フラッシュ353
2017年10月17日
 

中国の対米投資と米国の国家安全保障
ITI米国研究会報告(2)

 
増田 耕太郎
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

米政府は、中国政府を後ろ盾に持つ米投資会社(キャニオン・ブリッジ・キャピタル・パートナーズ)による米ラティス・セミコンダクターの買収計画を阻止した。中国政府は数年前からラティスの技術に目をつけていた。ラティスのFPGA(プログラミング可能な集積回路)に関する技術である。対米外国投資委員会(CFIUS)が買収を承認しなかった後も、この投資会社キャニオン・ブリッジ・キャピタル・パートナーズは身を引かなかった(WSJ)。このため、米国政府は「外国投資および国家安全保障法」にもとづいて大統領判断による買収禁止となった。大統領判断による米国企業買収の禁止はトランプ政権では初めてである。

中国企業による米国企業をターゲットにした企業買収の急増に対し、米国内では戸惑いと懸念が広がっている。中国の対米投資と米国の国家安全保障についてITI米国研究会(公益財団法人JKA補助事業)メンバーの増田耕太郎ITI客員研究員に聞いた。(聞き手 ITI事務局長 大木博巳)

2016年の中国の対米投資は過去最高となりました。

-米国商務省の対内直接投資統計(国際収支統計)によると、2016年の中国からの対米投資額は103.37億ドルです。前年の59.17億ドルに比べ1.7倍増と、中国からの対米投資として過去最高額でした。ところが、中国企業による対米投資を投資契約等の発表をもとに集計している民間の調査会社(ロジウム)の調査結果(178件)は462.29億ドルです。 国際収支統計と比べると約4.5倍と大きく、358.92億ドルの差があります。

100億ドルも投資金額に違いがある理由は?

-国際収支統計には中国企業の外国にある子会社などからの投資は、中国からの投資に含まれていません。一方、ロジウムの調査は投資家が中国企業であるかどうかで判断します。契約段階における集計なので「最終的に実行」されたかどうかは考慮していません。中国企業による米国企業のM&A型投資額は全体の95.7%を占めます(金額:442.27億ドル)。その中には、中国政府の承認が遅れて買収が完了しないままのものが含まれています。また、米国政府によって阻止され買収契約を破棄せざるをえない案件となるものがあるかもしれません。

中国企業の対米投資の特徴は?

-先の調査会社(ロジウム)の集計結果と事例をもとに主な特徴をあげてみます。

  1. 中国からの投資が急増したのは2010年以降で、特に2016年は突出しています。
  2. 中国企業の対米投資はM&A型投資が主です。 2000年以降の事例をもとにした投資累計額(1,095億ドル)のうち約90.5%にあたる1,009億ドルがM&A型投資によるものです。
  3. 2016年の対米投資額の急増は民有企業によるものです。中国の国有企業による買収が注目を集めますが、最近は民有企業の10億ドルを上回る大型買収案件がめだちます。
    ただし、民有企業であっても、中国政府や党の強い影響力の下で活動していることが、懸念されています。
  4. 業種でみると、最近は「不動産、ホテル経営等のサービス業」が目立ち投資額では最大です。件数ではICT(情報通信)です。国有企業では「エネルギー分野」が最大の投資額です。

中国資本の急激な流入による米国の安全保障上の懸念と警戒感が広がっています。なかでも、議会からは審査の強化を求める意見が多数出ているとのことですが。

-米国の対内投資規制は、① 競争政策の視点から一定規模以上の企業買収を行う場合には競争当局(米国司法省と連邦取引委員会)への事前届出と承認が必要です。② 航空・通信・金融等の業種には業種別に定める規制当局の審査・認可が必要です。③ 外国企業による米国企業の買収には安全保障の視点からの審査があります。

外国企業だけを対象にした規制は、③だけです。「外国投資および国家安全保障法」(“Foreign Investment and National Security Act of 2007”、以下「FINSA」)に基づいていて、『エクソン・フロリオ条項(Exon-Florio Amendment in 1988)』を改正したものです。

中国企業による米国企業の買収が急増し国の安全保障に関わる分野に買収される企業が含まれていることから、連邦議会の議員から党派を問わずFINSAの審査の対象を広げ、CFIUSを強化し厳格化する主張があります。

