フラッシュ256
2015年11月20日
 

アイルランドにおける現金での支払い方法変更について

 
川野 祐司
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
東洋大学経済学部 准教授
 

1.はじめに

アイルランドでは、2015年10月28日より、現金決済の際に1セントと2セント硬貨を使わない方式がスタートした。端数を丸める方法をラウンディング(rounding)といい、ヨーロッパではフィンランドなどいくつかの国ですでに採用されている。アイルランドのラウンディングは現時点では義務化されてはおらず、ラウンディングするかどうかは個々の小売業者や消費者に委ねられているが、徐々に浸透していくだろう。

第2節では、アイルランドのラウンディングルールについて述べる。第3節では、他のヨーロッパ諸国のラウンディングを紹介する。第4節では、ラウンディングの経済効果について述べる。

2.アイルランドのラウンディング

2015年10月28日から採用される方式は、買い物の合計額の端数が1セント、2セントであれば0セントに切り下げ、3セント、4セントは5セントに切り上げ、6セント、7セントは5セントに切り下げ、8セント、9セントは10セントに切り上げる。このようにして、合計金額を四捨五入で10セント単位にするのではなく5セント単位にそろえることになる。

ラウンディングは買い物の合計額に適用されるため、個別の商品には適用できず、個別商品の価格の改定もできない。例えば、1個1ユーロ99セントの商品の価格についてラウンディングを理由に2ユーロに改定することはできない。ラウンディングができるのは現金での支払いのみであり、デビットカードやクレジットカードなどの電子的な決済には適用されない。

1個1ユーロ99セントの商品を3個買うと5.97ユーロになるが、実際の支払いは5.95ユーロになる。6ユーロを渡すとおつりは5セントになる。また6個買うと11.94ユーロになるが、12ユーロを渡すとおつりは5セントになる。1回1回の取引では消費者が1セントまたは2セント分だけ得をしたり損をしたりするが、1年間などの期間を考えるとその間に数多くの買い物をして損得が相殺しあうため、長い目で見ると損得はほとんどなくなる。

アイルランドでは、ラウンディングによって1セントや2セントが法定通貨(legal tender)から除外されることはなく、これまで通り買い物に使うこともできる。また、ユーロのコインは加盟国ごとに異なるデザインを用いているが、ユーロ地域(2015年11月現在ではEU19カ国。ユーロ地域ではないがモンテネグロ、サンマリノ、バチカン、アンドラ、モナコでもユーロは使える)全域でコインは有効であるため、アイルランドの1セントをドイツやフランスで使うこともできる。当面の間は、郵便局では火曜日、銀行では水曜日に1セントと2セントコインを5セントコインなど額面の大きいコインや紙幣に両替できるが、アイルランド政府はこれらのコインをチャリティーに寄付してほしいと呼びかけている。

アイルランドのラウンディングは強制的ではなく、自主的に実施されることになる。つまり、ラウンディングを実施するかどうかは個別の小売店や消費者に委ねられる。ラウンディングを実施する小売店では、下図のようなマークを表示して消費者に周知する。アイルランド中央銀行では、このほかにも小売店用のポスターなどを準備しており、必要に応じてダウンロードしたりハードコピーを請求したりできる。

 

図表1 アイルランドでのラウンディングのロゴマーク

(出所)アイルランド中央銀行

 

自主的な実施ということは、合計額が11.94ユーロになった消費者は6セントのおつりを小売店に要求することもできる。そのため、合計額が5.97ユーロの時には小売店側がラウンディングを拒否し、11.94ユーロの時には消費者がラウンディングを拒否して、結局は浸透しないのではないかとの懸念もあり得る。細かいところにこだわる日本ではうまくいかないかもしれないが、アイルランドでは問題はないだろう。

それは、2013年9月16日から11月17日にかけて、アイルランド南東部のウェックスフォード市(Wexford)で実施されたラウンディングのトライアルの結果から言える。

