フラッシュ467
2020年6月17日
 

新型コロナウイルス感染症:「パンデミック」宣言と欧州危機(その4)
-EU、域内国境管理解除を急ぐ、観光業回復が狙い-

 
田中 友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

※2020年6月16日に掲載した内容に加筆修正いたしました。

独の域内国境封鎖の衝撃、EU理念を揺らす

ドイツ政府が去る3月15日、翌16日から国境を越えて拡大する感染爆発を遮断するため、フランス、ルクセンブルク、デンマーク、オーストリア、スイス5か国との国境で、「シェンゲン協定」(注1)で撤廃した国境管理を一時的に復活させ、特段の理由のない出入国は認めないと発表した。この衝撃的な決定は、WHO(国際保健機関)のテドロス・アダノム・ゲブレイエソス事務局長が「欧州が今、新型コロナウイルスのパンデミックの震源地となった」と宣言した2日後のことである。

当時、感染爆発から多数の感染者や死亡者が出て医療崩壊の危機に陥っていたイタリアから、感染拡大が予想をはるかに上回るハイペースでスペインやフランスなど周辺国へ広がりを見せる中、その惨状が様々なメディアやSNSなどを通じて、ドイツ国民の間にも日常的に広く伝播されていた。

欧州の盟主であるドイツがEU単一市場の要である「域内移動の自由」を保障する基本理念と相いれない国境封鎖に踏み切ったことで、この理念が大きく揺らぐことになった。国境管理の強化に慎重な立場だったアンゲラ・メルケル首相は、国内の感染者が急増する中、世論に押される形でシェンゲン協定を維持すべきだとの方針修正を迫られ、「感染拡大を遅らせるために思い切った対策が必要だった」と自らの決断を正当化した。現実主義者のメルケル氏はEUの理念よりもドイツの国益を優先した。

スペイン、デンマーク、オーストリア、ポーランド、チェコなど他のEU加盟国も非常事態宣言を次々と発出、入国禁止を含む国境管理を強める動きが広がりを見せていた。急遽、EU首脳会議が3月17日に開催されて、域内の移動制限の是非について議論されたが足並みがそろわなかった。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は加盟国で感染者が急増しても、シェンゲン域内国境管理(注2)について「社会的・経済的影響が大きい」として推奨しない立場を繰り返していた。

結局、各国で周辺国との国境を封鎖する動きが広がる事態を緩和しようと、テレビ首脳会議では、EU全体で域外外国人の不要不急の入域を30日間、原則禁止することを決めた。EU域外国境管理(注3)に加わるのは、アイルランドを除くEU26か国とシェンゲン協定を締結しているノルウェー、スイス、アイスランド、リヒテンシュタインのEFTA(欧州自由貿易連合)4か国の計30か国である。アイルランドはEUを離脱した英国との間で往来が自由になっており、今回の措置に加わらなかったが、要請すれば、加わることができる。

EU首脳会議は3月17日から30日間原則禁止することで合意したが(注4)、欧州委員会は6月5日、6月末まで延長する方針を明らかにした。最新時点の動きとして、欧州委員会は6月11日、域内国境管理を6月15日までに解除し、域外国境管理を7月1日から段階的・部分的に解除するよう提案している(注5)。

各国、域内国境解除に動く

EU加盟各国は3月中旬以来の厳しいロックダウン(都市封鎖)を徐々に緩和、夏の休暇シーズンを視野に、自国の社会・経済活動を再開する中、域内国境管理の解除や域外国境管理の一部緩和の動きを強めてきている。

ドイツが規制措置を大幅な緩和し、社会・経済活動を再開する中、正常化に大きく動きだした。独政府は5月16日にルクセンブルクとの域内国境封鎖を解除したのに続いて、6月15日にフランス、オーストリア、スイス、デンマーク、イタリア、6月21日にスペインとの域内国境管理を解除する。ホルスト・ゼーホーファー独内相は6月10日の記者会見で「EU域内の移動の自由が復活する」と強調した。

フランスのエドゥアール・フィリップ首相は5月28日、国境管理についての緩和措置を発表した。具体的には、域外国境管理については6月15日まで継続するが、その後はEUレベルで協議したうえで、決定するとしていた。欧州委員会は現在、7月1日から段階的に緩和していく方針を示しているので、当面継続されるだろう。エマニュエル・マクロン仏大統領は6月14日、フランス国民向けのテレビ演説で「(新型コロナウイルスとの)第1段階の勝利をうれしく思う」と宣言、6月15日から原則として域内国境管理を解除し、EU域内のほぼ全ての加盟国からの観光客の入国を認めると述べた。

イタリアのジュゼッペ・コンテ首相は5月16日、「感染のリスクを取らなければ、我々は再び立ち上がることができなくなる」と述べ、3月10日から全土で実施してきた厳しいロックダウンを段階的に緩和し、6月3日から域内国境管理を解除する政令に署名した。国内総生産(GDP)の13%を占める観光業に大きく依存しているイタリアでは、3月からは事実上すべての観光サービスが行われなくなり、経済は大打撃を受けた。夏の観光シーズンを前に、他のEU加盟国に先行する形で、6月3日からシェンゲン圏内からの外国人観光客の入国が認められることになった。

