一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2017/03/23 No.327スウェーデンの「e-krona」と「キャッシュレス経済」

川野祐司
(一財)国際貿易投資研究所客員 研究員
東洋大学経済学部 教授

目次
1.進む「キャッシュレス化」
2.キャッシュレス化の背景
3.「キャッシュレス経済」とe-krona
4.キャッシュレス経済の到来に備えて

本稿では,決済に占める現金の地位が低下していく状態を「キャッシュレス化」と呼ぶ.スウェーデンでは現金の流通額が減少しており,キャッシュレス化が進んでいる.キャッシュレス化が十分に進めば,硬貨と紙幣の現金を電子化できるのではないか,という疑問が浮上する.硬貨と紙幣を廃止して電子化された通貨のみが流通する状態を,本稿では「キャッシュレス経済」と呼ぶ.キャッシュレス化が進んでキャッシュレス経済に移行するためには,中央銀行が電子化された通貨を発行して硬貨と紙幣を廃止するというハードルを越える必要がある.第1節ではスウェーデンのキャッシュレス化の現状について,第2節ではその背景について述べる.第3節ではキャッシュレス経済への移行に関する諸問題をe-kronaを例に取り上げる.

1.進む「キャッシュレス化」

スウェーデンでは2007年頃をピークに,スウェーデンクローナ(以下,SEK)の現金(硬貨と紙幣の合計)の流通額が減少しつつある.現金流通額のGDP比率は1950年代から下落を続けており,2016年にはGDPの1.48%にまで落ち込んでいる(図表1,2).日本では2016年に現金流通額が100兆円を超え,GDP比率も20%近くに達していることと対照的である.

図表1 スウェーデンの流通現金(100万SEK)
(出所)リクスバンク.

図表2 スウェーデンにおける流通現金のGDP比(%)
(出所)リスクバンク.

スウェーデンではカード払いが普及しており,小売店だけでなく飲食店,野外マーケット,ガソリンスタンドなど多くの場面でカード支払いができる.ただし,旧来の磁気式のカードは使えなくなりつつあり,EMVチップ付きのカード(4ケタのPINコードを入力するタイプ)が主流になっている.日本ではクレジットカードが広く使われているが,ヨーロッパではデビットカードの方が一般的になっている(スウェーデンはユーロに参加していないが,ユーロ地域ではデビットカードが国境を越えて利用できるようになっている).また,スウェーデンでは「Swish」という決済アプリが普及しており,スマートフォンから支払いができる.

図表3は決済手段に関するアンケートの一部である(スウェーデンの中央銀行であるリクスバンクから取得可能).問1の結果を見てみると,現金の利用がわずかながら減少していることが分かる.一部の公共交通機関などで現金が使えなくなったり,現金の受け取りを好まない小売店が出始めていたりすることで現金が使いづらくなりつつある.その一方でデビットカードは2014年に現金を逆転しており,主要な決済手段になりつつある.この傾向は問2からよりはっきりと浮かんでくる.過去1カ月の間に現金を使ったことがある人は2010年の95%から2016年には79%に減少しており,21%の人が現金を使っていないことになる.デビットカードや2012年12月にサービスを開始したSwishが中心になりつつある.

図表3 決済手段に関するアンケート結果

(出所)リクスバンク.「-」はまだSwishが利用できなかったことを表す.

アンケートの他の項目も見てみよう(いずれも2016年の数字).小売店で現金を使った頻度についての回答では,過去1カ月に1回以上使ったとの回答が7%,1回未満が31%,全く使っていないが57%となっている.ATMからの現金の引き出し頻度については,1週間に1度以上が14%,1カ月に1回以上が43%,1回未満が33%,全く利用しないが9%となっている.財布の中には平均していくらくらいの現金が入っているかについては全く入っていないが15%,100SEK未満が23%であり,自宅で現金を貯金しているかについてはしていないが87%と現金離れが進んでいることがうかがえる.

デンマークなどでもデビットカードやスマートフォンでの支払いが徐々に増えている.北欧だけでなく,現金主義の色合いが強い南欧でもカード払いが進んでおり,スペインでは2016年にカード払いが現金払いを上回っている.キャッシュレス化は程度の差こそあれヨーロッパで進んでおり,ヨーロッパ以外の新興国でも見られるようになってきている.次節ではスウェーデンでのキャッシュレス化の背景を見ていく.