ウェックスフォード市の人口は約2万人(ウェックスフォード郡の人口は約14万5千人)であり、トライアルにはウェックスフォード市内の399社の小売業者のうち約250社が参加した。7月19日にトライアルの実施がアイルランド中央銀行から公表され、9月には実施された。準備期間は決して長いとはいえないが、参加小売店に対するレクチャーやテレビなどを通じた消費者への周知を重ねていった。このトライアルの報告書をみてみよう(Central Bank of Ireland, 2014)。

報告書では、トライアルの前後で約500人を対象に実施されたアンケート結果がまとめられている。この500人はウェックスフォード市の人口比に合わせて選ばれている。ウェックスフォード市では小売店での決済の約75%が現金で行われており、トライアルの前後で変化はほとんどない。トライアル期間中にラウンディングに常に参加した人が68%、ときどき参加が21%、自分に有利な状況のみ参加が7%と、96%が何らかの形でラウンディングに参加している。

ラウンディングが成功したとの回答は76%、すべてのレジでラウンディングできるようにした方がいいとの回答は75%に上った。政府がラウンディングを今後も進めるべきとの回答は実験前の66%から75%に上昇している(反対は15%から12%に減少)。小売店側は、実験後には97%がラウンディングによる売り上げへの影響はなく、98%が政府は今後もラウンディングを進めるべきと回答した。ラウンディングによるインフレについては、トライアル前には59%がインフレを懸念していたが、トライアル後は35%に減少しており、インフレへの影響はないとの回答が30%から56%に増加している。その一方で、約15%が実際に物価が上昇したと回答している。報告書では53品目について価格動向を調査しているが、そのうち50品目で価格の変化は見られなかった(値上がり2品目、値下がり1品目)。一部の人々の実感とは異なり、インフレは生じていないと結論付けられている。

アイルランドはこのトライアルを踏まえてラウンディングを全土で導入しており、十分に準備が整っているといえる。当面はラウンディングに参加しない人も多いだろうが、徐々に浸透していくだろう。

3.他の国々のラウンディング

アイルランドのラウンディングはスウェーデン方式(Swedish Rounding)とも呼ばれる。スウェーデンクローナ(SEK)の補助単位はöreであり、1クローナ=100öreである。スウェーデンは1972年に1öreと2öreのコインを廃止した際にラウンディングを導入している。スウェーデン方式には、切り上げと切り下げが対称的である、個々の商品ではなく総額にラウンディングを適用させる、という2つの特徴があり、その後多くの国で取り入れられている。また、クレジットカードなどの電子的決済にはラウンディングが適用されないルールも共通している。

ここでは、他のヨーロッパ諸国の状況を見てみよう。まずはユーロ地域である。ユーロ地域では、フィンランド(2002年1月にラウンディング開始)、オランダ(2004年9月)、ベルギー(2014年1月)の3カ国ですでに実施されている。2002年1月はユーロの現金流通開始の時であるが、フィンランドはユーロ導入前の通貨であるマルカ時代からラウンディングを実施していたこともあり、スタート時からラウンディングを実施していた。フィンランドでは、小売店側は1セントと2セント(それと500ユーロ札)の受け取りについて拒否を明示していれば、顧客に対して5セントや10セントで支払うように要求できる。オランダでは、ラウンディングを実施する店舗は表示を義務付けられているが、あくまでも小売店側と顧客側の同意による。

ユーロ地域では、ユーロに関する決定はEUの専決事項であり、加盟国が独自に1セントコインを法定通貨から除外することはできない。そのため、ラウンディングが実施されていても1セントと2セントコインで5セントの支払いをすることは可能である。しかし、コインを製造するかどうかは加盟国が決めることができるため、フィンランドやオランダではコインの製造は止められている。

次に、ユーロ地域外のヨーロッパ諸国をみてみよう。

 

*スウェーデン:1972年に1öreと2öreのコイン廃止後も補助通貨の廃止は続き、2010年2010年9月30日には50öreコインが廃止され、öreコインは全て廃止された。ラウンディングは、0-50 öreは0クローナに、51-99 öreは1クローナになる。

*デンマーク:25øreコインが廃止になり、2008年10月より現行方式になった。50øreコインが最小単位になるため、1-24øreはゼロ、25-74øreまでが50øre、75-99øreまでが1クローネ(DKK)になる。

