フラッシュ482
2021年3月17日
 

中国の豪州いじめと「Quad(クアッド)」
~経済的相互依存関係の危機にどう対応すべきか~

 
大木 博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

 

世界経済における影響力拡大を目指す中国に対して、経済の生命線とも言える重要な貿易相手国の間で、反中感情の高まりが鮮明になってきた。その中で、特に注目されている国が豪州である。中国は豪州に対して硬軟両面から影響力を握ろうと仕掛けている。

中国の豪州いじめの発端

豪州は、かつては、米国にはまねができないような経済関係を中国との間に築いていた。鉱物資源の対中輸出依存度を高め、対中貿易黒字を計上し、多くの中国人観光や留学生を受け入れていた。

ところが、WSJ紙は、社説に「激化する中国の豪州いじめ」を掲載した(注1)。新型コロナウイルスの発生源に関する独立した調査を主張する豪州政府は、「中国の靴の底に貼り付いたガム」(中国国営メディア)のような存在であるらしい。中国の豪州いじめには伏線があった。2018年8月に、豪州政府が外国による諜報活動や内政干渉を取り締まる法を強化し、米国の政策と歩調を合わせて、中国の通信機器大手、華為技術と中興通訊 (ZTE)を国内の第5世代移動通信システム(5G)から締め出したことから、豪州と中国の緊張が高まり始めた。

次に、2020年春以降、豪州政府が新型コロナウイルスの発生源に関する独立した調査を支持する動きをみせたことで、豪中関係は一段と悪化した。2020年5月に、豪州政府が新型コロナのパンデミックにつながった対応の誤りに関する調査を呼び掛けると、中国政府は反発し、豪州産の牛肉、大麦、ワイン、ロブスターや石炭の輸入を制限し、さらに、豪州国内で中国人に対する人種差別が広がっているとして、国民に豪州旅行を控えるよう呼びかけた(注2)。

対中強硬派と融和派の国内対立

豪州国内では、対中強硬派と、対中融和を目指す企業関係者との間で、激しい論争が起きている。世界金融危機に見舞われた2009年には、中国が大型インフラ対策を打ち出したことで、豪州経済は中国の巨大な資源需要のおかげで、景気後退入りを免れることができた。貿易(資源輸出)立国の豪州にとって、中国の機嫌を損ねることは、企業の存立にかかわる問題に直結する。

実際、中国が、オーストラリア産ワインに反ダンピング関税を発動したことで、豪州のワインメーカーの中には、事業のリストラに追い込まれた企業が出てきている。例えば、利益の約3分の1を中国市場で稼いでいたトレジャリー・ワイン社は、不採算ブランドの売却や営業資産の売却、一部のリース契約の解除も検討し、ブドウ園・ワイン醸造・パッケージング業務のコストを削減する対応に迫られた(注3)。

一方、議会の対中強硬派の中核議員グループは、中国への強硬姿勢を維持するとともに、コロナ危機を機に経済の構造改革を進め、対中依存度を減らすべきだと訴えている(注4)。

また、国内の高等教育における中国の影響を巡り、緊張が高まっている。豪州の大学は、収入面で外国人留学生依存度を高めており、その多くは中国からの学生である。大学当局は、中国政府に取り入り、中国人学生を引きつけようとする中で、大学はソフトパワーによる影響力を行使しようとする中国の試みに一段とぜい弱になっているという。

例えば、議論の渦中にあるのは豪大学に設立された13の孔子学院である。孔子学院は中国語や中国文化を教える機関として運営しているが、外国が影響力を及ぼす基盤になっていないか、豪司法長官が主導する調査で厳しい目が向けられている。

貿易を通じた相互依存関係の変化

中国の豪州いじめの背景の一つには、貿易を通じた相互依存関係の変化がある。豪州と中国の貿易依存関係は、豪州が対中輸出と輸入に過度に依存している状態である(図1)。世界金融危機後に、それまで豪州の対中輸入依存度が対中輸出依存度を上回っていたのが逆転して、豪州が対中輸出依存度を高めた。豪州の対中輸出依存度を高めたのは鉄鋼石の輸出が拡大したためである。一方、中国から見れば、対豪州貿易依存度は極めて低く、豪州が対中貿易に一方的に依存している。

この非対称的な貿易依存関係が、中国が豪州に対して強気にさせている一因である。しかし、中国も鉄鉱石や石炭、牛肉などの資源食料で対豪輸入依存度が高い(図2,3)。資源輸出国の豪州には、輸出を制限する動機はない。

 

 

図2 中国の石炭・鉄鉱石・液化天然ガス輸入に占める豪州のシェア推移

注:石炭(HS2701.12)、鉄鉱石(HS2601.11)、液化天然ガス(HS2711.11)
資料:GTAより作成

 

図3 中国の牛肉・大麦・ワイン輸入に占める豪州のシェア推移

注:牛肉-生鮮・冷蔵(HS0201)、牛肉-冷凍(HS0202.30)、大麦(HS1003)、ワイン(HS2204.21)
資料:GTAより作成

 

経済制裁のパラドックス

中国は、対豪貿易の非対称的な関係を利用して、豪州に対して影響力を行使している。しかし、中国の豪州いじめは、中国経済にマイナスの影響として跳ね返ってくることもある。経済制裁のパラドックスである。中国は、2020年9月から、燃料炭の最大の供給元だった豪州産石炭の輸入を非公式に禁止した。同年12月半ばには、中国政府が石炭の大口買い手である電力大手を呼んで供給不足問題を議論する会合を開催し、禁輸措置をその場で公式なものとした(注5)。

