一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2019/10/11 No.434ITIタイ研究会報告(1)チェンマイにおける中国と日本~押し寄せる中国人、引退生活を楽しむ日本人~

藤村学
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
青山学院大学 教授

ITIタイ研究会(JKA補助事業)では、8月後半に、タイ北部、ラオス北部に現地出張した。目的は南北経済回廊沿いのインフラ整備・物流状況および中国資本の進出状況などを視察・ヒアリングして回ることだった。ラオスでは「一帯一路」のインフラ建設を目の当たりにすることとなった。

バンコクからチェンマイへ飛び、そこから陸路でチェンライ→メーサイ→チェンセン→チェンコン→第4メコン友好橋を渡ってラオスへ→フェイサイ→ルアンナムタ→ボーテン国境→ルアンナムタ→ムアンシン→シェンコック国境→ルアンナムタ→ウドムサイ→ルアンパバン→ヴァンヴィエン→ビエンチャンと回った。

同行者は、藤村学・青山学院大学教授、春日尚雄・都留文科大学、大木博巳ITI事務局長の3名。

第1回は、タイ北部の中心、チェンマイの変化について藤村教授に伺った。聞き手はITI事務局長大木博巳。

Q.7年ぶりのチェンマイ、大きな変化は?

チェンマイにはここ3年ほどで新しくショッピングモールが3つできたようです。1つは最も新しい、ニマンヘミン通り見たMAYA、もう1つは郊外東側でリングロードが国道118号線と交差する地点にあるCentral Festivalで、タイ全国に展開するセントラルグループの店舗、そしてもう1つはCentral Festivalからリングロードを南へ3~4m下った地点に同時期にできたPromnadaの3つ。

最後のPromnadaはオランダ系資本によるものですが、市街から遠いことと、プレゼンテーションがまずいのか、客の入りが悪く、閑散としているとのことです。

MAYAはルミネーションで輝き、ニマンヘミン通りに渡ると、さらにその変貌ぶりに、7年間に訪れたときの記憶を大きく上書きされました。以前はニマンヘミン通りには垢抜けたレストラン、コンドミニアム、スパなどが集積し、日本料理レストランが10軒前後ありましたが、今回目撃した大規模なショッピング施設や土産物店舗の集積は、近年の「爆買い現象」を反映しているのでしょう。通りの左右には明らかに中国人観光客を意識した看板が中国語表記の店舗が多いです。「退税」(税の払い戻し)といったアピールをしています。

ニマンヘミン通りに入ってすぐ左手にある“Ichitan”という名前のレトロ調の外見のショッピングモールは、ファッション系店舗が並ぶアーケードの奥に、“One Market”と冠したハイエンドのフードコートがあります。Ichitanという名前は、Tanという華僑系ビジネスマンが、日本ブランドのイメージを利用して「イチ」を足して付けたもので、ショッピングモールの入り口にはシンボルとしてIchitanタワーが建っています。

Q.中国人が増えたことでチェンマイの物価が上昇したそうですが。

中国人観光客の急増のおかげで、飲食代も含めて生活関連の価格が上がったそうです。地元タイ人たちはしたたかに新しい経済機会に対応しており、観光客相手のぼったくりソンテウ(乗合タクシー)も増えたとか。飲食店では外国人用メニューに中国語メニューが増えたそうです。

ただ、地元の中国ビジネス関係者によれば、中国人観光客は、チェンマイにお金が落ちないと不満を漏らしていました。ホテル代、交通費、観光案内、買い物の支払いなど観光にかかわる支払いのほとんどが、元で決済されているとのことでした。

Q.チェンマイには中国人観光客だけでなく。中国人留学生も多くいるようでした。

チェンマイ大学経済学で大学院生20人ほどを相手に特別講義をしました。メコン地域における越境インフラ整備により経済統合が進んでいる状況について話しました。中国資本の進出形態が必ずしも持続的と思われない経済現象を生んでいるエピソードを交えたのですが、学生の半分が中国からの留学生だということが後でわかり、彼らがどう受け取ったか、やや微妙でした。

ちなみに、今回出張でチェンマイ県からチェンライ県にかけて通訳ガイドをお願いしたチェンマイ大学農学部博士課程に在籍のFさんは中国系タイ人で、ご両親は雲南省から移住した華僑です。話をきくと、ご両親は雲南省からミャンマーに渡り、タイで身分証明書もないままゼロから身を立てて苦労したとのこと。Fさんは母国語のタイ語と英語に加え、中国語(北京語)も流暢です。Fさんによれば、小さいとき北京語を学習するために公立学校の特別クラスに志願しなければならなかったが、今ではチェンマイはおろか、おそらく全国的にも、北京語が第2必修外国語として小学校で教えられているのではないかとのことです。高校レベルになると中国各地の高校と協定を結び、交換留学も増えているのだそうです。日本は中国が台頭する時代に、周回遅れかもしれないと感じました。

Q.他方、チェンマイには定年退職後の引退生活を楽しんでいる日本人がいます。

チェンマイには、Chiang Mai Longstay Life Club (CLLクラブ)というクラブがあります。旧城壁の北西角から北西に伸びるHuay Kaew Roadという幹線道路に面するHillside というコンドミニアムの1階が商店フロアになっており、その一画にクラブのオフィスがあります。

