フラッシュ379
2018年7月19日
 

日EU・EPA調印、反保護主義の旗頭
-日EU連携して自由貿易を推進―

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

安倍首相とEUのトゥスク欧州理事会常任議長、ユンケル欧州委員会委員長は2018年7月17日、東京で念願の日EU・EPA(経済連携協定)に調印した。当初は7月11日、ベルギー・ブリュッセルでの調印式に安倍首相が出席する予定であったが、西日本豪雨災害で欧州・中東訪問が取り止めになったため、急遽、EU両首脳の訪日が決まった経緯がある。

2013年4月に始まった公式の交渉会合は18回に及ぶ長い日時を要したが、その間、関税分野などの交渉の進展が遅れ、合意が再三先送りされたが、2017年12月、日EU間で交渉が最終的に妥結した。

しかしながら、協定調印を目前にして、2つのリスクが頭をもたげる。一つは、保護主義への潮流を加速させる動きを一段と強めている「トランプ・リスク」である。本年11月の米議会中間選挙を意識したトランプ大統領が仕掛けた強引な通商戦略が中国、EUなど主要国を巻き込んだ「貿易戦争」とまで呼ばれるような異常事態を引き起こしている。米国が本年3月、1962年通商拡大法232条に基づいて、中国、EUなどからの鉄鋼・アルミ輸入に制裁関税を賦課して以降、中国、EUなどが次々に対抗措置を講ずるなど報復合戦がますますエスカレートしている。今のところ収束の兆しが見られず、IMF(国際通貨基金)が米国、中国、EU,日本など主要国・地域の成長率を下方修正するなど、世界経済への影響に警鐘を鳴らしている。

もう一つは、日本では見落とされている「イタリア・リスク」である。本年6月発足したイタリアのポピュリスト政党「五つ星運動」と極右政党「同盟」による連立政権が、きわめてEU懐疑的な立場から日EU・EPA調印を認めるかどうか、きわめて不透明であった。7月6日開催のEU理事会(閣僚理事会)は、日EU・EPAへの調印を承認した。イタリアが反対に回らなかったことから、杞憂に終わったことは幸いであった。実は、このイタリア・リスクは、2017年から暫定適用しているEU加包括的経済貿易協定(CETA)の批准を巡って現実化している。連立与党「五つ星運動」ディ・マイオ党首(経済発展・労働相)がイタリアの農産物保護を理由に「批准せず」との立場を明らかにしたことから、CETAが破綻となる可能性も出てきたのである(注1)。

保護主義に対抗する防波堤

米国、中国という世界第一、第二の経済大国の「貿易戦争」(という表現を現時点で使うことが適当かどうかはともかくとして)が現実化しつつある。米国のトランプ政権の独善的な「米国第一主義」と中国の一党独裁の習政権の「国家資本主義」が衝突を繰り返せば、戦後70年営々と構築してきた「自由で、公正な、開かれた」国際貿易経済システム(機能不全を起こしているWTOは抜本的な改革が必要なことは当然としても)が大きく破綻しかねない。ただし、現下の米中貿易戦争は、2020年代の米中の経済・ハイテクを巡る覇権争奪の前哨戦であることを認識せねばならない。

貿易戦争に勝者はいない、と歴史は教えてくれる。1930年代、世界中に保護貿易主義が蔓延し、排他的ブロック経済が次々と形成される中で、世界恐慌から第二次世界大戦へと突入した歴史の教訓を忘れてはならないだろう。

日EU・EPAは、世界のGDP(国内総生産)の約29%、世界貿易の約38%を占めるメガFTA(超巨大自由貿易協定)であり、2019年3月までに協定が発効すれば、初のメガFTAの誕生となる見通しであり、世界経済・貿易へのインパクトは大きい(表1)。先行しているTPP(環太平洋経済連携協定)は、トランプ政権が2017年1月にTPP離脱したため,米国抜きのTPP11が2018年3月調印された。すでにメキシコ、日本が批准を終えているが、残る9ヵ国の内4か国が批准を終えた時点で、TPP11は発効する。ASEAN10か国と日中韓など6か国が参加しているRCEP(東アジア地域包括的経済連携)も本年中の合意を目指して、交渉が加速化することを期待したい。トランプ政権下で米国とEU28か国が参加するTTIP交渉が頓挫していて、いつ交渉が再開されるか見通せないのは残念である。

日EU首脳が調印後の共同記者会見で強調したように、日本とEUが「自由貿易の旗手の先頭に立ち、世界に広がる保護主義的な動きに連携して対抗する」という政治的意思を世界に強くアピールし、保護貿易主義的な潮流を押し止める防波堤を築いた意義は大きい。

 

表1 4つのメガFTAの規模の比較(IMF統計2017年)

 

参加国・地域

人口(100万人、2016年、%)

GDP(10億ドル、2016年、%)

貿易(10億ドル、2016年、%)***

日EU・EPA

日本、EU28か国

637.0
(8.6)

