フラッシュ336
2017年5月24日
 

英国のEU離脱交渉の行方(その5)
-EU、交渉指針を決定、本格交渉は英総選挙後-

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

離脱協定後FTAの2段階交渉

英国を除く特別欧州理事会(EU首脳会議)は4月29日、英国からのEU離脱通告を受けて、英国との離脱交渉の基本方針となる「交渉指針」を採択した(注1)。第1段階で市民権や英国の予算分担金の取り扱いなどを含む離脱交渉を先行し、第2段階で離脱後に新たに結ぶ自由貿易協定(FTA)を念頭に、EU・英国の「将来の関係の枠組み」を協議するとしている。

2段階の秩序だった交渉プロセスを踏むことで、合意できない強制離脱というような事態を回避するため、合意のために真摯に努力するとしながらも、交渉が失敗に終わった場合を想定した準備にも取り組むとしている。ただ、英国は2つの交渉を並行することを強く求め、また、分担金の支払いにも難色を示しているので、交渉は、冒頭から激しいやりとりが交わされることとなり、難航必至である。

なお、指針採択を受けて、EUは交渉を担当する欧州委員会に与える交渉権限(mandate)の詳細を規定した「交渉指令」を5月22日のEU総務理事会で決定して、ミシェル・バルニエ首席交渉官を正式に任命し、交渉開始を指示する(注2)。

交渉指針の概要

交渉指針は2019年3月までの2年の交渉期間の原則を規定したEU側の交渉の取り組みの基本方針を明確化した極めて重要なものであるので、以下に抄出しておきたい。

〈前文〉

欧州統合は欧州に平和と繁栄をもたらし、急激に変化する世界の中で、共通の利益に関する事柄で前例のない水準と範囲の協力を可能にした。したがって、交渉におけるEUの全体的な目的は、EUとその市民・企業・加盟国の利益を守ることである。EUを離脱するとの英国の決定は、特に英国に、またそれほどではないにせよ他の加盟国に、混乱を引き起こしかねない重大な不確実性を生み出す。このことを念頭に、交渉は、秩序だった離脱を優先する段階的なアプローチに沿って、進めなくてはならない。今後の交渉でEUは、全ての加盟国にとって公正かつ公平で、全ての市民の利益に適う結果を達成するために、その結束を保ち一体として行動する。EUは、合意のために真摯に努力するが、交渉が失敗に終わった場合にも対応できるような準備もする。

(1)核心的原則

①2016年6月29日付け政府首脳・欧州理事会議長・欧州委員長の共同声明の原則に基づくものとする(注3)。すなわち、欧州理事会は、将来も英国がEUの緊密なパートナーであることを望む。(第三国としての)英国と締結するいかなる合意も、権利と義務のバランスに則って、公平な立場(level playing field)を確保するものでなければならない。EU単一市場の完全な維持のために、分野別アプローチに基づく(単一市場への)参入は許されない。加盟国と同じ義務に従わない非加盟国は、加盟国と同じ権利を持つことができないし、同じ利益を享受できない。英国政府が単一市場の4つの自由は不可分なものであり、「いいとこどり」(cherry picking)はありえないことを認めたことを歓迎する。

②EU条約第50条による交渉は、透明性を持って一括(single package)で行われる。全てが合意されるまで合意はないという原則に従って、個別案件での別々の合意はない。EUは交渉指針と交渉指令を通して、一体となって英国との交渉にあたり、各加盟国は個別に交渉しない。

③上記の原則は、秩序だった離脱交渉、将来の関係のための枠組みに関する予備的・準備的協議、および移行措置にも等しく適用される。

(2)交渉への段階的アプローチ

①交渉の主たる目的は、英国の秩序だった離脱を確実にすることにより不確実さを減らし、混乱を最小限に抑えることにある。交渉の第1段階は以下を目的とする。

  • 市民、企業、利害関係者、国際的なパートナーにとって英国離脱の直接的な影響を可能な限り明快にし、法的安定性を確保することにある。

  • 英国は、EU離脱にあたっての加盟国としての権利と義務を果たすこと、EU負担金の清算

  • 欧州理事会は、注意深く進展をモニターし、充分な進展(sufficient progress)が達成された時点で、交渉を次の段階に進めることを決定する。

②EUと英国の将来の関係に関する合意は、英国の離脱が完了してからでないと締結できないが、(条約第50条による)離脱の取り決めでは、将来の関係の枠組みも考慮しておかなければならないとしている。したがって、全体の枠組みは交渉の第2段階で扱う。欧州理事会が、第1段階で充分な進展があったと決定し次第、予備的・準備的協議に入る用意がある。