2.キャッシュレス化の背景

スウェーデンには2012年12月に始まった「Swish」というサービスがあり,現在はスウェーデンで最も一般的に用いられているサービスとなっている.SwishはGetwish社が運営し,スウェーデンの主要銀行(当初はDanske Bank, Handelsbanken, Länsförsäkringar, Nordea, SEB, Swedbank, Sparbankernaが参加し,後にSkandia, Ica Banken, Sparbanken Syd och Sparbanken Öresundが加わった)が参加している.ユーザーはこれらの銀行の口座を持ち,PCやスマートフォンにSwishアプリをインストールすることでSwishを使えるようになる.銀行口座番号(Bank ID)か電話番号で個人や企業を識別し,振込先として利用する.Swishはスマートフォン上でデビットカードを使うイメージだが,個人間でも資金を移動することができる(図表4).もともとは個人間の資金移動しかできなかったが,2014年には企業が個人から資金を受け取れるようになったことで店舗での決済手段として普及しつつある.2016年にはオンラインショッピングでの試験利用が始まり,2017年には幅広く導入される予定となっている.

図表4 Swishのイメージ

(出所)Swishホームページ.

Swishでの資金の移動はBankgirotという即時決済システムを通じて行われる.見た目は個人間で資金を受け渡しているように見えるが,その裏では銀行間の決済となっている.Swishはスウェーデン人以外の外国人も利用できるが,Swish参加銀行の口座(オンライン口座)を保有しなければならない.このようなサービスが一般に使われるようになるには,クリティカル・マスと呼ばれる一定数のユーザーが必要だが,Swishホームページによると利用者は520万人を突破している.975万人のスウェーデン人の半数以上が利用している計算になり,競合他社を突き放している.このようなアプリを提供する企業はノルウェーやデンマークにもある.キャッシュレス化の進展の背景に技術の革新があり,多くの人々が容易に使いこなせるようになっていることがある.

技術革新だけでなく,消費者,小売店,金融機関それぞれにもキャッシュレス化を受け入れる事情がある.消費者にとっては現金の管理は煩わしい.定期的に銀行で現金を手に入れ,日常的に持ち歩き,常に適切な金額を準備しておく必要がある.決済時には硬貨や紙幣の枚数のカウントも必要になる.日本でも様々な電子マネーが使われているが同じ理由による.オンライン銀行では振込み手数料などが割安に設定されていたり,金利が高めに設定されていたりすることで顧客を獲得しており,キャッシュレス化に一役買っている.Swishでは原則として決済時の費用をゼロとしているため(Swishにかかわるコストは口座を開いている銀行による),消費者はより利便性の高いSwishに移行しつつある.

小売店側にとっては,現金の管理コスト低減のメリットがある.特に釣銭となる硬貨は十分な枚数を確保する必要があり,小売店側の負担は大きい.銀行との現金の受け渡しにコストがかかり,店舗内でも適切に保管する必要がある.川野(2016)では,ユーロ地域の話ではあるが,1セント硬貨を50枚準備するのに90セントのコストがかかる例が挙げられている.大手スーパーマーケットなどでは,デビットカードを提示した顧客の要望に応じてレジなどで現金の引き出しサービスを実施しているところもある.顧客を惹きつけるためのサービスであるとともに,店舗に滞留する紙幣の数を減らす手段にもなる.

現金は匿名性があり,取引ごとに区別して保管することが困難であるため(キャッシュレジスターの中で一緒になってしまう),1件1件の取引と現金の受け渡しをリンクさせることができない.1日の終わりに売上高と現金を参照して食い違いがあっても,レジスターへの入力ミス(バーコードの読み取りミス)なのか,やり取りした現金のカウントミスなのか,レジスターのシステムのミスなのか,1日の間で現金をどこかに失くしたのか,盗難に遭ったのか(従業員が盗んだのか)など,どこに問題があったのか突き止めることができない.カードやSwishで支払いを受ければ,1件1件の取引記録が電子的に保管され,現金との照合はそもそも不要になる.レジと会計ソフトを連携させることで会計処理の自動化を進めることもでき,納税書類の作成コストなどの低減にもつながる.さらに,カード番号などを利用して顧客ごとの特性を把握しやすくなり,おすすめ商品の提案などのマーケティングに生かすことができる.

スウェーデンではセルフレジが普及しつつある.顧客は事前に登録しておくと,入り口でバーコードの読み取り機を受け取り,買い物かごに入れる際に商品をスキャンする.レジでは読み取り機をかざして合計金額をカードで支払う.提携カードでポイントなどのサービスを付けることで顧客の囲い込みやマーケティングも可能になる.セルフレジ自体は現金でも可能なサービスであるが,カード専用にすることで小売店側のコストを削減でき,その分をポイントなどの形で顧客に還元できる.

