フラッシュ337
2017年6月13日
 

対米通商摩擦を懸念するドイツ

 
新井 俊三
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

米独関係が悪化している。ドイツの大幅な対米貿易黒字などを問題視しているトランプ大統領は、5月25日、ブリュッセルで開催されたNATO首脳会議のあと、欧州委員会を訪問したが、ユンケル委員長、トゥスク欧州理事会常任議長と会談した際に「ドイツは悪い、大変悪い( bad, very bad )」と発言したと報じられている。

一方、メルケル首相はG7での会合でパリ協定などに対するトランプ大統領の考えに失望したのか、帰国後の28日、ミュンヘンでの会合で挨拶した際「ほかの国々を全面的に信頼できる時代は過ぎ去りつつある。」と語り、暗に米国を批判したと受け止められている。

貿易黒字、自動車貿易が焦点に

アメリカ・ファーストを掲げ、貿易赤字の縮小、米国での雇用の拡大をめざすトランプ大統領の就任により、日本同様対米貿易黒字をかかえるドイツでも対米通商摩擦が懸念されている。3月に米国商務省が発表した2016年の貿易統計によれば、米国の対独貿易赤字は654億ドルで、一位の中国の3,472億ドルとは大きくかけ離れているものの、日本(704億ドル)、メキシコ(693億ドル)についで第4位を占めている(注1)。

トランプ大統領はすでに就任以前に、メキシコで生産された車が米国に輸入されることにより貿易赤字がもたらされ、米国での雇用を奪うものとして問題視しており、フォードはメキシコでの生産計画を撤回し、トヨタは計画を変更しないが米国での投資増を発表している。同じ時期にドイツに対しても、BMWがメキシコで計画中の乗用車生産に対し、35%課税するとの警告を発している。これはBMW社がメキシコのサンルイシポトシ州に建設中の工場をさしており、BMW3シリーズが2019年から年間15万台生産される予定である(注2)。

トランプ大統領は選挙期間中からもドイツに対し厳しい発言を繰り返していた。ドイツの中東からの難民受入れを「破壊的な誤り」と非難し、ドイツにとっては望ましくない英国のEU離脱を評価、NATOの役割を軽視し、EUは不必要でドイツの支配の道具となっていると攻撃している。さらに、ユーロ安も問題視しており、自動車貿易については「ニューヨークではベンツをよく見かけるが、ドイツでシボレーは走っていない」(注3)と批判している。

ドイツの貿易統計で見ると、2016年のドイツの対米貿易黒字は491億ユーロで、対英黒字の504億ユーロについで黒字幅が大きい。自動車および同部品、機械、医薬品などが主な輸出品目である。自動車についてはドイツ自動車工業会の資料によれば、ドイツから米国への輸出は2016年で55万台であった。

シボレーはドイツでは見られないのであろうか。ドイツの連邦自動車局によれば2016年の登録台数で見るとわずか752台で、米国製で多いのはジープの1万4,782台であり、それに続くのがテスラの電気自動車で1,908台である。米国車合計でも1万8,372台で、シェアはわずか0.5%である。これは決してドイツ自動車市場が閉鎖的であることを意味するわけではなく、ドイツの乗用車市場で外国車が占める比率は2016年で36.8%に上っており、日本(9.3%)、フランス(7.0%)、韓国(5.1%)などが進出している。米国は戦略として輸出よりもむしろ現地生産を選択しており、フォードおよびプジョーに買収される予定のGMの子会社オペルはそれぞれ約24万台販売しており、シェアを合計すると14.4%を占めている。米国ブランド車が少ないわけではない。

ドイツ自動車業界は、2016年にはベンツ、BMW、フォルクスワーゲン3社合計で米国では85万台生産しており、そのうち41%が米国内で販売され、残りは約25%ずつが欧州およびアジアに輸出されている。ドイツ・メーカー車の昨年の米国での販売台数は133万台で、これはシェアでいうと7%強に当たる。米国でのシェアはGMが17.3%、フォード14.8%で、それに続くのがトヨタ14%、フィアット・クライスラー12.9%、ホンダ9.3%となっている(注4)。販売されるドイツ車は高級車が多いことから金額は比較的高額になると思われるが、台数だけでいえば合計してもホンダにも及ばない、ということであろう。