*ノルウェー:2012年5月に50øreコインが廃止されたことに伴い、0-50øreは0クローネに、51-99øreは1クローネ(NOK)になる。スウェーデンと同じ方式。

*ハンガリー:2008年3月に1フォリント(HUF)と2フォリントコインが廃止されたことに伴い、5フォリントごとにラウンディング。

*チェコ:2008年8月末に50hellerが廃止になり(10heller、20hellerは2003年にすでに廃止されている)、1コルナ(CZK)単位にラウンディング。スウェーデンと同じ方式。

*スイス:2007年1月に1(centime)サンチームコインが廃止(2サンチームは1978年)になり、最低単位が5サンチームに。ユーロ地域と同じように5サンチーム単位でのラウンディング。100サンチーム=1スイスフラン(CHF)。

*ボスニア・ヘルツェゴビナ:1998年にコインが導入された。この時は10、20、50Feningコインが発行され、2006年1月に5Feningコインが新たに発行された。100Fening=1兌換マルク(BAM、国内での表示はKM)。ボスニアでは以前は10Fening単位でラウンディングされていたが、消費者の利益を守るためにより額面の小さい5Feningコインが発行されるようになった。

 

ヨーロッパ以外の地域では、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、イスラエル、南アフリカ、マレーシア、シンガポールなどでもラウンディングが実施されている。

4.ラウンディングの経済効果

EU(欧州連合)は、2012年7月14日のユーロの発行に関する規則により、現行のコインと紙幣の額面は永続的なものではないとした。また、この規則で欧州委員会は1セントと2セントコインの発行を継続するべきかどうか検討することが求められた。検討はコスト・ベネフィット、市民が受け入れ可能かどうかという視点で実施された。

欧州委員会は1セントと2セントコインについて、現行通りの発行を続ける、発行するがよりコストの低い金属に変える、直ちに1セントと2セントコインを廃止する、1セントと2セントコインの発行数を減少させて徐々に流通から取り除く、という4つの可能性を示した(European Commission, 2013)。4つのうちどの方法を採用すべきかは示しておらず、その後の動きも現在のところは見られない。しかし、現在8種類あるユーロのコインは多すぎるとの認識が広がっており、59%の市民が1セントと2セントコインの廃止に賛成している(図表2)。

 

図表2 1セントと2セントコイン廃止への賛成割合

加盟国

賛成割合(%)

加盟国

賛成割合(%)

アイルランド

74

フランス

59

フィンランド

73

オーストリア

57

オランダ

73

スペイン

55

スロバキア

72

マルタ

53

イタリア

72

ギリシャ

53

ベルギー

71

ドイツ

50

ルクセンブルク

66

ラトビア

47

エストニア

60

ポルトガル

45

キプロス

59

スロベニア

44

ユーロ地域平均

59

リトアニア

43

(出所)Flash Eurobarometer 429, November 2015.

 

図表2から読み取れるように加盟国によって賛成割合は大きく異なっているが、最も少ないリトアニアでも43%が廃止に賛成している(反対の方が多いのは反対51%のリトアニアのみ)。物価水準またはインフレ率の高い国が上位にくる傾向がある。

そんな中でも1セントと2セントコインの発行量は1999年以降増え続けており、重量では100トンを超えている。ユーロ参加国が12カ国から19カ国まで徐々に増えていることも要因として考えられるが、日々の支払いに用いられずに退蔵されたり遺棄されたりするコインやユーロ地域外に流出するコインが多いものと考えられる。これらのコインを維持するコストは製造コストと流通コストに分けられる。

ユーロのコインは加盟国がそれぞれ製造するため、製造コストは加盟国によって異なる。アイルランドの場合、1セントコインを1枚製造するコストは1.65セント、2セントコインには1.94セントかかる。額面よりも低いコストで製造できれば、政府には通貨発行益(シーニョレッジ)が発生するが、製造コストが額面を上回れば財政に負担をかけることになる。アイルランドでは2セントコインではシーニョレッジを得られるが、1セントコインを製造すればするほど財政負担が増えることになる。ユーロ地域全体でみると、負のシーニョレッジが発生しており、製造コストが額面の4倍になる加盟国もあるという。1999年から2012年までに失われたシーニョレッジの累計は14億ユーロに上るとされている(European Commission, 2013)。

