩和政策には,家計から政府への移転を進める,ゾンビの発生,バブルの発生,中央銀行の政策を狭める,出口政策の設定を困難にする,財政規律の喪失といった弊害があることを指摘した.人為的で無理な貸出の増加は,ゾンビ(本来は市場から退出すべき企業なのに市場に残ってしまうこと)を増やすだけで,資源の最適配分を妨げる.家計は低金利の恩恵よりも弊害の影響を大きく受け,財政規律の喪失が生じれば,経済全体の生産性や成長力は大きく低下するだろう.

TLTROがバブルを発生させる可能性も排除できない.TLTROのルールでは,銀行が企業ローンなどの貸出を実施して,それを他の銀行に売却するか証券化して販売してもECBから追加借り入れができる.ローンの証券化を行い転売することで,ローンに関するリスクを他に移転したうえでECBから金利ほぼゼロ%の資金が手に入る.この資金をもとに,銀行が過剰なリスクテイクを行うようになり,将来,ヨーロッパ版のサブプライム問題のような問題が発生する恐れはないだろうか.そもそも低金利は銀行の過剰なリスクテイクを促すが,これに多額の資金供給が加われば問題発生の恐れが小さいとは言えないだろう.

このような問題が生じるのは,必要以上の資金供給を,危機対応ではなく,景気支援に使おうとしているからである.川野(2014)では,量的緩和(Quantitative Easing)と病的緩和(Quackish Easing)の違いについて論じている.量的緩和は,危機に陥った際に金融システムの安定性を維持するために実施される資金供給である.それに対して,病的緩和は景気支援のために資金供給が実施されることを指す.

ユーロ地域経済は,足取りこそ非常に遅いものの,危機的な状況を脱しつつある.今求められるのは,カンフル剤的な政策ではなく長期的な成長力を高める政策であり,中央銀行の政策の範疇を超えている.このような時期に実施される過剰な緩和政策は病的緩和だといわざるを得ず,ユーロ地域の成長力を低下させるだけでなく,世界経済を混乱に陥れるようなリスクをまき散らしたとも評価できる.

参考文献

川野祐司(2014)「量的緩和と病的緩和」『東洋大学経済学部ワーキングペーパー』,No.15.

ECB (2014) “Recent developments in excess liquidity and money market rates”, ECB Monthly Bulletin, January 2014, pp. 69-82.

Praet, P. (2013), “Forward guidance and the ECB”, VoxEU.org.

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