スウェーデンでは2016年10月3日に1SEK,2SEK,5SEKの硬貨が切り替えられており,旧硬貨は2017年6月末で使用できなくなる予定である.なお,同じタイミングで100SEK札と500SEK札も切り替えられており,20SEK,50SEK,1000SEKもすでに切り替えられている.このような硬貨・紙幣の切り替えは安全性などの理由もあり定期的に実施されるが,そのたびに自動販売機やキャッシュレジスターの修正が必要でこれも小売店側のコストとなる.カードなどは一定の使用料をカード会社に支払う必要があるが,キャッシュレス化は小売店にとってコストを上回る大きなメリットがある.ただし,キャッシュレス化に対応できない小売店は競争上不利になるため対応せざるを得ないという面もある.

金融機関にとっても現金の管理はコスト要因となる.現金社会では支店網を広範に構築する必要があり,ATMや人員の確保などの店舗の維持コストが必要となる.北欧の銀行は資金調達を預金からカバードボンドなどの債券に移しつつある.支店網を展開させて多くの預金を受け入れる必要性が薄れており,むしろ預金を避ける傾向が見られつつある.スウェーデンだけでなくヨーロッパでは店舗の削減とオンラインバンキングの展開が進んでいる.その他にもATMの利用手数料の引き上げやATMの撤去なども進んでおり,スウェーデンでは現金の取り扱いを止めた店舗が増えつつある.このような店舗では住宅ローンや資産管理業務などに人員を集中させることができ,店舗当たりの収益向上にもつながる.

日本では金融機関の過当競争の過程で現金に関わるコストを顧客に課さず,金融機関が負担していることが収益力の弱体化につながっている.また,小売店側から見て現金の扱うコストがヨーロッパよりも低いこと,現金の管理コストが目に見えにくいことなどから,目に見える手数料がかかるカード払いを受け付けない店舗も多い.結局,金融機関も小売店も現金に関わるコストの分だけ競争力を失っており,イノベーションからも取り残されている.

キャッシュレス化によって表面的には新しい局面が到来しているように見える.これまで銀行に独占されてきた決済業務はビットコインなどの登場によりプレイヤーの変更を強いられつつある.ソフトフェアの開発などで多くの新規参入も生じている.しかし,Swishのような仕組みにおいては,表面上の決済はスマートフォン間で実施されているが,その裏で銀行の口座間の決済がリンクされており,その意味では小切手などによる支払いと本質的には変わりはない.ビットコインもどこかの時点で自国通貨に交換するのであれば,銀行口座を利用することになる.その意味では銀行が決済の中心になるということには変わりがなく,道具が変わっただけということになる.しかし,次節で見ていく「キャッシュレス経済」においては,制度設計の方法によっては銀行の役割が大きく低下する可能性があり,金融システムや経済モデルの変更を迫られる可能性がある.

3.「キャッシュレス経済」とe-krona

人々は通貨というテクノロジーを編み出したことで物々交換の世界から脱却した.当初は石や貝など自然にあるものを利用していたが,鋳造技術の発達により金属製の硬貨を用いるようになった.硬貨は自然物よりも便利ではあるが,かさばるため多額の取引には向いていない.紙への印刷技術の向上や預かり証などの会計技術の発達により紙幣が用いられるようになった.20世紀末から21世紀にかけては,電子マネーやオンラインバンキングが普及しつつある.テクノロジーの進歩と人々の行動様式の変化により決済方法が変わるのは自然なことであり,そうであれば,通貨は必ずしも硬貨や紙幣のように物理的な形を伴う必要はないのではないか,また,多くの資源やコストをかけて現金を維持すべきかどうか,という議論が起きつつあるのは当然の流れといえる.本稿では,硬貨や紙幣のような物理的な形のある通貨を廃止して中央銀行が法定通貨を電子的形態で発行する状態を「キャッシュレス経済」と呼ぶ.

Skingsley (2016)はスウェーデンがキャッシュレス経済に移行してリクスバンクがe-kronaを発行するとしたらどのような事項を考えなければならないか,という講演を行った.中央銀行副総裁という立場からこの講演は大いに注目されたが,現時点では(少なくとも筆者の知る限り)現金通貨を廃止した国はなく,キャッシュレス経済に関する用語や定義も定まっていない.Camera (2017)はキャッシュレス経済に関するサーベイを行い通貨の分類を行っているが,まだ議論の余地がある.本稿ではそもそも通貨とは何か,という問いに入り込まないようにして,現金通貨の代替物として企業などが発行する疑似通貨を「電子マネー(e-money)」,中央銀行が現金の代わりに発行する電子的な法定通貨を「電子通貨(e-cash)」と定義し,キャッシュレス経済について議論する.もちろん,e-kronaは電子通貨に相当する.

