フラッシュ393
2018年9月12日
 

何故マレーシアで政権交代が起きたのか (5)
~多民族国家、マレーシアはどこへ向かう~

 
小野沢 純
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
元拓殖大学/東京外国語大学教授

 

5.多民族国家マレーシアはどこへ向かう

政権を担う与党―希望連盟は、多民族から成る人たちが寄り集った政治集団である。しかも、かつてはマハティール首相に反対した人たちばかりである。新政権は内部分裂せずに連携しながら、これから政権運営を上手にやって行くことができるのか。最終回は多民族国家マレーシアの将来について伺う。(聞き手はITI事務局長 大木博巳)

 

マハティール首相と与党―希望連盟は、今は蜜月関係にありますが、かつての敵、いつ喧嘩別れしてもおかしくはありません。不安材料はありますか。

-それもあり得ます。しかしながら、今回自分たちがやっと政権を獲得できたのは、かつての敵将だが老練なマハティールさんをトップに置くことで、民族や主義主張を越えて共闘できたからだ、という認識をみんなが共有しています。そのため、新たな政治改革をしようというマハティールさんをリスペクトして一緒にやる限り、政権の安定さは確保されるはずです。

ただ、それがいつまで続くか。政治家というのは、だんだん欲が出てきます。特に反マハティール色の強かったPKR(人民公正党)内にはマハティールからアンワルへの早期交代を求める声が強まるかもしれません。それが不安材料になります。そんな場合はDAP(民主行動党)側が抑え役に回るでしょう。

あと1~2年でアンワルさんに首相職を禅譲することになっているけれども、マハティールさんは、「人びとのサポートがなくなったと感じたら、自分はすぐにでもステップダウンする」と公言しています。

4党から成る希望連盟が内部分裂せずに政権運営できるのか心配です。

-政府行政を初めて経験する政党人が多いので、しばらくは結束して行政のやり方を学びながら、実践していくことになるので、内部抗争をする余裕はないでしょう。

希望連盟はPPBM(マレーシア統一プリブミ党)とAmanah(国民信託党)がマレー人中心ですが、DAPは華人とインド人、PKRはマレー人、華人、インド人などの混成グループです。従来の与党(国民戦線)のように必ずしも民族をベースにした政党による統治体制ではなく、民族にあまりこだわらない仕組み、新体制を徐々につくることになるでしょう。

そうは言っても、マレーシアの政治は多民族国家という枠組みがしっかりあるので、政権交代したからといって、民族にこだらない政治の仕組みに一挙に変われると、考えるのは現実的ではありません。

-13党から成る国民戦線のこれまでの仕組みをみると、民族ベースで政治権力を分有すると謳っていましたが、ナジブ政権になるとむしろUMNO(統一マレー人国民組織)の1強体制になってしまった。華人とインド人の与党勢力がUMNOに追随する影の薄い存在になっていたのです。

その点で、政権を掌握した希望連盟政権を構成する政党には、すでに述べたように必ずしも民族をベースにした政党ではないけれども、マレー人や華人、インド人、その他のブミプトラ系が混在しているので、新たな仕組みを模索するエネルギーが出てくるように期待されます。

では、新政権はいったいどのような多民族国家をめざそうとしているのですか?

-これは、そもそも基本的な問題ですが、選挙前に希望連盟の中で十分な議論がなされていません。唯一、200頁以上にもおよぶ希望連盟の政権公約の前文の中で、次の二つが強調されています;
(1)「2020年ビジョン」に基づいた精神と信頼、連帯をベースにした「バンサ・マレーシア」から成る多民族国家をめざす。
(2)包括的で(inclusive:多民族社会全部を取り込む)、穏便な(moderate:急進的なイスラムや民族中心主義でない)、国際的にも一目おかれた多民族国家をめざす。

「バンサ・マレーシア」は、マハティール首相が提唱したと聞いています。

‐「バンサ・マレーシア」(マレーシア国民)とは、実は1991年に当時のマハティール首相が2020年までに先進国入りするという「2020年ビジョン」を発表したときに、提起したマハティールの政治理念です。

いつまでもマレー人だ、華人だ、と固執するのはもう止めよう、もっと大きく「バンサ・マレーシア」(マレーシア国民)として先を見ようと提案したのです。

「バンサ・マレーシア」が意味するのは、“多民族国家マレーシアの中で、各民族は自分の慣習・文化・信仰を守る自由が認められ、しかもひとつの国民に属しているという国民意識が感じられるような寛容な社会をめざす“(Malaysia, The Way Forward, 1991)d 1991)ことなのです。つまり、華人ならば、華人のアイデンティティと「バンサ・マレーシア」としてのアイデンティティを共有しようということです。

 

この斬新なアイディアはマレー人のみならず華人らの政治エリートたちにはなかなか受け入れらなかったようですが

-現実には「バンサ・マレーシア」文化が90年代以降に庶民の間で徐々に浸透しているのです。たとえば、中国正月に獅子舞をすると、これまではここは中国ではないぞと批判的な新聞記事が出たのですが、90年代以降は獅子舞もマレーシア文化の多様性のダイナミズム、と逆転する評価に変わりました。中国正月やイスラムのハリラヤ(断食明けの祭礼)に異なる民族を招待するオープンハウスは今や定着しつつあります。