21,347.0
(28.4)

11,901.1
(37.3)

TPP12

日本、米国など12か国*

817.7
(11.0)

28,771.9
(38.2)

8,501.6
(26.7)

TPP11

米国を除く日本など11か国

494.4
(6.7)

10,202.8
(13.6)

4,858.7
(15.2)

RCEP

ASEAN10か国、日中韓など6か国**

3,536.7
(47.6)

23,815.2
(31.6)

9,296.9
(29.1)

TTIP

米国、EU28か国

833.4
(11.2)

34,977.5
(46.5)

14,272.2
(44.7)

世界全体

 

7,432.7
(100.0)

75,278.1
(100.0)

31,906.4
(100.0)

注:*オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、米国、ベトナム、**オーストラリア、ブルネイ、カンボジア、中国、インド、インドネシア、日本、韓国、ラオス、マレーシア、ミャンマー、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム***当該国・地域のそれぞれ輸出入合計額を示す。

(出所)IMF, World Economic Outlook Database(April2017), Direction of Trade Statistics(June2017 )から作成

 

日本はアベノミクス再生、EUは結束強化

日本、EUそれぞれの事情を抱えていたこともあり、日EU・EPAの早期調印で双方の思惑が一致したことが考えられる。

日本側は、トランプ政権の2017年1月TPP離脱(2016年2月調印、2017年1月協定締結)によって、TPP11の調印(2018年3月) ・批准(2018年6月)が大幅に遅れたことに加えて、2018年3月の鉄鋼・アルミなど輸入関税引き上げなど貿易制限の拡大や日米閣僚級貿易協議(FFR)による対日経済圧力が強まることが予想されることから、対抗軸として日EU・EPAの調印・批准の優先度が急速に高まった。

また、米国のTPP離脱によって、アベノミクスの通商政策面での成長戦略に出た狂いを早急に修正する必要があったものと考えられる。日本経済の再生という点で、日EU・EPAは関税撤廃や投資ルールの整備などを通じて、貿易と投資を活発化させ、雇用創出、企業の競争力強化や日本企業のグローバル化を通して、日本の経済成長に大きく貢献することを期待している。因みに、日本政府が試算した効果について、実質GDPが約1%押し上げられるとみている。2016年度GDP水準で換算すると約5兆円に相当する。労働供給は約0.5%(約29万人)増加が見込まれるとしている(注2)。

安倍首相が日EU・EPA調印後の共同記者会見で、新協定を「アベノミクスの新しいエンジン」と呼んで、今後の成長戦略の切り札に考えていることは明らかである。

他方、EU側も切羽詰った事情があった。

2019年3月の英EU離脱、最近のポピュリズム勢力の拡大、難民・移民政策を巡るEU内の亀裂などEUは大きく揺れている。何としてもEUの求心力低下に歯止めを掛けたい。日EU・EPAによって自由貿易の先導役としての存在感を内外に示せれば、EUの結束強化がアピールできる。EUの真剣度は、安倍首相のブリュッセルでの7月11日の調印式が一度キャンセルになったにもかかわらず、トゥスク議長とユンケル委員長が、急遽東京で調印式に出席することを決意したことからも推測できる。

また、トランプ大統領が仕掛けた対EU貿易戦争は、どこまで相互の報復合戦がエスカレートするのか予断を許さない。EUとしては、報復措置の実行よりも話し合いによる解決を強く望んでいる。ユンケル委員長は7月25日、ワシントンで、トランプ大統領と自動車輸入規制問題などで会談する予定である。

2018年6月のG7首脳会議(加シャルルボワ・サミット)では、トランプ大統領の傍若無人の振舞で欧米関係に及ぼした亀裂は、修復し難い断絶に変わりつつある。マクロン仏大統領をして「G6+1」と言わしめたほどである。トゥスク議長は、EU首脳らに発出した書簡の中で「最悪のシナリオに備えなければならない」と危機感を強めている。米欧関係の危機がこれほどまでに高まったことはあまりないことである(注3)。

もちろん、2008年以後の複合危機と長期経済停滞からようやく抜け出したばかりのEUとしては、各国政権のみならず産業界でも、日EU・EPAによる経済貿易効果に対する期待は大きい。EU側は、GDPの押し上げ効果が0.8%、対日輸出は32.7%増、対日輸入は23.5%増、雇用創出42万人と推定している(注4)。

市場開放、90%超の関税撤廃

日EU・EPAの協定内容は、多岐にわたるので、本節では、日本、EU双方の主要な優先分野のうち、製品貿易の関税撤廃に関わる部分を取り上げることにする(表2)。

〈日本産品のEU市場へのアクセス〉
EU側の撤廃率は約99%となる。工業製品については、100%の関税撤廃を達成する。日本の最大の関心品目であった乗用車の関税(現行10%)は、協定発効後8年目で撤廃する。EU自動車市場での韓国車との競争上の不利が大きく改善され、日本メーカーの反攻のチャンスとなる。自動車部品の関税撤廃については、貿易額ベースで92.1%が即時撤廃されるが、今後は現地生産コストが下がる可能性があるため、欧州での現地生産に弾みがつき、日本、アジア地域で築いたサプライチェーンを欧州地域の生産拠点にまで広げる契機となる。