スペインのペドロ・サンチェス首相は5月23日、「7月までに全土が緩和の最終段階に移行し、外国からの観光客の受け入れが再開できる」と述べた。シェンゲン圏からの観光客の入国解禁については、具体的な時期は明らかにしていなかったが、イタリアやギリシャなど観光業の競合国がそれぞれ6月3日、6月15日からEU加盟国からの観光客の入国解禁を表明する中、同首相は6月14日、記者会見で域内国境管理解除をこれまで7月1日としていた予定を10日前倒しして、6月21日とすると表明した。スペインの観光業はGDPの15%を占めているが、感染状況の改善を背景に、夏の観光シーズンを迎えた現在、国内の観光業者から早期の域内国境開放を求める声が高まっていた。

 

欧州諸国の国境管理解除の動き(6月14日現在)

(出所)筆者の作成による。

 

欧州委員会、域内国境撤廃を提案、観光業を支援

欧州委員会は5月13日、事実上停止していた加盟国間の移動の再開に向けた戦略(に関するガイドライン・勧告)を公表、EU域内での新規の感染者増加数が落ち着いてきたことから加盟国に徐々に制限を解除するよう提案している。提案の目的は「人々に当然必要な休息、気晴らしおよび新鮮な空気を得る機会を与えることにある。保健衛生上の状況が許せば直ちに、EU市民は自国内もしくは国境を越えて、家族や友人と交流できるようになるべきである。また、事業者を支援し、欧州が旅行者にとって一番人気のある行き先であり続けることを確実にし、EUの観光部門が今般の新型コロナウイルス感染症のパンデミックから回復することを目指す」としている(注6)。今回のガイドライン・勧告には以下のような内容が含まれる。

  1. 2020年以降の復興に向けた包括的戦略
  2. 移動の自由と域内国境での制限措置の段階的かつ調整のとれた解除に向けた共通のアプローチ
  3. 乗客・乗員の安全を確保しつつ、交通機関の段階的再開を支援するための枠組み
  4. 旅行券(バウチャー)を現金返金に代わる魅力ある代替手段とするための勧告
  5. 観光業の安全かつ段階的な再開と、ホテルなど接客施設のための保健衛生プロトコル策定のためのガイドライン

欧州委員会は加盟国同士が制限解除をする前提として、感染拡大が一定程度抑えられていることや、十分な医療態勢が整備できていること、マスクの着用などの予防措置を十分とっていることを挙げている。予防措置としては、公共交通機関での乗客数の制限やオンラインチェックインの活用、車内・機内販売の中止、駅や乗り物内の消毒用ジェル設置などを推奨している。そのうえで、国境を徐々に開放するかどうかは加盟国が判断することになる。

シャルル・ミッシェル欧州理事会常任議長(EU大統領)は「全ての加盟国に域内の国境をできる限り早く開けるよう呼びかける。国境開放は我々の経済と観光産業に不可欠だ」と述べた。欧州委員会ティエリー・ブルトン委員(域内市場担当)も声明で「何百万もの中小企業が破綻の危機にある。すぐに仕事を再開する必要がある」と述べた(注7)。

欧州委員会によると、EUの主要産業の一つである観光業は域内GDP(国内総生産)の約10%を占める。加盟国別にGDPに占める観光業の比率をみると、クロアチア25%、キプロス22%、ギリシャ21%、ポルトガル19%、オーストリア15%、エストニア15%、スペイン15%、イタリア13%、スロベニア12%、ブルガリア12%、マルタ11%、フランス10%、ドイツ9%となっている。関連分野も含め域内で2,300万人の雇用(雇用人口の10%)を擁し、240万社の90%が中小業者や家族経営で占められている(注8)。域内国境封鎖を続けて、観光業が危機に陥れば景気低迷が長引き、社会不安にもつながりかねない。地中海沿いのクロアチア、ギリシャ、イタリアでは観光業への依存度が13~25%と高いだけに打撃は一層深刻である。夏の観光シーズンを迎えて、これらの加盟国からは「対応をとらなければ経済は崩壊してしまう」との強い要請もあって、欧州委員会は域内移動制限の解除に動き出した。

新型コロナ第2波、第3波リスクの懸念が依然として残る現在、外国人観光客が以前のように直ぐに戻ってくるかどうか不透明である。インバウンド観光業の回復には時間がかかりそうである。

 

1.「シェンゲン協定」は、欧州域内の移動の自由を定めた協定で、協定締結国の間では国境管理が廃止されている。現在、締結国はEU加盟国のうち、アイルランド、キプロス、クロアチア、ブルガリア、ルーマニアを除くEU22か国と、ノルウェー、スイス、アイスランド、リヒテンシュタインのEFTA(欧州自由貿易連合)4か国を含む26か国である。同協定の28条は、「緊急時における国境管理の一時的復活」を規定している。
2.シェンゲン域内国境管理:シェンゲン協定を締結しているEU加盟22か国とEFTA4か国の領域内(シェンゲン圏)の出入国制限。
3.EU域外国境管理:EU加盟26か国とEFTA4か国への第三国からの出入国制限、アイルランド、英国も参加できる。
4. European Commission、Communication from the Commission to the European Parliament, the European Council and the Council, Covid-19: Temporary Restriction on Non-Essential Travel to the EU(Brussels, 2020 /03/16 COM(2020)115 final)
5. European Commission, Press releases(Brussels,11/06/2020,200612_3)
6.European Commission,Tourism and transport: Commission’s guidance on how to safely resume travel and reboot Europe’s tourism in 2020 and beyond(Press release,Brussels ,13/05/2020)
7.日本経済新聞(2020/05/14)
8.European Commission ,The EU Helps Reboot Europe’s Tourism(13 May 2020)