「国家安全保障」の範囲は

‐FINSAでは「国家安全保障」の範囲を広げ重要産業基盤(Critical Infrastructure)の概念を導入し、軍事上の機密の範囲だけではなくエネルギーや基幹技術などに広げました。重要産業基盤は米国にとって必要不可欠なシステムや資産が不能ないし破壊によって国家安全保障を損なう効果をもたらすものを指します。FINSAは『国家安全保障の定義』をしていません。国家安全保障の見地から対米投資の審査の際に「何を考慮するのか」の11の基準を規定します(表―1)。そのうち、①~⑥はエクソン・フロリオ条項の時代、⑦以降はFINSA(第4条)で導入しました。

表1【FINSAの国家安全保障の判断基準】

  1. 買収対象の国内産業の国防上の重要性
  2. 国防に必要な人材・生産力・技術。資材等の供給やサービス確保における国内生産力
  3. 国家安全保障の要請に応えるための国内産業や取引に対する外国が及ぼす支配力
  4. 防衛関係の物資・装備・技術が、テロ支援国家・ミサイル技術・生物化学兵器の拡散に与える潜在的な影響
  5. 国家安全保障に関わる技術移転に与える潜在的影響
  6. エネルギー資産等の重要産業基盤に対する潜在的影響
  7. 米国の重要基幹技術に与える潜在的影響
  8. 買収により外国政府による支配をもたらす可能性
  9. 外国投資家の国籍国における核拡散防止への取組、テロとの戦いにおける米国との協力関係
  10. 買収によりエネルギー等の重要な資源調達の長期見通しへの影響
  11. 大統領およびCFIUS対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States:CFIUS)が重要と考える他の要素

審査を行うのは対米外国投資委員会ですね。

‐審査を行う対米外国投資委員会は、FINSAで大統領令から法定の設置機関になり、メンバー(表―2)を拡充しました。財務省内にあり、国家安全保障に関わる省庁が横断的に参加しています。

表2【CFIUS(対米外国投資委員会)の構成メンバー】

1) 財務省 (委員長:財務長官)
  CFIUSの実務全般は、財務省次官補(assistant secretary)が担当

2) 委員; 国土安全保障省、商務省、国防総省、国務省、司法省、エネルギー省、通商代表部(USTR)、労働省、国家情報局、科学技術政策局(OSTP)

3) オブザーバー 行政管理予算局(OMB)、大統領経済諮問委員会(CEA)、国家安全保障会議(NSC)、国家経済会議(NEC)、国土安全保障会議(HSC)


FINSAによる審査は3段階に分かれているということですが。

‐第1次審査【国家安全保障の審査 National Security Review】、第2次審査【国家安全保障の調査 National Security Investigation】、第3次審査【大統領判断Action of the President】です。最長の審査日数が決められ、それぞれ30日、45日、15日です。

米国企業の買収契約を結び契約内容が国家安全保障にかかわる可能性があると買収の当事者企業が判断した場合には、自主的にCFIUSに「通知」(Notice)をするのが慣例です。「通知」していない買収案件でもCFIUSは独自の判断で審査対象にすることができます。ただし、CFIUSから「第1次審査」をすると通告があった場合は、当事者企業から「通知」をします。CFIUSが国家安全保障上の問題がないと判断した場合には審査終了および承認したむねの文書連絡があります。

承認されない場合はどうなりますか。

‐第2次審査に進む買収契約は、第1次審査段階で「国家安全保障」を損なう懸念があると判断した案件です。第2次審査の段階では国家安全保障の脅威の軽減に向け、CFIUSと契約当事者間で投資計画を修正することがあります。それを「軽減合意」(Mitigation Agreement)と呼びます。中には軽減合意を得ることができず、審査段階で「通知」を取下げて買収契約を破棄する場合があります。

第3次審査で大統領による中止命令となる要件は、①投資計画が国家安全保障の脅威となる「信頼できる証拠」があること、②国家緊急経済権限法による以外に国家安全保障を確保する方法がない、ことです。

CFIUSに「通知」された中国企業の件数は?

‐CFIUSの審査対象は中国企業に限られません。米国の安全保障にかかわる外国企業による米国企業の買収契約はすべて対象です。FINSA成立後(2007~15年まで)の9年間でCFIUSに「通知」した中国企業が関係した件数は97件です。2012年以降の中国企業の件数は、毎年20件を超え国別では最多です。2015年だけでも143件中29件あり全体の約2割を占めています。

共和・民主両党の有力議員から政府の監視強化を促す主張がでています。

‐買収された企業に対する中国政府からの影響懸念から、連邦議会の有力議員から党派を超えて、さまざまな意見や法案提出の動きがあります。国有企業ばかりでなく民有企業に対しても、「軍」、「党」や「政府」からの介入や影響を懸念しています。このため、①CFIUSに対し中国企業による米国のIT系企業等の審査を厳格化する。②国家安全保障の視点だけでなく、経済的な要因も考慮するようにCFIUSに義務づけ、審査対象を拡大する、などです。さらに、米国企業の買収だけでなく、③グリーンフィールド型投資にもCFIUSの調査対象に広げることを主張する意見もあります。

