一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2016/10/03 No.294TPP批准の進展なく米議会は休会入り

滝井光夫
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
桜美林大学 名誉教授

11月中旬まで議会は休会

議会は9月28日(水)、オバマ大統領が拒否権を発動した通称「9.11法案」(テロに関与したサウジアラビアなどの外国政府を相手に損害賠償訴訟を認める)を圧倒的多数で覆し(上院97対1、下院348対77)、さらに12月9日までの2017年度暫定予算を成立させて、11月8日の選挙に向けて休会に入った。

休会期間は、下院が9月29日から11月13日まで(再開予定は11月14日(月)午後2時)、上院は10月3日以降に形式的な開会日を設けてはいるが、事実上9月30日から11月14日まで(再開予定は11月15日(火)午後4時)と決定した。この議会再開予定日は必要に応じて変更されるが、今会期の法案審議の行方は、選挙後に開催される、通称レームダック会期に移った(注1)。

レームダック会期では、12月9日で切れる2017年度暫定予算の延長が最優先課題となるが、レームダック会期はいつ開会され、いつ終了するのか、通商関係ではマコーネル上院院内総務(共和党、ケンタッキー州選出)がレームダック会期での審議に反対しているTPP実施(批准に相当)法案のほか、シェルビー上院銀行委員長(共和党、アラバマ州選出)が反対している米国輸出入銀行人事(注2)が議事日程に含められるのか、などが最重要課題である。いずれにせよ、レームダック会期の行方は、11月8日の大統領および議会選挙の開票結果に大きく左右されることになる。

結局、休会前にSAAの最終版は作られなかった

8月24日付の本欄で報告したとおり(「米政府、TPP批准手続きを開始」)、米政府は8月12日、TPP批准のために必要な「行政措置声明」(SAA)の草案を議会に提出した。2015年TPA(貿易促進権限法)は、SAA草案の議会提出から少なくとも30日後には、議会との協議を経た最終版のSAAのほか、TPP実施法案の草案およびTPPの最終テキスト等が政府から議会に提出されると規定している。しかし、8月12日から暦日で30日が経過した9月12日以降、政府がこれら文書を議会に提出した形跡がないまま、議会は休会に入ってしまった。

「これら文書が議会に提出された形跡がない」と本稿筆者が判断したのは、通商問題で信頼できる報道を続けている日刊の“Inside U.S. Trade’s World Trade Online”(副題は worldwide coverage of the latest trade news and developments)や議会専門紙 “The Hill”および “POLITICO” に関連する報道がみられないこと、上院財政委員会および下院歳入委員会に関連した報告がないこと、さらにインターネットで幅広く検索しても関連記事が見当たらないこと、9月22日付の地元テキサス州の新聞 “Texas Tribune” がケビン・ブレディ下院歳入委員長の貿易政策について報じた記事(後述)にも、政府が作成したTPP実施法案の草案に言及されていないこと、などから判断したものである。

なぜ議会がSAAの最終版を作成しなかったのか。これについては、さまざまな憶測が可能である。例えば、議会がレームダック会期でのTPP実施法案審議を阻止するため、政府の要請を拒否した。あるいは、ミシガン州フリント市の水道水汚染問題、ルイジアナ州等の洪水対策、ジカ熱対策、2017年暫定予算、大統領拒否権が発動された9.11法案のオーバーライドなど、懸案が山積して、SAA草案を検討する余裕がなかった。さらに、SAAの最終版ができると、次に政府はTPP実施法案の草案を議会に提出することになるが、全員改選の下院では休会中に審議できないことから、選挙後の議会にTPP実施法案の草案を提出させるために、敢えて下院は草案提出の前提となるSAAの最終版作成を放棄したのかもしれない。上記に関する議会の真意は不明だが、政府がTPP実施法案審議に関連する文書を休会前の議会に提出しなかったことから、必要なすべての文書の提出は、レームダック会期入りの前か直後に集中することになった。

まだ消えてはいないTPP実施法案可決の可能性

上述の World Trade Online は、9月29日付のトップ記事で「休会入りで、レームダック会期でのTPPの運命は不確実に (uncertain) 」と報じている。しかし、TPP実施法案の可決が「不確実」であることは、以前から変わりがない。TPAの規定通りに、議会休会前にTPP実施法案の草案等が議会に提出されなかったからといって、レームダック会期でのTPP実施法案の可決が不可能になったわけでもない。その理由は以下のとおりである。

第1に、オバマ大統領は依然として在任中のTPP批准に意欲的である。オバマ大統領は、9月初旬のG20サミット、ビエンチャンでの米ASEAN首脳会議および東アジア首脳会議(EAS)でTPP批准の決意を内外に示した。帰国後、9月16日にはホワイト・ハウスでTPP批准推進のための超党派会合を持ち、出席者とともに議会に早期批准を訴えた。出席者は、共和党のルイジアナ州知事およびオハイオ州知事(今年の大統領予備選挙に出馬したTPP賛成派のケイシック知事)、アトランタ市長(民主党)、ブルームバーグ・ニューヨーク前市長(無党派)、ポールソン元財務長官(共和党)のほか、企業、政府、国家安全保障関係者など多彩な顔触れであった。

第2に、政府と共和党議会との協議が続けられている。9月16日の記者会見で、アーネスト大統領報道官は記者の質問に答えて、次のように述べている。我々はライアン下院議長およびマコーネル上院院内総務のオフィスと、TPPを批准するための最善の方法について協議を継続しており、審議の方向が決まれば実行に移す。

