フラッシュ339
2017年7月13日
 

ILC、スティジングで早期建設を目指す~加速器の全長を短縮してコストを圧縮~

 
山崎 恭平
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
東北文化学園大学 名誉教授

 

2017年4月、復興大臣が東日本大震災の被害が首都圏でなく良かった旨口を滑らせ、被災地東北の人々の顰蹙を買った。国会議員や高級官僚の同様の出来事が相次ぎ、東北地方が明治維新以来「白河以北一山百文」と低く見られて来た認識が現在でも続いている表れではないかとの思いが背景にある。一方で、3年後に迫った2020年東京オリンピック・パラリンピックの準備で被災地東北が疎くなり復興が遅れていることを国民に知ってもらう上では、よくぞ失言してくれたとの皮肉もささやかれた。

建設候補地元紙の報道に見るILC誘致活動

そんな状況だから、東日本大震災と原発事故から復興して新たな地域創生を図ろうとしている東北地方に、産官学関係者や住民の期待する国際プロジェクト誘致計画が正念場を迎えていることはあまり知られていない。それは、ILC(国際リニアコライダー)という超大型加速器の建設計画で、ISS(国際宇宙ステーション)や南極観測に匹敵する国際科学研究のプロジェクトである。全国的にはほとんど知られていないILCは、東北地方では以下の記事一覧に見る通り誘致や教宣活動が新聞記事に頻繁に登場する。特に建設候補地のある岩手県や宮城県では、プロジェクトの推進に係る行政や経済界、学界だけでなく、プロジェクトについて出前授業や講演会等で学んでいる地元の小中高校生や地域住民にも広く浸透している。

しかし、未来を担う子供たちが「ILCって何?」と出前授業で関心を示し宇宙への夢を膨らませているような例は、今の日本では寡聞にして知らない。

ILC建設候補地日刊紙に掲載された関連記事一覧(2017年)

  ・副知事ら18日CERN訪問、ILC実現へ環境整備(1/13)
  ・ILC関連産業誘致へ利点訴え、名古屋でも催し((2/2)
  ・米とILC誘致枠組み協議へ、国会議員連盟が意欲(2/15)
  ・盛岡・新区界トンネル視察、加速器関連産業研(2/17)
  ・8月にコスト削減の計画決定か、加速器施設の建設関連(2/21)
  ・ILC誘致、看板で気運盛り上げ、奥州市の自治会が設置(2/28)
  ・ILC関連スロベニア企業、宮城県進出(2/21)
  ・奥州市がILC推進室を部に格上げ、17年度組織改編(3/9)
  ・ILC運営組織体制の検討開始、文科省の有識者会議(3/10)
  ・ILC誘致、コスト削減で「可能性」上昇、奥州市で講演会(3/12)
  ・ILCクラブ1期生“卒業”、中学生5人、盛岡で解散式(3/19)
  ・ILC誘致、県が施策強化、17年度受け入れ準備加速(4/2)
  ・国際研究機関の体制を検討、文科省ILC有識者会議(4/8)
  ・ILC誘致気運醸成へ特別展示、一関市商業施設では初(4/14)
  ・政府方針早期決定を、仙台でILC推進協決議採択(4/29)
  ・ILC、米議会に働き掛けへ、超党派議連実現目指し協議(5/5)
  ・「すごい」仕組み知って、奥州市で出前授業始まる(5/13)
  ・ILC東北誘致、独から研究者視察、県に環境整備助言(5/13)
  ・ILC誘致気運醸成へ21日催し、一関市小学生対象(5/17)
  ・ILC誘致国際調整、与党に要望、推進協政府決断訴え (5/19)
  ・CERN例にILC運営体制検証、文科省作業部会(5/24)
  ・ILC東北誘致、住民や教育整備「必要」、有識者会議作業部会(6/3)
  ・ILC誘致へ情報発信強化、県推進協が役員会(6/9)
  ・宇宙の起源につながる仕組みを学ぶ、福島高校(6/10 )
  ・ILC全長20キロに短縮、費用圧縮早期建設へ(6/25)
  ・VRでILC世界を体感、県立大オープンキャンパス(7/3)

(出所)岩手日報及び河北新報ウェブサイト

 

この国際プロジェクトの経緯や意義については、本フラッシュのNo264にまとめている。ILCはInternational Linear Colliderの略で、当初構想では東北地方の太平洋側を南北に貫く北上山地南部地域に地下100mにトンネルを掘って31~50kmの線形型加速器を設置し、宇宙誕生の謎に迫る素粒子の実験や研究を行う計画である。ヒッグス粒子を発見したスイスにある円形加速器LHC(大型ハドロン衝突型コライダー)の後続施設であり、LHCはCERN(欧州合同原子核研究所)が運営し日米等も資金や研究協力を行ってきた。さらに2012年には次世代型ILCを世界最先端の加速器技術を持ち、ノーベル賞受賞者が多い素粒子物理学先進国の日本に作る計画が検討された。国内の建設候補地として九州の脊振山地と東北の北上山地が対象であったが、13年に堅牢な岩盤から成る北上山地が適地であると一本化された。以降東北地方では産官学が一体となって誘致活動を展開し、政府は文科省が有識者会議で議論を重ね、海外からはLCC(Linear Collider Collaboration:線形型加速器推進委員会)の専門家が来日し調査を行い、政府や関係機関に働き掛けて来た。