このような多民族社会の変化を希望連盟政府はポジティブに受け入れているようです。とくにマハティールさんが結成したマレーシア統一プリブミ党(PPBM)のように、確かにマレー人を中心とした民族ベースの政党ですが、従来の政党のスタイルとは違ってマレー人の利益だけにとどまらず、「バンサ・マレーシア」のレベルを射程に入れて取り組むことによって、包括的な多民族国家へ向かおうとしているのではないでしょうか。

希望連盟は包括的な多民族国家をめざすことを掲げていますが、華人のグループは、もうマレー人優先政策をやめて、メリット主義でいこうということを昔から言っています。しかし、それをやったら、マレー人が付いてきません。

‐希望連盟の政権公約前文で、憲法3条(国教としてのイスラム)、153条(マレー人・ブミプトラの特別な地位)、スルタン制を守るなどを掲げているので、政権交代後も、憲法上に根本的な変革はないでしょう。ただ、民族問題になるからメリット主義はダメ、という単純な思考の時代ではもうありません。新体制では民族ベースの優遇策よりも民族に関わりなく本当に必要とされる階層を支援・優遇する政策へシフトする可能性がより高くなってきたといえそうです。

では、新政権はブミプトラ政策を見直すのでしょうか?

‐そうなりそうです。新政権の最初のブミプトラ会議(経済省主催の『ブミプトラと国家の将来に関する会議2018年9月1日、KLCCで)の基調演説でマハティール首相は、ブミプトラ政策を食い物にしてきたマレー人を批判しました;「ブミプトラ政策の下で政府はマレー人に多くのビジネス機会を与えてきたが、中にはAP(ブミプトラのみに与える完成車輸入許可証)や政府請負を第三者に転売して大儲けする輩がいる。今後は転売したAPや請負許可証は無効とする。成功したいなら、ブミプトラはその価値観を変えて、金持ちになる近道だけを考えることなく、自分で稼ぐ努力を惜しまないように」と訴えました。

そして、「希望連盟政権は、政府から現金支給を求めたがる人や政府からの許認可・ライセンスを売却すればすぐ金持ちになれると勘違いしている人たちの要請には断固として応じません。そのために、たとえわが政権が支持票を失って次の総選挙で負けたとしても、構いません。われわれは国民を悪くするために政権についたわけではないのですから」(Star, 2/9/2018)。

ここからもマハティール首相は、ブミプトラ政策がナジブ前首相によって権力を維持のための政治的武器として利用されたように、ブミプトラ政策をこのまま続ける危うさを示唆したといえます。

次期首相候補のアンワル氏の考えは

アンワル氏はもっと端的に指摘しています。会議の閉会式の演説で「優遇策は政府支援にふさわしい人なら誰でも対象になる。マレー人とブミプトラのためだけでない」と断言しました(Malaysia Chronicle, 1/9/2018)。これが新政権の方針となる公算が大きい。焦点をB40(所得下位40%の層)に本格的に移すアプローチがとれるでしょう。

ただ、政権交代によって、野党(UMNOとPAS)はマレー・ムスリム勢力だけになったので、野党はブミプトラ優遇政策でマレー人に訴えるという伝統的な政治手法を使うのは必至であり、新政府のブミプトラ政策見直しは一筋縄では行かない。

ブミプトラ政策の中核である「新経済政策」(NEP)は、1971年に導入され、1990年に形式的には終わっているものの、実質的にその後も適用され続けています。

‐2020年には実に半世紀も続くことになります。そろそろ終焉を迎えてよいのはないだろうか。

第一に、新経済政策は目標を達していないといわれますが、この間にマレー人と華人などの民族別所得の格差は、まだあるものの、大幅に縮小しました。その結果、2007年の数字ですが、所得階層別の分布をみると、ミドルクラス(世帯月収RM3000-5,000)ではマレー人51%、華人32%、インド人10%、その他ブミプトラ7%となり、これはマレーシアの民族別人口構成比をほぼ反映しています。ミドルクラスにマレー人が少ないという議論はもう通用しないのです。

第二に、就業構造でも2007年の時点で、医者や弁護士、エンジニアなどの高所得の専門職の民族別分布をみると、マレー人がトップで華人を上回っています。全体の人口比率からすればあまり前のことですが、そのあたりまえの状況になりつつあることがあまり知られていない。

第三に、ブミプトラ(マレー人+その他ブミプトラ)の人口比率は2015年で68%、2020年には70%台になるでしょう。そうすると人口の7割を占める人々を優遇するという新経済政策は何か奇妙に見える、本当に妥当性のある政策なのかなという疑問さえ出てくるでしょう。

しかし、NEPのもとでのブミプトラ優遇政策はもう止めてほしいと華人など非ブムプトラ系の人たちが声を上げれば、すぐ民族問題として燃え上がることは火を見るよりも明らかです。

‐上述した三つの点からも、憲法153条を改正することなく、むしろ当事者のマレー人側からブミプトラ優遇政策は棚上げにする、あるいは取り止めにすると提言する時代を今迎えているのではなかろうか。

そのためには、マレー人社会一般が理解できるようなマレー人の強力な政治リーダーシップが、今こそ求められています。それができるのはマハティールさんしかいない。そして、そのマハティール路線をアンワルさんが引き継ぎ、定着させる。これが希望連盟政権の大きな挑戦になるのではないでしょうか。今こそ求められるのが、マハティールとアンワルのリーダーシップです。

 

(了)