電子マネーには,法定通貨と同じ単位を用いるもの(日本ではSuicaなど)と異なる単位を用いるもの(ビットコインや電子的な地域通貨)がある.いずれも法定通貨ではなく,商品券やトークンなどの物理的な形を持つものが電子化されたものだというイメージでいいだろう.Swishは個人間での決済も可能であるものの,デビットカードの仕組みが電子化したものだといえるため,電子マネーではなく銀行口座間の振り込みだといえる.なお,銀行預金も電子化されているが,本稿の定義から言えば電子マネーに相当する.銀行預金は預金保険などのセーフティーネットやベイルアウト採用国では事実上の政府保証があるものの,民間銀行が発行したものであり,預金を発行した銀行が破綻すれば価値がなくなるためである(ここでは法制度の問題には立ち入らない).

電子通貨を導入するにあたって,様々な事項を考える必要があるが,本稿では,Skingsley (2016)でも述べられた電子通貨の配布方法と付利を取り上げ,さらに導入の時期についても考える.

第1の配布方法とは,e-kronaをリクスバンクが直接発行すべきかどうかという問題である.現金は中央銀行が発行しているものの(本稿では便宜上硬貨も中央銀行が発行したとしておく),中央銀行と市民の間に民間銀行が介在しており,市民は銀行預金を下ろすことで現金を獲得している.中央銀行が多数の市民を相手にすることは現実問題として困難であることが民間銀行の介在の必要性につながっているが,ビッグデータの取り扱い能力が飛躍的に高まっていることやブロックチェーン(複数の人が参照できるデータベース)技術の発展を考えると電子通貨では民間銀行が介在する必要性は特にない.現金のように中央銀行が民間銀行に電子通貨を配布し市民が銀行で電子デバイスに電子通貨を移すのか(実際はオンライン上で行われるだろう),市民が中央銀行から直接電子通貨を受け取るのか,考える必要がある.後者の場合でも,市民が電子通貨を銀行に預金すれば,銀行は伝統的な預貸業務を営むことができる.

この問題は,民間銀行が行っている決済業務に関連する.Swishは銀行預金を前提にしたシステムであり,最終的には民間銀行が持つ中央銀行当座預金の振り替えで決済が完了する.電子通貨が中央銀行から直接市民に行き渡るケースでは,電子通貨の決済は中央銀行のバランスシート上での直接的な振り替え(このケースでは民間銀行が保有する当座預金が存在しないかもしれない)となり,民間銀行が決済に関わらない.企業間の資金決済,金融商品との決済,外貨との決済などビジネス上の必要性や利便性により民間銀行の決済サービスが生き残るかもしれないが,理論上は電子通貨の決済は中央銀行のみで完結させることも可能になる.決済は銀行に固有の機能と考えられているが,キャッシュレス経済では民間銀行の必要性が低下する可能性がある.

第2の付利とは,e-kronaに金利を付けるかどうかという問題である.もし付利をするということになれば,リクスバンクの政策金利(レポレート)が適用されるだろう.付利の問題は金融政策の有効性に関わる.従来は,中央銀行が政策金利を変更させると,それがイールドカーブや期待形成に影響し,住宅ローン金利や預金金利などより市民に近い金利が変化していくことで金融取引や投資行動などに影響を与えている.この経路の問題点は,金融政策の波及にはラグや不確実性が存在することであり,例えば政策金利を引き下げても企業への貸付金利や住宅ローン金利が変化せずに経済に影響を及ぼさない可能性がある.しかし,e-kronaに付利することになれば,ラグや不確実性が(完全にはなくならないとしても)低減して金融政策の効果はより顕著に表れることになる.

付利についてはマイナス金利との関係でも語られている.現金にはマイナス金利を適用させることはできないが,電子通貨であればマイナス金利を適用させることができ,金融緩和の効果をより強くするという議論である.しかし,電子通貨にマイナス金利が適用されれば,市民は必要最低限だけの電子通貨を保有して余剰分は他のもの(貴金属,外貨,ビットコインなど)に交換されるため,あまり意味がないだろう.