線形のILCではスティジング建設が可能

ILCは2020年代に建設し30年代からの本格運用が計画され、国際プロジェクトのために日本政府の誘致決定が待たれている。その最大の課題は現計画で1兆2,000億円と見積れている建設費であり、日本が多くを賄いつつも欧米諸国等との国際的な費用分担協議を経なければならない。政府の掲げる「日本再生」や「地方創生」の成長戦略、あるいは科学技術立国といった計画では数兆円に及ぶインフラやいわゆるハコモノ案件が並ぶが、ILCはいずれの目的にも適うと見られるもののまだ政府計画には挙げられていない。注目されつつも政治家の選挙の「票」には結び付きにくい計画であるのに加えて、昨今の厳しい財政制約要因があるからといわれる。

そこで浮上したのが建設に要するコストを圧縮し早期建設を図る「スティジング」(段階付け)計画であり、昨年末に盛岡市で開催されたILCの国際会議LCWSで正式に提案された。これはコストの不足や節約のために加速器の全長を20~31kmに短縮してスタートし建設費の圧縮と早期建設を図る。その後、全長を延ばして行く言わば「小さく始め大きく育てる」建設計画が検討される。CERNに設置されている円形の加速器では技術的に難しいが、直線の線形型加速器のILCでは全長を短縮してスタートし段階的に長くして必要な機能を確保できるとされる。そのイメージは表1に示す通りで、加速器の全長が長くなるのに応じて実験や研究対象が増加してゆく計画である。

 

表1 ILCの加速器の長さに応じた主な研究対象

全長(km)

研究対象

20

ヒッグス粒子(物質に重量を与える素粒子、2012年に発見)
暗黒物質(ダークマター。宇宙に満ちていながら観測されていない物質)

23

トップクオーク(素粒子の一種、1994年に発見)

30

二つのヒッグス同時生成

50

未知の領域

(出所) 河北新報 2017年6月25日付 トップ記事「ILC全長20キロに短縮、費用圧縮早期実現へ」

 

盛岡市の国際会議は5日間にわたり開催され、外国からは約350名の研究者や関係者が参加し、約160名が建設候補地のサイト見学バスツアーに参加したことから、ILC建設計画の具体化に向けて内外の期待や熱意が大きいと観察された。また、雪降る中で会議を傍聴して感じたのは、段階的な建設を視野に入れたスティジング計画の検討が提案された背景には、日本にILCを誘致したい誘致して欲しいとの内外の強い期待があり、また反応の鈍い日本政府に実現を働きかけたものと受け止められた。そうした期待の大きさは、宇宙の謎を解き明かす研究に加えて、加速器の実験や技術革新を通じて、表2に示されるような私たちの生活に応用されるからである。

 

表2 加速器技術の応用分野

応用分野

具体的製品・技術例

医療

粒子線がん治療、ポジトロンCT、X線透視装置、超電導空洞、
精密加工、大出力高周波クライストン

生命科学

X線自由電子レーザー、次世代放射光ERL、たんぱく質の解析、 新薬の製造

新機能材料・部品創出

次世代カメラ、新素材

情報通信

次世代通信機器

計量計測

新光学素子、新電子回路

エネルギー・環境

宇宙ステーション、新交通システム、超高真空、核廃棄物分離処理技術、超高磁場超電動磁石高速磁率フェライト

(出所) Accelerating Innovation(パンフレット)東北加速器関連産業戦略ビジョン 産官学グローバルイノベーションゾーン東北創生 東経連ビジネスセンター

 

8月にもスティジング計画決定見込み

専門的な議論とは別に、ILCで未来に夢を描く中高生30人強が参加する発表会が併設され、中には欧米の研究者との意見交換が行われるなど未来の担い手を育んでゆく素晴らしい企画があった。また、盛岡中央公民館で開催されたILC誘致の県民大会では、10年ほどで1兆2,000億円とされる建設コストは、全日本人1億2,000万人が分担すると考えれば、1人当たり年間1,000円の分担で済むといった考えも披露された。コストは日本が全額負担しないから実際には数百円の負担で済み、経済的な誘発効果は4兆円以上が見込まれる。このように考えを巡らせ、国際的にも期待されている東北地方にILC誘致を是非とも実現しようと誘致活動の強化が改めて確認された。

河北新報紙がこの6月25日の朝刊トップで報じるところによると、日米欧等研究所トップらでつくるICFA(国際将来加速器委員会)の国際設計チームがスティジングによる新計画をこの8月にも決定する運びである。また、東北ILC推進協議会と先端加速器科学技術協議会(東京)はこの夏中に研究者の受け入れ体制等をまとめる予定で、文科省は有識者会議の議論を踏まえ2018年に誘致の可否を判断する。

東日本大震災からの復旧復興を図り将来の地域創生を目指す東北地方にとって、千載一遇のチャンスとも目されている国際科学研究プロジェクトILC誘致の実現が待たれている。

スティジング計画で実現の可能性が高まったと見られ、ひと頃期待が膨らんだ「復興五輪」への競技参加期待は野球・ソフトボールの予選のみに終わりそうであるが、ILC誘致には今大きな期待が寄せられている。