次に、農林水産品などについては、牛肉、茶、水産品などの輸出重点品目で、ほとんどが即時撤廃される効果は期待できる。酒類については、日本ワインの輸入規制(醸造方法・輸出証明)を撤廃、自由な流通が可能となる。農産品や酒類(日本酒など)に関する地理的表示(GI)の保護を確保した。

〈EU産品の日本市場へのアクセス〉
日本側の撤廃率は約94%、うち工業品などが100%、農林水産品が約82%となる。コメの関税削減・撤廃などは協定の対象外となっている。欧州産チーズについては、フランス産カマンベールなどのソフトチーズなど一部品目に低関税の輸入枠を新設し、現行29.8%の税率を段階的に引き下げ、16年目に撤廃する。欧州産チーズの輸入関税の即時撤廃といった市場環境の激変は回避できたが、欧州産ブランド製品との競争は激しさを増すので、日本の生産業者も一段の競争力強化に向けた努力が必要となる。

欧州産ワインの関税(現行15%もしくは1リットルあたり125円)については、即時撤廃する。フランス産ワインなどの国内消費が増えるだろう。パスタ・チョコレート菓子などの加工品については、現行税率(チョコレート菓子10%、マカロニ・スパゲッティ30円/㎏)を段階的に11年で撤廃する。

つぎに、工業製品については、化学工業品、繊維・繊維製品などは即時撤廃する。皮革・履物(現行税率最高30%)は11年または16年目で撤廃する。

 

表2 日EU・EPAで合意した主要品目の関税撤廃・削減

 

品目

現状

合意内容

対EU輸入

カマンベール・モッツァレラチーズ

29.8%

輸入枠設定(初年度2万トン、16年目3.1万トンに限定し、関税は段階的に削減、16年目に撤廃)

パスタ(マカロニ、スパゲッティ)

1キロ当たり30円

11年目に撤廃

ワイン

15%または1リットル125円

即時撤廃

牛肉

38.5%

16年目に9%

豚肉

低価格帯で1キロ当たり最大482円

10年目に1キロ50円

バッグ・革靴など

最大30%

11年目か16年目に撤廃

対EU輸出

乗用車

10%

8年目に撤廃

テレビ

14%

6年目に撤廃

日本酒

100リットル当たり7.7ユーロ

即時撤廃

(出所)内閣官房、外務省「日EU・EPAファクトシート」などから作成

 

日EU・EPA背景に対米協議を

トランプ政権による米国の通商拡大法232条に基づく関税引き上げや、それに対するEUの報復措置で「貿易戦争」の様相を呈する中、日本とEUがどのように連携・共闘していくべきか。

EUは基本的には、WTOのセーフガード協定で認められている範囲の権利を行使する方針をEU首脳会議で確認している。米国の関税賦課に対する「相殺措置」と位置付けており、即時に追加関税賦課を開始することなく、報復戦争の泥沼に陥らないように慎重に対処しようと努めている。

ユンケル委員長は「我々の望みは(EU原産の鉄鋼・アルミニウムに対する米国の追加関税賦課の)恒久的適用除外だ」と述べている。また、米国とのTTIP交渉の再開の可能性を示唆しているが、協議の前提には「相互主義の原則、WTOルールの尊重、『貿易戦争』の回避があると指摘、「米国の脅しに屈して、通商協議に戻る考えはない」との姿勢を明確にしている(注5)。EUとしては、日EU・EPAを背景として日本との連携を強めて、まず、米国との協議に着手し、TTIP交渉の再開へと繋げる戦略のシナリオを考えているのではないか。

日本は今のところ、EUのようなWTOのセーフガード協定による相殺関税措置を取ることに慎重であり、米国のTPP復帰を粘り強く訴えていく立場をとっている。日米FTAの締結を回避し、米国のTPP復帰に向けて圧力を強めていく場が日米閣僚級会議(FFR)であるが、今後、厳しい局面を迎えるかもしれない。

日本としては、今後、日EU・EPAを背景にして、トランプ大統領が仕掛ける貿易戦争を収束に向かわせるために、その保護主義的な通商政策を転換するよう強く求めるとともに、TPPへの復帰を粘り強く説得する作戦を取るべきである。

 

注・参考資料:
1.日本経済新聞(2018/07/14)
2.内閣官房TPP等政府対策本部「日EU・EPA等の経済効果分析」内閣官房HP
3.日本経済新聞(2018/06/28)
4.European Commission, A new EU Trade agreement with Japan(1July2017)
5.ジェトロ「欧州委、対米追加関税リストをWTOに通告(EU,米国)」(ビジネス短信、2018/05/21)