連邦議会の諮問機関「米中経済・安全保障調査委員会」(USCC:The U.S.-China Economic and Security Review Commission)は年次報告書を公表し、中国の国有企業による米国企業の買収を禁止すべきと議会に勧告(2016年11月)しています。

‐中国が安全保障上の目的を果たすために国有企業を利用していると指摘した上で、「議会がCFIUSに関する法律を改正し、中国の国有企業が米企業を買収したり、経営権を握ったりするのを阻止すること」を提案しています。

トランプ政権下でも「中国企業による投資をCFIUSによる監視を厳格化すべき」との主張から、CFIUSの監視強化の法案提出の動きが党派を問わず多くの提案があります。

過去には、審議せずに廃案となった強硬意見の例に、①グリーンフィールド型投資もCFIUSの審査対象に加える、②外国投資家が新たな施設を建設する場合にはCFIUSの審査対象にする主張がありました( “Foreign Investment and Economic Security Act of 2014”( 外国投資および経済安定法案」)。

それらの主張に共通するのは、①対象分野の拡大、②CFIUSの権限強化です。

中国政府・党などからの影響を不安視しているのは、軍事あるいは最先端技術分野ばかりではありませんね。

国家安全保障に対する範囲が広がっています。軍事産業あるいは軍事技術に使われているものに限定されていません。今後は、軍事技術に直結しない分野でも~例えばインフラ関連分野の買収を認めないケースがあるかもしれません。

CFIUSの承認を得ましたが、農業・食料分野における供給や研究開発への影響を懸念する意見もありました。VIPが宿泊する高級ホテル等の買収も、盗聴懸念などの「情報セキュリティ」から不安視する意見があり、中国企業の傘下になったホテルの宿泊をVIPの人たちが避ける例も増えています。

映画産業分野の買収にも中国政府・党の影響を懸念する意見が議会指導者からありました。映画館チェーンの買収にとどまらずに映画やテレビ番組の制作部門への買収に広がってくると、中国政府等の影響を懸念しCFIUSの審査強化を求める意見です。ただし、「ゴジラ」などの製作を手掛ける映画製作会・レジェンダリー・ピクチャーズ(Legendary Pictures)の買収契約は、貴重な外貨資産の使用を認めない政策変更によって中国政府は承認しない決定をしたようです。

CFIUSの権限強化を訴える主張が増えている背景には何がありますか。

‐CFIUSの権限強化の主張は、最近になってから生まれたのではありません。従来は、投資自由化の政策を支持する主張が上回っていました。

CFIUSの権限強化等の主張が増える背景に、中国が「戦略的」にも「経済的」にも米国の競争相手となり、中国への危機感の高まりがあります。かつての90年以前は、安全保障分野では「ソ連」(当時)、経済分野では日本、ドイツなどと分かれていたのと、大きな違いがあります。

一方、中国企業の投資がもたらす経済効果のも目を向け過剰な反応をすべきではないとの意見も少なくありません。

大統領判断で買収を認めない判断をした事例にはどのような案件がありますか

‐第3次審査(大統領判断)で買収が認められなかった例は、冒頭のラティス・セミンコンダクター(Lattice Semiconductors)を含め、今までに4件あります。すべて中国企業が関わっている買収案件です。その前の2016年12月の中国企業によるドイツ企業・アイクストロン(Aixtron Inc.)を買収しようとして阻止されたのも半導体です。

アイクストロンは米国に子会社があるのでCFIUSの審査対象になりました。米国子会社が中国企業に買収されると、軍事利用が可能な技術が対象に含まれているので米国の安全保障の脅威になると、オバマ大統領(当時)は判断しました。その理由に、①アイクストロンは発光ダイオード(LED)照明やレーザーなどに使う化合物半導体の製造技術を持ち、研究機能がある米国子会社がこの技術に重要な役割を果たしている。②取引先に軍需産業のノースロップ・グラマン(Northrop Grumman) 社がある。③中国政府が資金調達で支援していることをあげています。

ラティス・セミンコンダクターの買収では、中国の企業登録情報から『買収しようした中国系企業のキャニオン・ブリッジ(Canyon Bridge)が中国の中央政府から資金提供をうけている』、『中国政府が手がける宇宙開発事業に間接的に関与している』、『国務院が、キャニオン・ブリッジに資金を提供している』など、中国政府が買収の後ろ盾になっていることが買収阻止の背景にあります。