③交渉では、将来の関係を想定した枠組みを見据えた移行措置を決定することも探る。

④2年の交渉期間は、2019年3月29日に終了する。

(3)秩序だった離脱に向けた取り決めの合意

①どのEU市民とその家族がどの加盟国にも住み、働き、学べる権利はEUの基本である。英国のEU離脱によって、離脱時に影響を受けるEUおよび英国市民とその家族の地位と権利の保護を相互に保証することが交渉の最優先事項である。こうした保証は、効果的、強制的、無差別、包括的でなければならない。

②英国のEU離脱は、EU,英国双方のビジネスに影響を与える。交渉では、EU条約が最終的に英国に適用されなくなることによって生じる法的な真空を防ぐ手立てを探る。

③欧州投資銀行(EIB),欧州開発基金(EDF)、欧州中央銀行(ECB)のみならず、EUの多年次財政枠組み(MFF)から生ずる問題を含めた財政の一括清算によって、英国が加盟国としての義務をはたすことを保証すべきである。この清算には全ての約束および債務が含まれる。

④アイルランド島の特有な環境にかんがみ、EUの法的秩序の統一性を尊重しつつ、厳しい国境管理を回避するために、柔軟で、かつ想像力豊かな解決策が必要である。このことから、EUはEU法に適合する英国とアイルランドの現行の二国間の協定および取り決めを認める。

⑤欧州理事会は、英国がEUの一員として結んだ国際的な約束を離脱後も尊重することを求める。

(4)将来のEU・英国関係の枠組みに関する予備的・準備的協議

①欧州理事会は、英国が離脱後のEUとの緊密なパートナーシップを構築したいという意向を歓迎する。非加盟国に加盟国と同等の利益を与えることはできないが、双方に強力かつ建設的な紐帯が残るだろうし、貿易だけにとどまらないものでなければならない。

②英国政府は、単一市場に残らないことを表明したが、EUとの野心的な自由貿易協定(FTA)を追い求めるとしている。欧州理事会は、貿易協定の締結に向けた作業開始の用意がある。

③FTAはバランスが取れ、野心的かつ広範な分野に及ぶべきだが、単一市場参加と同等にはならない。特に、競争・国家援助に関して、公平な立場を確保するものでなければならない。この点で、とりわけ、租税・労働・環境・規制の諸措置および慣行を介しての不公正な競争上の利益に対する防衛措置を含むものでなれればならない。

④EUは、テロや国際犯罪との戦い、国防や外交政策など貿易と無関係の分野で英国と協力関係を結ぶ用意がある。

⑤EUと英国の合意をジブラルタルに適用するには、スペインと英国間の合意を必要とする。

(5)誠実な協力の原則

①英国がEUを離脱するまでは、同国は諸条約およびEU法の権利と義務に従って、完全な加盟国として残る。

②欧州理事会は、離脱する加盟国として英国の特殊性を考慮する必要を認識している。それは、英国が、なお加盟国として義務を尊重し、EUの利益に忠実である場合である。

③英国が加盟国としてとどまっている間、進行中の全てのEUの業務は、引き続いて28カ国でできる限り迅速に進めなければならない。英国との交渉は、これらとは切り離して行われ、交渉の進展を妨げない。

 

表1 EU交渉指針の概要

主要項目

内容

核心的原則

・離脱後はEU加盟国と同等の権利や恩恵は受けられない
・単一市場への特定分野だけ参加を認める手法はとらない
・27カ国が統一した立場で交渉に臨む。英国との個別交渉はしない

段階的交渉

・まずは秩序だった離脱での合意の協議を優先
・「十分な進展」が得られれば、FTAなど将来協定の準備協議に入る
・離脱後から将来協定が発効するまでの「移行措置」を検討