第3に、TPP実施法案および関連する文書の作成作業は、USTRが議会関係者を含めて、今年の6月から開始しており(フロマン通商代表の6月20日の外交評議会講演での発言)、すでに政府案は完成しているとみられる。このため、議会との調整が順調に進めば、TPP実施法案の議会提出は、レームダック会期開始前にも実行できるものとみられる。

第4に、レームダック会期は、TPP実施法案審議に期間が短すぎるわけではない。これまでのFTA(自由貿易協定)などは、TPAが規定した下院60日、上院30日(いずれも立法日)よりも大幅に少ない日数で可決されている。表1にみるとおり、中米・ドミニカ共和国とのFTA (CAFTA-DR)、バーレーン、オマーン、ペルーおよびヨルダンとのFTAを除いた下院の審議日数(法案の下院提出日から本会議での票決日までの日数)は平均10.0日、上院の審議日数(下院の票決日の翌日から上院本会議での票決日までの日数)は4.2日に過ぎない(ただし、これら日数には土日および祝日、休会日を含む)。FTAよりも規模の大きな1994年のウルグアイ・ラウンド協定実施法案の場合も、下院は64日、上院は2日であった。TPPの審議日数もレームダック会期内に十分収まるものとみられる。

表 1. 貿易協定実施法案の審議過程

(注)1979年通商協定は東京ラウンド協定の実施法案に他の関連法制を加えた実施法案。コロンビア、パナマ、韓国は一括審議。CAFTA-DRの対象国はエルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、グアテマラ、コスタリカ、ドミニカ共和国の6ヵ国。
(資料)Thomas, Library of Congress.

ケビン・ブレディ下院歳入委員長の批准推進論

マコーネル上院院内総務の消極的発言とは違って、TPP批准審議で上院財政委員会とともに重要な役割を果たす下院歳入委員会のブレディ委員長(テキサス州第8選挙区選出、共和党)はTPPの積極的推進派である。9月22日付のテキサス・トリビューン紙は、9月21日に行った同委員長の発言を次のように伝えている。

  • 米国史上最大の貿易法案は死んだわけではない。TPPには強い支持者がいるが、多くの議員は選挙に影響するのではないかと支持発言を控えている。保守派がTPPに「オバマトレード」というレッテルを貼るようになったことも問題である。
  • オバマ大統領が好きか嫌いかは別にして、自由に貿易し、政府の介入を可能な限り削減して競争する、米国の経済的自由を推進しなければならない。オバマ大統領が7年半にわたり共和党との関係を強化しなかったというだけで、共和党はその中核となる自由貿易主義を放棄してはならない。
  • TPP批准の最大の障害は議会とは関係ない。問題はオバマ政権にある。大統領が票決に付すと決めれば、TPP批准の道は存在するが、これは大統領がより多くの民主党議員の支持を獲得できるか否か(注3)、TPPに対する議員の懸念を払拭できるか否かに懸かっている。問題解決が早ければ早いほど、我々は批准プロセスを進めることができる。時計はチクタクと音を打っている。年内に批准したいなら、大統領は問題解決のペースを早めなければならない。

ブレディ委員長が指摘する問題とは、従来から指摘されている生物製剤のデータ保護期間、金融サービス業のコンピューター関連設備の現地化、タバコのISDS(投資家対国家の紛争処理手続き)適用という3つの問題の解決である。

今後の注目点

今年中にTPPが批准されるか否かは、まずレームダック会期の行方が最大の注目点となるが、大統領選挙および議会議員選挙の結果、さらに議会が指摘するTPPの問題点に対するオバマ政権の対応も注視していくことが重要であろう。

1. 米国の連邦議会は、1933年確定の憲法修正20条により、法律で別の日を定めない限り、上下両院議員の任期が始まる奇数年の1月3日の正午に開始され、2年後の1月3日の正午に終了する。現在の第114議会は2015年1月3日の正午に始まり、2017年1月3日に終わる。1議会は奇数年に始まる第1会期と偶数年に始まる第2会期に分かれ、現在は第2会期中である。一部の国内紙は、レームダック会期を「日程消化会期」と報じているが、選挙で落選したが任期がまだ残っている議員が在籍しているために、「レームダック(脚の不自由なアヒル)会期」と呼ばれだけで、決して日程消化のための会期ではない。レームダック会期では、今年度予算案の可決、国家安全保障省の創設(2002年)など重要案件が成立することも多い。今年のレームダック会期も極めて重要である。

2.2015年米輸銀改革・再授権法によって米輸銀の存続期間は2019年9月30日まで延長されたが、5人の取締役メンバーのうち社長、副社長以外の3人が欠員となっているため、承認可能な案件規模が限定されている。このため全米小企業協会(NSBA)および小規模輸出業者協会(SBEA)は案件承認に必要な定足数3の暫定的な変更を求めている。なお、シェルビー委員長はオバマ大統領が指名したマックワーターズ下院金融サービス委員長元補佐の取締役就任に反対している(出所:NSBAの2016年9月14日付HP)。

3.9月30日付のWorld Trade Online は、バイエル下院議員(バージニア州第8区選出、民主党)の見通しとして、TPP批准に対する民主党議員の賛成票は2015年TPAの28票よりも多くなると報じている。

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