半導体企業の買収に対して特にセンシティブなようですが。

‐最近のCFIUSの審査で目立つのは半導体分野の企業買収です。中国は『中国製造2025(“Made in China 2025”)』の計画になかで半導体および関連分野を重点産業分野の一つにあげています。中国は半導体分野で世界的な企業が育っていないので、企業買収によって半導体技術の獲得が近道です。

一方、米国では半導体産業分野の買収に対する危機意識は強いです。 オバマ大統領(当時)は退任直前の2017年1月に報告書(“REPORT TO THE PRESIDENT Ensuring Long Term U.S. Leadership in Semiconductors”)を公表し次の点を強調しています。『1,500億ドル規模の基金でM&Aを行い世界半導体のリーダーを目指す中国の野望が、米国にとって脅威となる』と指摘した。その上で、①「半導体のイノベーションを阻害する中国のM&Aを阻止すること」、②「米国の半導体企業のビジネス環境を改善すること」、③「次の10年間の半導体技術を変革させるようなイノベーションを促すこと」の提言です。

なお、中国企業による米国の半導体企業の買収契約に合意したものの、CFIUSの承認を得ることが難しいとの判断で断念した例は多くあります。中国企業以外にも買収を断念した例として、ドイツの半導体メーカー・インフィニオン・テクノロジーズ(Infoneon Technologies AG)による半導体メーカーのウルフスピード(Wolfspeed)の買収契約があります(2017年2月)。

中国企業が米企業買収に熱心な理由は

‐米国にとって、中国は戦略的・経済的に最大の競争相手です。米ソ対立の90年以前と状況が大きく異なっています。かつては、安全保障分野では「ソ連」(当時)、経済分野では日本、ドイツなどと分かれていました。中国にとって軍事的にも経済分野においても米国を凌駕するには、米国の最先端技術が欲しいです。

中国の大手企業は中国国内市場が大きいから『世界有数の大企業』であっても、必ずしも『グローバル企業』とは言えないです。世界投資報告(World Investment Report)の多国籍企業のグローバル化指標ランキングの上位に中国企業は多くありません。このため、世界中の展開する『真の世界企業』になるには欧米企業~特に買収しやすい米国企業を買収するのが近道です。

中国企業の買収に比較的寛容であったドイツでも警戒心を強めているようですが

‐中国企業による買収の急増は欧州~特にドイツなどでは国家保障の懸念が高まり、米国のFINSA法や審査機関としてのCFIUSのような制度を導入すべきとの主張が増えています。

ドイツ企業のアイクストロンの買収では、ドイツ政府は当初の買収容認(2016年9月)の決定を覆し、米国政府の安全保障上の懸念を受け承認を撤回し再審査にしました(同年10月)。最終的にはCFIUSによる承認を前提にした契約だったので、米国が認めない決定をしたことから買収契約は破棄になりました。この例からわかるように、中国企業にとって企業買収の法制度が定まっている米国の方が買収しやすく、米国企業の買収は今後も増えると見込まれます。

透明性の高い米国の方がM&Aはやりやすいとのことですが。

‐自国の産業発展に役だたせることを目的に重要関心分野の技術等を獲得する買収は、国家安全保障に関わる分野に関係する分野だけに、米国の世論の関心(議会等を含む)を呼ぶことはさけられません。仮に万一、中国企業が『技術』のみを獲得し中国に持ち帰るような経営行動を採ることがあれば、規制強化に向かうのは確実と思われます。

そうならないために中国企業は多くの買収断念の経験を活かしつつ、今後も米国企業の買収は続くと思います。

米国民から歓迎される投資国となるには何をすべきでしょうか

‐中国企業にとって大切なのは、米国民から「歓迎を受けにくい」投資ではなく「歓迎される」投資・経営行動をとることです。

技術獲得のための企業買収に過度に依存せず、R&D環境に優れた米国での研究開発投資を増やす。インフラ投資需要の取り込みに対米輸出に偏らず米国内での生産に重点を移す等の対米投資をすすめることです。

また、中国が多くの先端技術分野での対中投資を自由に認めない政策をとり続ける場合には、戦略的な重要産業分野の競合企業を買収しようとする中国企業の行動は厳しい批判を招き、米国政府の監視を強化し対抗する政策変更になりかねません。中国の外資規制とも深く関わっているといえます。

 

(参考)
1. 渡井理佳子:『アメリカの対内直接投資規制と中国のインパクト』(世界経済評論2017年11-12月号)