一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

フラッシュ

2018/09/12 No.392イタリア右派・ポピュリズム連立政権に大きな痛手となった高架橋崩落事故

新井俊三
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

イタリアのジェノバで、高速道路の高架橋が崩落し、43名が死亡するという大事故が発生した。崩落したのは、ジェノバとサボナを結ぶA10と呼ばれる高速道路で、ジェノバ市内にかかる高架橋。設計者の名前をとってモランディ橋と呼ばれていた。

1967年に完成したこの橋は、全長1,102m、地上からの高さ56mで、橋脚は11ある。そのうち8つの橋脚については、間隔が65mであるが、鉄道および河川をまたぐ部分については、つり橋形式となっている。橋脚を90mの高さにし、その高さから鉄筋コンクリートを斜め下に伸ばし、これで道路の重量を支える構造となっている。この部分の橋脚間の距離は208m(注1)。崩落したのはこの9番目の橋脚とそれが支えていた左右の道路部分である。

モランディ橋はジェノバを東西につなぐ橋であり、西に向かうとフランスにつながる交通の要所であり、完成時想定の3倍、年間2,500万台の車両が通行するといわれている。崩落したのは8月14日11時50分、強い雨が降る中、通行中の約30台の車が事故に巻き込まれた。

モランディ橋の危険性については、既に2年前にも警告が出されていた。2016年5月、ジェノバ大学の鉄筋コンクリートの専門家ブレンチッキ教授(Antonio Brencich )はテレビのインタビューで、この橋は維持補修費がかさみ、やがて橋の架け替え費用をも上回るようになるだろうと指摘している。90年代末までに補修費が建設費用の80%に達していた。ブレンチッキ教授によれば、設計者のリカルド・モランディ(Riccard Morandi)は直感で橋を作ったようなもので、構造計算が十分ではなかった、技術工学のミスであると批判している(注2)。

多数の死傷者を出し、重要なインフラを失ったということは、誕生したばかりの右派・ポピュリズム連立政権にとって大きな痛手となった。新政権は高速道路の管理運営を行うイタリア・アウトストラーデ社(Autostrade per l’Italia)の責任を激しく追及し始めており、現行の管理運営業務契約を取り上げることも検討している。

アウトストラーデ社の管理責任はどうか。橋の老朽化が進み、様々な警告が出され、架け替えの計画もあったが、同社は、規則に従い維持管理を行っており過失はなかった、という立場を取っている。事故原因の究明、責任者の追及はこれからである。

コンセッション方式の見直しも

今回の事故をきっかけにイタリア政府はコンセッション方式の見直しを検討している。

コンセッション方式とは所有権は国・地方自治体などに残したまま、インフラ・設備等の運営・維持管理を民間企業に委ねる方式である。ヨーロッパでも比較的早く整備されたイタリアの高速道路は全長約6,000km、そのうち約半分の3,000kmの管理運営をアウトストラーデ社が行っている。アウトストラーデ社の親会社であるアトランティア社(Atlantia)は、このほかにもイタリアで3つの空港の運営と外国での空港および高速道路の運営などを行っている。

このアトランティア社は、持株会社エディティオーネ社(Edizione)が間接的に支配している企業である。持株会社エディティオーネ社は、アパレルで有名なベネトン一族が所有する企業で、インフラ、通信、ケイタリング、アパレル、農業・不動産、金融等投資をしている。エディティオーネ社でインフラ部門を統括している企業がSintonai社である。Sintonai社は、今回、事故を起こしたアウトストラーデ社を所有しているアトランティア社の株式を30.25%所有している(注3)。

モランディ橋の崩壊を契機にアパレルのベネトンの不買運動が起こっており、アンチ・エシュタブリッシュメント政党である5つ星運動(M5S)もベネトンを攻撃の対象としている(注4)。

イタリアの高速道路は産業復興公社(IRI)や国営道路公団(ANAS)によって建設・運営されてきたが、IRIの道路部門であったアウトストラーデは1999年、管理運営会社として民営化された。民間企業による効率化を図るとともに、ユーロ参加の際に要求された財政収支改善のため売却益を狙ったものである。

コンセッション方式は民間企業のノウハウを活用し、官の支出を抑え、効率的な運用を行うものであるが、一方効率性、経済性を重視するあまり、ずさんな運行管理、安全性への配慮が十分ではない、などのマイナス面もある。

アウトストラーデ社とのコンセッションを解消できるのであろうか。現行の契約は2038年まで続くが、何らかの補償なしに契約を解消するのは困難であるし、再国有化となると財政負担の増加も考えられる。アウトストラーデ社との契約だけを見直すのか、それともコンセッション方式による他の事業の契約も見直すのかも、今のところ不明である。イタリアには現在約3万5,000社がコンセッション契約を結んでおり、高速道路・空港・港湾の管理運営から、エネルギー、ガス、水道、さらには道路清掃、スポーツ施設の運営など業務も多岐にわたる(注5)。

インフラへの投資増を検討

橋の崩落について「同盟」の党首であるサルビニ副首相は、イタリアが学校や道路などのインフラの補修に十分な支出をできなかったのは、EUが求める緊縮財政のせい、とEUを批判したが、このEUへの批判も的外れである。モランディ橋の維持管理・補修はアウトストラーデ社の責任であり、政府が関与する業務ではない。また、EUは財政赤字GDP比3%までを要求はしているものの、インフラへの支出を制限しているわけではなく、むしろ設備の老朽化対策などを理由にインフラへの投資を勧めている。

インフラの老朽化は先進国共通の課題である。第2次世界大戦後整備されたインフラも、建設後50~60年経過しており、大規模補修、建て替えの必要性も指摘されている。わが国の場合も、国土交通省は同省のウェブサイトで「インフラメンテナンス情報」(注6)で情報提供を行っている。ドイツにおいても8本の橋のうち1つの割合で正常な状態ではないといわれており(注7)、米国では約60万あるといわれる橋のうち、過去32年間で、1,062が崩落したという記録があるという(注8)。

先進各国は必要性に迫られながらも、財源難を理由にインフラ投資を先送りしてきた。

医療・福祉など人間の高齢化対策を優先し、建物等の老朽化対策を後回しにしてきたといえる。OECDによれば、イタリアの公共投資は2007年には約140億ユーロあったものが、2015年には約50億ユーロへと減少した(注9)。

サルビニ副首相は道路、学校などのインフラ投資を増額することを表明している。連立新政権は、それぞれの選挙公約を実施するとなると財政支出が増大し、EUが要求する財政赤字GDP比3%の上限を突破することが危惧されている。「同盟」は2段階のフラットタックスを導入し、減税を行おうとしているし、M5Sは一部に最低所得保障制度を導入しようとしている。そのうえ、公共投資増である。綱渡りの2019年予算編成となりそうである。

注1:Corriere della Sera紙ウェブ版2018.8.18

注2:南ドイツ新聞ウェブ版2018.8.14

注3:Financial Times ウェブ版2018.8.16

注4:エディツィオー二社については以下を参照

注5:Il Sole 24 Ore ウェブ版2018.8.22

注6:http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/02research/02_01.html

注7:http://tagesschau.de/ausland/genua-tag-danach-103.html

注8:Il Sole 24 Oreウェブ版2018.8.26

注9:Financial Timesウェブ版2018.8.18

フラッシュ一覧に戻る