フラッシュ481
2021年3月16日
 

中国:マスク・ワクチン外交と一帯一路

 
今村 弘子
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

 

はじめに

中国の習近平主席が「一帯一路」イニシアティブを唱えてから7年半が過ぎた。この間、関係国のなかでも中国の援助や投資に対して歓迎する声がある一方で、中国が見せる領土や領海に対する野心に対して、あるいは自国を「債務の罠」に陥らせるのではないかということに対しての警戒感を露わにする国家もでてきた。

一帯一路政策をはじめとして、いまや中国は鄧小平時代の「韜光養晦(注1)」政策を放棄し、世界の覇者たらんとすることを隠さなくなった。しかし、その中国では2020年に年明けから新型コロナ・ウイルス感染症(以下、COVID-19)の感染が急拡大した。折から春節を迎え、多くの人は国内外に旅行をした(注2)ことも相俟って、COVID-19は中国国内だけでなく、世界的に感染を拡大させていった。米国のトランプ大統領(当時)が「China Virus」と呼び、中国への非難を強めるなかで、中国はマスクや人工呼吸器、21年になってからはワクチンも欧米諸国や、一帯一路沿線国を中心とした発展途上国へ輸出し(注3)、巻き返しを図った。

1. マスク・ワクチン外交展開

COVID-19で発生源として非難され、劣勢に立たされていた中国は、世界的なマスク不足という状況のなかで、マスクの輸出攻勢にでた。(表1)は2020年のマスク輸出先の、(表2)は人工呼吸器・酸素吸入器の輸出先のトップ10である。マスクの輸出相手国としては、感染者数が最も多い米国を筆頭に、欧州諸国、日本等が並んでいる。輸出額は2019年と比べて、世界全体では9.9倍増加(注4)(金額ベース、以下同)しており、うち米国では6.9倍、輸出相手国として第2位のドイツに至っては17.7倍などと軒並み激増している。輸入国側の統計でみれば、中国のマスク輸出相手国第1位の米国では、マスク輸入額の84.2%が中国からの輸入となっており、2位の輸入相手国のベトナムからの輸入は4.2%にすぎなかった。EUのなかでは最初にアジアインフラ投資銀行への参加を表明し、一帯一路を通じても中国と関係が深く、EUで最初の新型コロナ・ウィルスの感染が伝えられたイタリアのマスク輸入のうち89.7%は中国が占めている。このようにマスクの輸入相手国のなかで中国は圧倒的な存在感をみせている。人工呼吸器・酸素吸入器の中国の輸出額も2020年は19年に比べ世界全体では3.8倍に増加、特に、米国や欧州への輸出を増加させており、これら諸国にとって中国は重要な輸入相手国となっている。

 

 

国務院の発表によると、中国は2,000億枚余のマスク、20億着の防護服、8億個の検査キットを一帯一路関係国に供与した(注5)という。

ただし、被供与国の空港に着いたマスクの前で、謝意の言葉を掲げて記念写真を撮り、新聞に掲載させることを供与国に中国は要求したり、マスクのなかに粗悪品が混じっていたこともあり、供与国から諸手を挙げて感謝されたわけでもない。マスク輸出をめぐる中国の態度にはCOVID-19の発生源と非難された中国の失地回復に対する焦りも伺えるようであった。

 

 

一方、ワクチンの輸出は2021年から始まった。

2021年1月18日付「人民網(日本語版)」にはインドネシアのジョコ・ウィドド大統領やトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領をはじめとして、ペルー、ヨルダンなどの首脳が中国製ワクチンを接種している写真が掲載されている(注6)。さらに、40数か国が中国製ワクチンを希望している、と外交部の定例記者会見で華春瑩報道官は述べており、中国製ワクチンへの要望の多さを誇っていた(注7)。2月23日の外交部定例記者会見では王文斌報道官が、中国はパキスタンやカンボジア、ラオスなど53の発展途上国にワクチンを援助し、セルビア、ハンガリー、ペルーなど27か国にワクチンを輸出している(注8)と述べている。

実際に習近平主席は2020年5月の段階で早くも、「中国がワクチンの開発を完成した後に、国際公共財として、発展途上国でもワクチンを使用・負担可能になるよう貢献する」と述べていた(注9)が、21年になり中国でのワクチンが完成し、生産されるようになったことから、EUでのワクチンの争奪戦(注10)やEU域外のへ輸出差し止めの動きを横目で見ながら、COVAX(COVID-19 Vaccine Global Access)ファシリティ(COVID-19のワクチンを複数国で共同購入して、公平に分配する国際的枠組みで、GAVI(ワクチンと予防接種のための世界同盟)とWHO(世界保健機構)が主導している)への影響力を中国は強めようとしている。