電子通貨への付利も民間銀行に影響する.電子通貨に付利がなければ市民は余剰の電子通貨を銀行に預金して金利を得ようとするだろうが,電子通貨に付利されるのであれば民間銀行がそれ以上の金利を提示しない限り預金は流入しない.これまでのように預金を主要な調達手段にはできなくなるため,民間銀行は金融市場から資金調達して企業や家計に貸し付けることになる.スウェーデンではそのような傾向がすでに見られているが,キャッシュレス経済においては預金離れが加速することになる.

第3の導入の時期については,詳細な仕様が定まりさえすれば,現在すぐにでも電子通貨の発行が可能である.e-kronaはスマートフォンなどの電子デバイスを用いることが想定されるが,現時点でもこれらの電子デバイスの普及度は非常に高く,政府(またはリクスバンク)がe-krona専用のデバイスを開発・配布すれば普及率を100%にできる.現実的には移行期間を設け,移行期間中は従来の現金と電子通貨が併存することになるだろう.スウェーデンのようにキャッシュレス化が進行している国では,移行期間を10年などの長期に設定したとしても,現金は数年で事実上駆逐されるだろう.

本稿では3つの要素に絞って考えたが,それだけでもキャッシュレス経済が金融政策や金融システムの在り方に大きな影響を及ぼすことが分かる.これまでの現金のように,銀行を介在させて電子通貨を配布-付利なしの組み合わせでは銀行が受ける影響は比較的小さいものの,中央銀行が直接配布-付利ありの組み合わせだと銀行は大きな影響を受ける.特にこのケースでは銀行は預金による資金調達を減らすことから,銀行の自己資本比率の意味するものも変わってくる.銀行が決済にあまり関わらず,預金もあまり受け入れないのであれば,破綻した銀行を救済する必要があるだろうか,このような点も議論されるだろう.

4.キャッシュレス経済の到来に備えて

今すぐにキャッシュレス経済になるわけではないが,いずれキャッシュレス経済が到来することは間違いない.単に現金通貨の形態が変わるだけでなく,金融システム,特に銀行の役割は大きく変わることになる.決済に関わるプレイヤーも多様化してイノベーションも進むことになる.どのようにしてキャッシュレス経済を迎えるのか,経済的な面だけでなく法的な面や社会学的な面も含めて議論が必要になる.最後に,キャッシュレス経済を迎えるにあたって必要なその他の論点をいくつか提示したい.

現金には匿名性がある.現行の紙幣でもRFIDタグをつけることである程度の追跡が可能ではあるが,電子通貨では設計によっては完全な追跡が可能になる.キャッシュレス経済は犯罪組織の経済活動に打撃を与えることになるだろう.一方で,市民のプライバシーの問題もある.経済活動におけるプライバシーとは何か,どこまで保護しなければならないのか,などを考える必要がある.

電子通貨の安定性や安全性も考慮しなければならない.例えば,電子デバイスの充電がなくなってしまえば決済ができなくなってしまう.電子デバイスの誤作動によって電子通貨を失うリスクもある.さらに,現在のところブロックチェーン技術の安全性は高いと考えられているが,安全性の向上は今後も重要な課題となる.

子供への教育をどうするか,物理的な形が見えない電子通貨の管理方法をどのように子供に教えるのか,という問題もある.収支のバランスを保つことや支出計画を立てることなどの初歩的な金融教育は,子供に現金を自分で管理させることで実感を伴いながら教えることができる.現在でも,カード払いによって支出計画が甘くなり,収支や資産の管理ができなくなるケースは年齢層を問わず見られる.キャッシュレス経済では,子供への金融教育の必要性がさらに高まるだろう.

スウェーデンは現在の形の紙幣を発行した国としては最も古く,リクスバンクの前身であるStockholms Bancoが1661年に紙幣を発行している.そのスウェーデンが世界で最も早く現金を廃止するかもしれないというのは大変興味深い事実ではないだろうか.

【参考文献】
川野祐司(2016)『ヨーロッパ経済とユーロ』文眞堂.

Gabriele Camera (2017), “A perspective on electronic alternatives to traditional currencies,” Sveriges Riksbank Economic Review 2017:1, pp. 126-148.

Björn Segendorf and Anna-Lena Wretman (2015), “The Swedish payment market in transformation,” Sveriges Riksbank Economic Review 2015:3, pp. 48-68.

Cecilia Skingsley (2016), “Should the Riksbank issue e-krona?” Speech at FinTech Stockholm 2016, Berns, 16 November 2016, Revised 30 November 2016.

Sveriges Riksbank (2016), “Reduced cash usage and the role of the Riksbank – Sweden’s experience,” The Swedish Financial Market 2016, pp. 99-102.

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