秩序だった離脱での合意

・在英EU市民と在EU英国市民の権利保護
・英離脱後の「法律不在」の回避
・EU予算の未払い金など負債の一括決済
・英国との間に生じる域外国境への柔軟な対応(アイルランドなど)

将来関係を巡る準備協議

・将来のFTAなどを定めた協定の妥結は英国の正式離脱後
・貿易だけでなく、テロ対策、外交、防衛などの分野を含む

(出所)European Council guidelines(29/04/2017)などから作成

 

本格交渉入り前、すでに神経戦

英国のテレーザ・メイ首相は5月3日、英国議会(下院)を解散し、6月8日の総選挙に踏み切った。世論調査では保守党が過半数以上の議席をさらに伸ばせそうな情勢で、そうなればEUに対する交渉力が強まると期待しているからである。したがって、EU側の交渉態勢は整ったので、総選挙結果を待って交渉が本格化する。

EUのバルニエ首席交渉官はEU市民の権利保護や離脱に伴う費用の算出方法について、本年11月までに英国と合意できれば、離脱交渉が「充分に進展した」と明言できるとして、FTA交渉の開始時期も早まると述べている(注4)。それでも、メイ氏が想定しているタイムスケジュールについては、EU首脳らは、2019年3月末までにFTAの合意を見込むのは非現実的だと考えているようである(注5)。

総選挙後に本格化する交渉を控えて、英国・EU双方の間で早くも険悪な雰囲気が漂い、神経戦が始まっている。

メイ氏の離脱交渉の強硬姿勢に対して、EU側からは大陸のメディアを介するなどして、批判的な内部情報がリークされているとみられる。こうした動きに対して、メイ氏は総選挙の結果に不当に影響を及ぼそうとしていると、EUを異例に強く批判している。

もう一つ、交渉の行方を読み難くする要因が新たに加わった。去る5月7日のフランス大統領選挙で当選を果たしたエマニュエル・マクロン氏が熱心な親EU派であるため、英離脱交渉でEU側の姿勢が強硬になるのではないかと、メイ氏はマクロン氏の勝利に強い懸念を持って受け止めている。マクロン氏がアンゲラ・メルケル独首相と組んでEUの交渉力強化に向けてどのように動きをするのか注目したい。

 

表2 英EU離脱の行程表

時期

主要事項

2017年3月29日

英国が離脱を正式に通告

   3月31日

EUが交渉指針案を加盟国に提示

   4月29日

27カ国の臨時欧州理事会(EU首脳会議)で交渉指針を採択

   5月3日

英国議会解散

   5月22日

EU理事会が交渉指令を採択

   6月8日

英国議会選挙

   6月22~23日

EU首脳会議

6月中旬

 

 

 

2017年秋ごろ

本格交渉を開始
EU側:優先課題について基本合意後、自由貿易協定(FTA)交渉に入る
・英国が約束した財政支出や債務の清算
・英在住のEU市民の権利保護
・離脱後のEU法が失効する英国の「法律不在」の回避
・EUと英国との域外国境(アイルランドなど)への対応
英国側:離脱協定とFTAを並行して交渉する
EU側:離脱協議について進展度をチェックし、第2段階へ進むかどうか決定

2018年10月までに

交渉は実質的に終了、全当事国で批准手続きに入る
・離脱協定に合意
・FTA枠組みに合意
・FTA締結までの移行期間(2~5年)に合意
合意できない場合、全加盟国が合意すれば交渉期限を延長

2019年3月29日までに

全加盟で批准を終える
英国が正式にEUを離脱する

(出所)執筆者が作成

 

注・参考資料:
1) European Council(Art.50)guidelines following the United Kingdom’s notification under Article 50 TEU (29/04/2017,Press release220/17Brexit)
2) European Commission, Recommendation for a Council decision authorising the Commission to open negotiations on an agreement with the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland setting out the arrangements for its withdrawal from the European Union(Brussels,3.5.2017COM(2017)218final)
3) Informai meeting at 27 Brussels,29June2016 Statement(Brussels,29June2017)
4) Reuters(2017/05/04)
5) Financial Times(2017/05/01)