投資による雇用、現地での職業教育で貢献

3月17日、訪米したメルケル首相はホワイトハウスでトランプ大統領との会談に臨んだ。ニュースの映像では、会談前の写真撮影で記者団の求めに応じて握手をしようとしたメルケル首相に対し、トランプ大統領がそれに応じようとはせず、やや気詰まりな雰囲気にも見受けられた。会談では、両国関係あるいは米欧関係が重要であることを双方とも認識し、協調的なところを演出しようとしたが、両者の違いは隠し切れなかった、という。

ドイツ政府が発表したポジション・ペーパーによれば、大幅な貿易黒字に関し、ドイツとしてはドイツ製品が米国で売れるのは、良質な製品を購入する消費者の選択の結果であり、それを政策的に促進しているわけではなく、また抑制することも好ましくないとしている。また、ドイツは米国に巨額の投資を行っており、米国での雇用に貢献していることも考慮すべきとしている。ドイツは米国で最大の海外の雇用者であり、3,000社以上の企業が約67万人を雇用、売上高は4億6,600万ドルに及ぶ(注5)。対米投資に関連し、米国への貢献ということでドイツが挙げたいのが職業教育である。米国へ進出したドイツ製造業の悩みは本国並みの技能労働者が得られないことであったが、それを解決するために、進出先の州政府、州立大学などと協力し、ドイツをモデルとした職業教育を実施している(注6)。

メルケル首相の訪米にはBMWのクリューガー社長、ジーメンスのケーザー社長らが同行したといわれている(注7)。ドイツ企業の米国での雇用を広報することを期待されていたが、同時に米国でドイツ的な職業教育を実践していることを知らしめる目的もあった。

ドイツの職業教育については、米政権にも関わっているトランプ大統領の娘イヴァンカさんも関心を持っている。ベルリンで開催された女性リーダーの国際会議に参加したイヴァンカさんは、この機会を利用し、約3,000人を訓練しているというベルリンのジーメンス・アカデミーを訪問した。彼女の訪問にはジーメンスのケーザー社長、政府からヴァンカ連邦教育研究相も同行している(注8)。

関係悪化は回避

両首脳の相手国への批判については、それぞれの政府関係者は沈静化に務めている。トランプ大統領の「ドイツは悪い」というのは、大幅な対米黒字を批判しているだけであり、ドイツとの関係が悪いということではない、と米政府高官が発言している。翻訳の問題もあった。トランプ発言を最初に報じたシュピーゲル誌が、”bad”をドイツ語で”böse”と訳したが、これは英語では”evil”のような意味であり、より悪い印象を与えてしまったようだ。

メルケル首相の発言は、キリスト教民主同盟(CDU)のバイエルン州の姉妹党キリスト教社会同盟(CSU)がミュンヘンで開催した会合でなされたものである。9月に行われる連邦議会選挙の前哨戦のような会合であり、党員、支持者を前に前述のような発言がなされた。ビールがふるまわれ、身内の会合とはいえ、普段は慎重な言い回しをするメルケル首相にしては、踏み込んだ発言であり、米独、米欧関係の悪化を懸念する声も聞かれる。

選挙戦を意識しての発言ではないかとの観測もなされている。2002年の連邦議会の選挙戦で、やや劣勢にたたされていた当時のシュレーダー首相は、ブッシュ米大統領から求められていた対イラク戦争への参加を拒否することにより、選挙戦を有利に持ち込んだという例がある。メルケル首相は反トランプという姿勢を示すことにより、シュレーダー首相の前例に倣おうとしているのではないか、というのである(注9)。

米独通商関係については、G7での2国間協議で、両国で検討委員会を設置し、議論することで合意をしている(注10)。

 

注1:通商弘報5月16日
注2:Die Zeit online 1月15日、Frankfurter Allgemeine Zeitung (FAZ) online 2月1日
注3:Spiegel online 4月19日
注4:Handelsblatt online 5月25日
注5:Spiegel online 4月19日
注6:「米国でもデュアルシステムを」『ドイツ中堅機械メーカーの競争力報告書』2014年、国際貿易投資研究所
注7:Spiegel online 3月10日
注8:Handelsblatt online 4月25日
注9:FAZ online 5月30日
注10:FAZ online 5月26日