流通コストは、銀行から店舗への輸送、店舗内での保管や管理、店舗から銀行への再輸送、コインの真贋チェックなどのコストからなる。大規模小売店では1セントが50枚入ったロールを1つ手に入れるのに40セントのコストがかかるケースもあるといわれており、少額額面コインの維持には多大なコストがかかる。ラウンディングによりオランダでは年間3000万ユーロ(De Nederlandsche Bank, 2004)、ハンガリーでは年間20-25億フォリント(Leszkó, 2009)コストを削減できるという。ユーロ地域全体の推定値はないが、数億ユーロから数十億ユーロに上るだろう。

ラウンディングに関するもう一つのトピックはインフレである。川野(2005)でもレポートしたが、通貨制度の変更時には便乗値上げによるインフレ懸念が台頭する。このようなインフレ懸念は”teuro”とも呼ばれる。ドイツ語で価格が高いことを表す”teuer”(トイアー)とユーロの”euro”(オイロ)との造語である。ラウンディングは個々の商品ではなく、合計額にのみ適用されるため、そもそも個々の商品価格は影響を受けない。しかし、個々の商品価格を5セント単位に切り上げるのではないか、小売店が切り下げを実施せずに切り上げのみ実施するのではないか、との懸念が存在する。

これまでラウンディングを導入した国々の調査では、インフレは生じていないか0.01%など無視できるほど小さい。アイルランドのトライアルでもインフレは確認されていない。この理由の一つに、インフレ率を計測する消費者物価指数(ユーロ地域では、HICP:統合消費者物価指数)が個々の商品価格をモニターしていることが挙げられる。消費者は支払総額に注目するため、消費者物価指数ではモニターしきれていない可能性がある。この点については、ECB(欧州中央銀行)は支払総額を対象とした民間消費価格指数(Deflator for Private Consumption)もモニターしている。ECBによると過去のラウンディングによる指数の上昇は確認されておらず、ラウンディングによるインフレは生じていないといえる。そもそも前述のように、ラウンディングは切り上げと切り下げが対称的に実施されるため、取引回数が増えるにしたがって損得が相殺しあう。インフレの問題は、事前周知や政府による価格の監視が有効になるだろう。

5.まとめ

ラウンディングはクレジットカードやデビットカード、携帯端末による支払いなど電子的な決済には適用されないため、消費者はこれらの方法を使うことでラウンディングを回避できる。現金は管理コストが高いため、小売業者は徐々に現金支払いを歓迎しなくなるだろう。EUではSEPA(Single Euro Payment Area)の取り組みを進めており、これまでは口座を開設した国でしかデビットカードを使えなかったのがユーロ地域全体で使えるようになる。SMSを使った決済も増えており、ラウンディングへの抵抗はますます小さくなり、コスト削減効果を得ることができるだろう。

ただし、EUには現在でも銀行口座を開設できないなど電子的な決済にアクセスできない人々が存在する。また、現金での支払いは子供の金銭管理教育に有用である。これらの問題への対策も必須で時間がかかるものと予想される。まだ先の話ではあるが、EUはユーロ地域全域でラウンディングを実施し、1セントと2セントコインは廃止される可能性が高いといえるだろう。

 

参考文献
川野祐司(2015)「ユーロ導入後のリトアニア経済」『ITIフラッシュ』,No. 248.
Central Bank of Ireland (2014), Wexford Rounding Trial Final Report.
Central Bank of Ireland (2015), Rounding of Cash Transactions - Guidelines for Retailers, Version 2, 28th August 2015.
Erika Leszkó (2009), “Rounding is not to be feared”, MNB Bulletin, July 2009, pp.14-21.
European Commission (2013), Issues Related on the Continued Issuance of the 1 and 2 Euro Cent Coins , COM(2013) 281 final and SWD(2013) 175 final.
European Commission (2015), Flash Eurobarometer 429 - The Euro Area-.
De Nederlandsche Bank(2004), The Netherlands introduce the ‘rounding rule’, Press release 1 July 2004.