2. マスク・ワクチン外交の一帯一路政策への影響

果たしてマスク・ワクチン外交は中国の一帯一路政策の起死回生の一手となったのか。発展途上国への影響力は、欧米との相対的な面もある。

第二次世界大戦後、旧宗主国として、あるいはその経済力でアフリカや中南米に大きな影響力を有していた欧州諸国や米国であったが、近年影響力に陰りがみられるようになっていた。さらにCOVID-19関連でいえば、欧米は医療用ではないマスクは国内や域内ではほとんど生産しておらず、医療用マスクも域内での生産はごく一部であり、大部分は中国を中心とするアジアから輸入していた。その意味では、欧米諸国はマスクを輸出しての影響力の行使などは全く望めない状況であった。

ワクチンについてはCOVAXファシリティが欧米の資金の拠出が遅れていることから2021年1月段階ではうまく機能していなかった。このため中国は二国間でのワクチン供与のほかに、2021年2月には1,000万回分のワクチンをCOVAXに供与すると発表している(注11)。また2月に開催された国連安保理の閣僚会議で、王毅外相がわざわざ「中国はワクチンの国際協力にいかなる政治的条件もつけず(注12)」と言明しているが、このことは一部の被供与国のなかに、中国の政治的思惑に警戒感を募らせているからなのであろう。

では、一帯一路沿線国と中国との経済関係は進んでいるのか。

2020年の中国全体の貿易額がパンデミックの影響もあって、人民元ベースで1.9%増(32兆1,557億元)にとどまっており、さらに一帯一路沿線国との貿易は1.0%増(9兆3,696億元)と貿易全体の増加率を下回ったが、貿易額全体の29.1%を占めるまでになった。一方対外投資の面でみると、中国の対外投資全体(金融類を除く)は19年より0.4%減の1,102億ドルにとどまり、4年連続で減少しているのに対し、一帯一路沿線国へは18.3%増の178億ドルであった。とはいえ、対外投資全体の13.4%を占めているにすぎず、貿易に比べるとまだ割合は小さい。先進国が中国からの投資に警戒感を強めるなかにあって、一帯一路沿線国への投資は今後さらに増加する可能性もある。一方、中国の対外請負プロジェクトの実行ベース売上高は9.8%減の1,559億ドルであったが、一帯一路沿線国へは7.0%減の911億ドルであり、全体の6割近く(58.4%)を占めていた(注13)。パンデミックの下で、世界経済が委縮しているなかにあって、一帯一路沿線国と中国との経済関係はプラス成長を遂げている。

なお2016年に国務院は(注14)一帯一路イニシアティブはマーシャル・プランに相当するものだと言及していたが、その後王毅外相はその説を否定していることもあり(注15)、一帯一路の成果報告のなかでも援助額や援助と投資との関連には言及していない。また中国は、供与国を「債務の罠」に陥らせているとの批判に対しては、2020年12月21日の外交部定例記者会見で王文斌報道官は、「すでに中国政府はアフリカの関係国に対して、2020年末に期限を迎える無利子借款の返済を免除しており、G20債務救済イニシアティブへの最大の貢献国だ」と述べている(注16)。民間はいざしらず、政府は返済免除や繰り延べに応じている、というスタンスのようである。

中国はCOVID-19で揺れた威信をマスクやワクチンで取り戻そうとしている。さらにこれを契機に一帯一路関係国への影響力のさらなる強化を図っているようにみえる。債務問題やプロジェクトの進捗状況から、中国と距離をとろうとしていた国(例えばインドネシア)でさえもワクチン外交では、中国に再接近せざるを得なかった。何年かすれば、その強引さに批判がでることもあり得ようが、とりあえず一帯一路関係国は生命を守るために、中国のマスク・ワクチン外交を受け入れざるを得ない。

コロナ後に、民間の投資案件も含めて、中国は良きドナーになれるのか。高圧的態度で自らの意思を押し通すことはないのか。かつて中国が批判していた覇権主義になることさえ、現在の中国は厭わずに、影響力の大きさを見せつけているようである。一帯一路が成功したプロジェクトになり得るのか、ワクチン外交が一石を投じることになる。

 

1. 才能や地位などをつつみ隠すこと。鄧小平は「中国が強くなるまでは」と言っていた。
2. 中国は1月23日に発生源といわれている武漢を封鎖したといっているが、それまでに武漢市民1,100万人のうち500万人が国の内外に旅行に出発したといわれている(2020年1月29日国家衛生健康委員会の発表)。
3. 援助についても輸出統計に計上されている。
4. Global Trade Atlas の数字。以下貿易統計は特記ない限り、Global Trade Atlasによる。
11. http://j.people.com.cn/n3/2021/0204/c94474-9816203.html (2021年2月5日検索)
13. 中国全体および一帯一路関係国への貿易・投資・請負工事額の数字は http://finance.people.com.cn/n1/2021/0301/c1004-32038803.html (2021年3月2日検索)
14. 一帯一路イニシアティブは2013年に発表されたものの、具体的な内容は後付けで発表された。
15. http://www.gov.cn/guowuyuan/2018-08/23/content_5316039.html (2021年3月12日検索) 王毅外相は、一帯一路イニシアティブはマーシャル・プランではなく、国際公共財だと述べている。