2003年創立で、現在クラブの会員は約126人で男性7割、女性3割。夫婦は2割程度だそうです。「ロングステイ」という名前ですが、日本が寒い時期にチェンマイで過ごす「シーズンステイ」の人も多いとのことです。創立期の会員は平均60歳前後でしたが、その人たちがそのまま年齢を重ねたことと、日本での引退年齢が上昇したことで、会員の平均年齢は73~74歳となったため、最終的に日本へ帰国することを決断する人がいるので、会員数は徐々に減ってきたそうです。クラブの活動は講演会、温泉旅行、戦没者慰霊祭といったイベントのほか、日常的にはゴルフ、コーラス、カラオケ、囲碁、タイ語、英語、フォトといった同好会単位で事務所に集っているようです。

高齢の日本人滞在者の最大の心配は医療保健問題です。日本で非居住者となっている人の場合、年金をバンコクの銀行口座に送り、そこからタイの医療保険に入るのが通常の対処方法でしょうが、タイでは70歳を超えると医療保険に入れないという問題があるそうです。したがって、70歳を超えて医療費がかかりそうな状況になるとすぐに日本に帰国して住民票を入れ、国民健康保険に再加入するという「病気になったら帰国」体制をとらなければならない、と聞きました。

Q.日本企業の進出は?

チェンマイは農業、観光、サービス業が主産業で、製造業の集積がないため、チェンマイに在住する日本人駐在員は、南方向へ約30kmのランプン県にあるNorthern Region Industrial Estate(北部工業団地)に入居している企業関係者のようです。そちら関連の駐在員が参加するチェンマイ日本人会は約300人参加しているとのことです(上述クラブでの聞き取り)。同工業団地には、大手ではHOYAオプティクス社が入っているほか、タイ語のホームページをFさんに見てもらったところ、Takano, Tanaka, Joetsu, Tsunoda, Hirota, Nozaki, Fujikuraといった日本企業名が挙がっているようですが、詳細はわかりません。バンコク圏立地の日系企業へ空路で部品を供給するサプライヤー企業が多いのではないかと推測しますが、今回はランプン県を調査対象に考えておらず、詳細は次回以降の機会に譲りたいと思います。

Q.チェンマイで引退生活を楽しく過ごせるように、日本人向けのスマートコミュニティ事業を進めているタイ人実業家に会いました。

チェンマイ市内にDENCHAI Digital Officeという名前の老舗の大型事務機器量販店があります。ブラザーや富士ゼロックスなど、バンコク方面から仕入れたと思われる多くの日本ブランド製品を販売しています。その店の創業者が元チェンマイ商工会議所会頭を務めた地元の名士です。量販店ビジネスの経営は娘さんに譲ったうえで、ご自身は、新規事業として、日本人引退者をターゲットにした“Hospica Villa:Chiang Mai Smart Community” と名付けた長期滞在住宅地を開発・販売しています。

同氏によれば、チェンマイ政府は富裕な日本人引退者層の誘致を行ってきたが、政府が目をつける前に、このビジネスに参入しようというアイデアがあったそうです。日本人引退者が気候の穏やかなチェンマイで暮らそうという潜在需要は以前より大きいが、インフラ不足、情報不足が制約となっていたところ、日本人のニーズを押さえたうえでワン・ストップ・センター的な住居開発を考えたそうです。そのモデルは、千葉県にある「稲毛スマートビレッジ」です。

施設はチェンマイ市街から北へ39km、チェンマイ県メーテーン郡サンマハーボン地区にあり、幹線道路から280m入ったところ。これまで、7.2haの土地に総額3~4億バーツを投じてきたようです。現場を視察する時間はありませんでしたが、ヒアリングといただいたパンフレットからは以下のような概要です。

  • 住居棟群は36~96m2の広さのレンジで合計471部屋を用意している。24~64万ドルの一括払込金で20年間のメンバーシップを買い、月額1,300ドルの家賃で朝食付き、温泉、ジム、医療プログラムなど各種アメニティが提供される。敷地内には外部の訪問者が泊まれる4つ星クラスのホテルや娯楽施設も建設する予定。(www.hospicavilla.comサイト参照)
  • ここに長期滞在するとすれば、トータルで月あたり7~8万バーツ(24~28万円)を考えればよいだろう。一括払込金の保全が心配だが、現地の銀行と提携したファンドで運用するという。
  • 政府に開業認可を申請中。最初は単独で開発を開始したが、日本企業が興味を持ち、提携の相談を持ちかけてくるようになった。これからパートナーを選別する。日本人の需要層からみて持続可能なビジネスモデルに仕上げたい。
  • 中国人富裕層はここよりさらにハイエンドな住宅を需要するだろう。

Q. 元チェンマイ商工会議所会頭は一帯一路にもかかわっていたようでした。

はい、チェンマイ商工会議所会頭20年以上やってきた関係で、アジア開発銀行(ADB)が主導する大メコン圏(GMS)の域内経済協力と、それに対抗する形で中国が2015年に独自に立ち上げた「一帯一路」構想をメコン地域で推進する「瀾滄江メコン開発協力 Lancang Mekong Cooperation (LMC)」という域内協力プログラムの両方において外交窓口の役割を引き受けることになったようです。以前、広州で開催された観光開発のコンファレンスに招かれたこともあると言い、そのときの写真を見せてくれました。

チェンマイでも一帯一路フォーラムが開催され、中国のエンジニアリング企業が豪華なパンフレットでプレゼンを行っています。タイは一帯一路戦略にとって東南アジアのハブに位置し、チェンマイはそのヘソになる要衝に位置する一方、タイ政府は「債務のワナ」問題を認識しており、チェンマイも急激な中国進出は好まず、汚染を伴う重工業は歓迎せず、投資計画の詳細公表を義務付ける方針だということです。

ただし、ヒアリングからは、ご自身はかなり高齢でもあり、外交的仕事よりもコミュニティ・ビレッジ運営に精力を割きたいという印象でした。

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