中国が豪州産石炭を禁輸にした意図は、第1は気候変動対策に関して世界で指導力を発揮することを目指している中国が、国内の化石燃料の消費抑制に取り組んでいるというポーズを世界に見せるというプロパガンダ。第2は、国内石炭産業の振興、国産石炭の需要を喚起させることである。ところが、豪州に対し一段と威圧的な圧力をかけること狙った制裁が、中国国内の石炭市場の価格高騰や供給不足を招いた。

中国国内の石炭価格は、エネルギー含有量が1キログラム当たり5,500キロカロリーの石炭の場合、2020年7月中旬に1トン当たり85豪ドル(約6,800円)であったが、2020年12月には、同130豪ドルを突破した。豪州のニューサウスウェールズ州では2020年の平均価格が同51豪ドルだった(注6)。理由は、中国中央・北東部の石炭産地で進められている反汚職や環境関連の調査が影響したと指摘されている。さらに、中国は、国内の燃料炭不足への対応として、豪州以外から輸入を拡大するよう指示したが、大幅な上乗せ価格での調達を余儀なくされた。

同じようなパラドックスは、大麦でも起きている(注7)。中国は2020年5月に初めて豪州産大麦(主にビール醸造に使用)への関税発動に踏み切る構えを見せて、2020年5月18日に、豪州産大麦に対して5年間の反ダンピング(不当廉売)関税を課すと発表した。一方で、中国は、2020年5月14日に税関総署ウェブサイトに米国産大麦の購入許可を告知した。それまで米国産大麦の輸入は認められていなかったが、2020年1月の米中の貿易合意に基づき変更が求められた。中国が追加関税をちらつかせて以降、豪州産大麦の価格は急落した。

中国は、米国を使って豪州をけん制したと見られている。この政策変更は、大麦の市場構造に影響を与えると見られている。中国市場から締め出された廉価な豪州産大麦が、世界市場にあふれて、米国産大麦を購入していた諸国が米国産から豪州産に代替される。米国産大麦のコスト競争力は、根本的には何も変わっていないので、米農家が生産を拡大したところで、再び中国の政治的な風向きが変わるようなことがあれば、米農家は行き場のない大麦を大量に抱えることになりかねない。両天秤にかけるような中国の行動は、中国に対する不信感をもたらし、中国の信頼性を揺るがすことになる。

中国のいじめにどう対抗できるのか

中国のいじめにどう対抗できるのか。中国の様な経済大国に対して中規模経済国家の豪州が、経済的な力関係(貿易の非対称性)を変えることは難しい。また、豪州は中国と自由貿易協定を締結しているが、中国のいじめ防止にFTA(経済連携協定)は役に立っていない。中国は中豪FTAの意義として、中国が対外開放をさらに拡大する決意を示したことを強調していた。豪州は先進国で、成熟した市場や経済構造、経済管理モデルを持っており、中国が、経済規模の大きい先進国と署名した最初のFTAであった。中国は豪州とFTAを締結して、対外開放の拡大で中国の決意示したとしていた(注8)。FTAを締結していてもいじめは止まらない。おそらく、RCEPでも止まらないと考えられる。

豪州は、戦略的に重要な同盟国の米国と最大の貿易相手国である中国の間で中立的な立場を維持しようとしてきた。しかし、今やそうした立場は放棄したものと思われる。中国のいじめに対抗する戦略として大きな期待を集めているのが、中国に対する経済面の懸念と同時に、安全保障面の目標を組み合わせた日米豪印戦略対話(「Quad(クアッド)」)である。「Quad」は、2006年に安倍前首相が4カ国の戦略対話を訴えたのがきっかけで、17年11月にフィリピンのマニラで局長級会合が始まり、19年9月にニューヨークで初の4カ国外相会談を開催した。

2020年3月12日には、日米豪印4カ国の枠組みによる最初の(オンライン)首脳会談が行われ、共同声明が発表された。声明はワクチン外交から気候変動題まで、さまざまな分野での協力関係強化を約束する内容だった。3月16日には、日米外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)が東京都内で開催された。日本での開催は2013年10月以来、7年半ぶりである。日米2プラス2は両国の安全保障政策を擦り合わせる会議体として、首脳会談を除き、最上位に位置づけられている。今回の最重要のテーマは中国への対処である。米国は日米豪印の首脳協議と日米2プラス2を踏まえ、3月18日には米アラスカ州アンカレジで、バイデン政権下で初めてとなる米中外交トップの対面での会談に臨む予定になっている(注9)。

 

1.「激化する中国の豪州いじめ」WSJ紙社説、2020年9月2日(日本語版)
2.「高まる反中感情、豪は中国の影響力に対抗できるか」WSJ 2020 年 5 月 15 日)
3.「豪トレジャリー・ワイン、事業再編を発表 中国制裁で打撃」ロイター2021年2月17日
4.「高まる反中感情、豪は中国の影響力に対抗できるか」WSJ 2020年5月15日
5.「中国で石炭不足の危機、「豪いじめ」が裏目に」WSJ 2021 年 2 月 11 日
6.「中国の石炭市場が混乱、豪石炭の輸入禁止で」NNNアジア経済ニュース、2021年1月8日
7.以下は「習主席がもてあそぶ三角関係、豪州巻き込み複雑化」(WSJ 2020 年 5 月 22 日)による
8.「中豪がFTAに署名、中国側は4つの意義を強調」ジェトロビジネス短信2015年7月10日
9.「日米2プラス2始まる 同盟の要、7年半ぶりの日本開催」日経新聞 2021年3月16日